[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 あの後姉の部屋に行き、彰良はつっかえながらも、事情を細かに説明した。意外だったのは、彰子が呪いの話をすんなりと受け入れたことだ。

 話を聞けば、彰子は元々満仔神社の由来を知っていたらしい。なんでも、小学生の頃の校外学習が満仔神社で、静弥さんに色々教えてもらったとか。

 ……同じ小学校出身の彰良もしたはずなのだが、さっぱり記憶がなかった。なんというか、最近になって彰良は、自分がいかに物事を考えずに生きてきたかを突きつけられる機会が多い。

 そういうわけで、藤吉聡一郎とコンタクトを取ることについては、思ったよりもすんなりと事が運んだ。問題は、姉がついてくると言い出したことだ。

 彰子は今年受験生で、夏休みの間は図書館の自習室に毎日通っていた。心労をかけているというのに、受験真っ最中の姉の時間まで奪うわけにはいかない。
 都会の大学に行くというのは、姉の念願だったのだ。親の財布事情で、私立に行くのは難しいため、国立しか選択肢が無い。だから彰子は、第一志望1校しか受けないと決めているらしい。

 我が姉ながら、覚悟が決まっていると思う。人生を惰性で生きてきた彰良とは本当に真逆だ。

 前日まで行く行かないで言い争っていたが、最終的に侑斗が保護者代わりだと説明して、なんとか納得してもらえた。侑斗の人徳様々である。

「彰良の姉ちゃん、美人で優しいよなあ」

 それ自体は否定しない。それ以上に気が強いのが玉に瑕だ。
 昨日保護者扱いされたことを知らない侑斗がしみじみと呟いているのを、彰良はなんとも言えない気持ちで横目で見た。

 電車を乗り継いで一時間半。目的の場所は駅から徒歩10分の所にあった。携帯の地図を頼りに、初めて来た街を歩いていく。“藤吉本家酒造株式会社”と書かれた三階建てのビルの前で、二人は立ち止まった。

「藤吉本家酒造株式会社。江戸時代から続く由緒正しい酒屋であり、時の将軍をもてなしたという逸話から有名になった、地元では有数の企業の一つ」

「え、突然どうしたの?」

 突然会社説明を始めた侑斗に目を丸くする。侑斗は横目でチラリと彰良を見ると、携帯の画面を暗くしてポケットにしまった。

「調べてきたんだよ。なんにも知らないで突撃するわけにはいかないだろ」

 なんというか……侑斗は本当にしっかりしている。しかもそれを鼻にかけない。全くもってどうしてこう人間としてのレベルが違うのだろうか。

 そんなことを考えていたら、侑斗が先に歩き出していた。その後を早足で追いかけて横に並ぶ。
 一階にあるアンテナショップを無視して階段を登る。二階にある扉の前に置かれた受話器から受付に話を通せば、会社の応接室に通してくれた。

「君が一ノ瀬彰良君だね。彰子さんから話は聞いてるよ」

 目の前に座った男は、見た目にも好青年といった風の、スーツ姿の男性だった。目鼻立ちが整っていて、身長が高く、爽やかな雰囲気を纏っている。
 これが姉の彼氏か……と考えて、ハッとして彰良は頭を下げた。

「ど、どうも、彰子の弟の彰良です。こっちは友人の侑斗」

「初めまして、橘侑斗です。今日はお時間をいただきありがとうございます」

「いやいや、他ならぬ彰子さんからの頼みだからね。緊張せずくつろいでもらって大丈夫だよ」

 どうやら彰子にメロメロという話は本当だったらしい。お茶を注いでくれた女性社員にお礼を言うと、二人は上等な革張りのソファに腰を下ろした。

「早速で悪いんですが……姉ちゃ、姉さんからはどこまで聞いていますか?」

「ああ、彰良くんが呪われたから解呪方法を探しているという話だよね。聞いているよ」

 どうやらある程度詳細を話してくれていたらしい。早速話を聞こうと彰良が気合を入れたところで、聡一郎がフフっと小さく笑った。

「大人びていると思っていたけれど……呪いを信じているなんて、彰子さんにも子どもっぽいところが残っていたんだね」

 聡一郎の発言に、侑斗と彰良の顔に落胆の色が浮かぶ。どうやら聡一郎は、彰子の真剣な訴えを子どもの妄想だと判断したらしい。

「靖恵さんが亡くなったのは自殺だよ。高い崖の上から自ら飛び降りたらしい。外聞が悪いから表向きは事故ということにしているけれど……どちらにしろ、呪いなどという非科学的なものとは無関係だ」

 聡一郎が、靖恵の呪いについてキッパリと否定した。しかしその中に、大事な情報が隠れている。高い崖から飛び降りた————十中八九、あの死体は藤吉靖恵のもので決まりだ。

「……あの、亡くなった靖恵さんの身体にまだら模様の痣とかはありませんでしたか?」

「さあ、最期の姿は見ていないから分からないな」

「そうですか……」

 どうやら本当に、呪いについて知らないらしい。これ以上の質問をしても得られるものはないだろう。そう思った彰良の横で、しかし侑斗は質問を続けた。

「……あの、もしよろしければ、靖恵さんの人柄とか、聞ける範囲で教えていただきたいのですが……」

 人柄、という質問に彰良は少しだけ驚いた。呪いとの関連性が分からなかったからだ。彰良がしない発想を、侑斗はよくする。
 その質問に、聡一郎が膝に手を置き、少しだけ考えるような仕草をした。

「靖恵さんの人格か……あまり話したことがないから、よくわからないな。だが、一つだけ明確に分かっていることがある」

 聡一郎は含みのある笑みを浮かべると、彰良の目を真っ直ぐに見た。

「彰良君、君は女性の価値は何処にあるか知っているかい?」

「……いえ、わかりません……」

 一体なんの話なのだろうか。聡一郎の意図が分からない。そのまま次の言葉を待っていると、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。

「女性の価値とは、子どもを産むことだよ。特に男児をね。それが女性の唯一にして絶対の存在意義だ」

「はあ……」

 なんというか、随分と古臭い考え方だ。それに、なんだか言い方が引っかかる。それではまるで、子どもを産めない女性が————————

「靖恵さんは子どもが産めなかったんだ。つまり、彼女は女性としての責務を果たしていなかった。女性失格ということだね」

「待ってください。靖恵さんは看護師として、たくさんの人を救ったと聞いています。失格なんて、いくら親族でも酷過ぎる」

 聡一郎の言葉に侑斗が噛み付く。彰良も同じ気持ちだった。

「侑斗君と言ったかな。靖恵さんがなんの仕事をして、他人にどういう影響を与えたか? そんなこと、関係ないんだよ。君たちは最近流行りのジェンダー論なんていう役にも立たない話を信じているんだろうが、あんなものはただの妄言だよ。女性にとって一番の価値は、子どもを産むか産まないか、少なくとも、藤吉家にとって大事なことはそれだけだ」

 微笑みながら話す聡一郎の姿は、まるで世界の真実を教えてあげると嘯く教祖みたいだ。なにも言えないでいる二人を尻目に、聡一郎は続けた。

「靖恵さんの夫の啓次郎さんも可哀想だった。野心を持って藤吉家に婿養子で入ってきたのに、子どもが居ないせいで一族内での立ち位置も低い。それどころか、靖恵さんのせいで今や腫れ物扱いだ」

 そう言って、聡一郎がやれやれと首を振った。

「子どもを産めないばかりか、自殺なんかして家名に傷をつけるなんて……本当に勘弁して欲しいよ」

 この人は、一体人の死をなんだと思っているのだろうか? 靖恵と他人である彰良さえ、怒りが湧いてくる。

「そう……ですか」

 内に渦巻く感情をグッと押し込めて返事をする。聡一郎はそういえば、と前置きして、彰良の顔をじっと見つめた。

「彰良君、君は彰子さんに似てとても綺麗な顔立ちをしているね。女の子じゃ無いことが本当に勿体無い」

「は、はあ……」

 一体なんの話をされているんだろうか。戸惑う彰良の前に、庇うように侑斗が腕を広げた。

「すみません、彰良を変な目で見るのはやめてください」

「ハハ、流石に男性をそういう目で見たりはしないよ。私が好きなのは彰子さんだけさ」

 どうやら揶揄われていたらしい。侑斗が警戒するような視線を聡一郎に向けているが、少しばかり心配し過ぎだろう。
 しかし、聡一郎という男は随分とマイペースな男らしい。靖恵さんの話はもう終わりとばかりに、意気揚々と彰子について話し出した。

「彰子さんとの出会いは僕の一目惚れでね。一目見た瞬間運命の人だと感じたよ。最初は警戒されたが、その後何度もアタックする内に彰子さんも僕のことを好きになってくれたんだ」

「その話は、姉から聞いています」

 だから別に、詳細に説明してくれなくてもいい。暗にそんな意思を込めたのだが、どうやら聡一郎には伝わらなかったらしい。その後しばらく、聡一郎による彰子の話は続いた。

「彰子さんが高校を卒業したら、すぐにでも籍を入れる予定なんだ。今からその日が待ち遠しいよ」

 話も終盤に差し掛かり、聡一郎の話が締めに入る。しかし最後の最後で、認識に合わない内容が出てきたものだから、彰良は狼狽えた。

「待ってください、姉は大学進学を希望しているはずです」

 その為に毎日勉強を頑張っているのを知っている。しかし彰良の話を聞いても、聡一郎の認識は変わらなかった。

「知っているよ。だから最後のわがままに受験だけはさせてあげようと思ってね」

 意味が分からない。最後のわがままって? 混乱する彰良に向かい、聡一郎は人好きのする顔で微笑んだ。

「女性に勉学など必要無いよ。大学には行かせない。少し気が強過ぎるところがあるが……まあ、躾をすれば問題ないだろう」

「なに、言ってるんですか……?」

 気持ち悪い。そんなのは、嫁という名前の奴隷ではないのか。そんな内容の話を、笑顔でするのか。姉のことが大好きな、彰良に向かって。

「……う“、」

 目の前にいるのは、本当に同じ人間なのだろうか。口の中に酸っぱい味が広がる。
 ここに居ては吐いてしまう。そう思った瞬間、侑斗が立ち上がった。

「すみません、俺たち次があるんで、これで失礼します」

 彰良、行くよ。そう言って、腕を掴んで歩き出した。
 ぼうっとする頭で、目の前を歩く侑斗の背中を眺める。その背中から、侑斗が怒っていることがなんとなく伝わってきた。

 あんな酷い話をされたんだから当然だ。考え方が時代錯誤過ぎる。もうこんな会社には1秒もいたくない。

 受付の女性社員に一言言って外に出る。階段を降り二人が駅に向かい早足で歩き出したところで、後ろから走ってきた男性に呼び止められた。