成長しているまだら模様に、心臓の鼓動が早くなる。携帯で侑斗に連絡を取ろうとして——彰良はハッとなりソレを床に放り投げた。
ガチャンと鈍い音がする。それは机の脚にぶつかり、くるくると回って動きを止めた。真っ黒な画面が、ただ彰良を見つめている。
ずっと見ないふりをしていた。認めない気でいた。けれどもう、確定的だった。
————これは、侑斗を好きになった俺の罪悪感を糧に成長しているんだ。
言えるわけがない。言っていいわけがない。薄暗い室内で、はっはっと荒い息をつく。
そんな時だ。突然コンコンと、ノック音が聞こえてきたのは。
「彰良、開けて」
「……え?」
「俺だよ、侑斗」
コンコン、コンコンとノック音が響いている。確かに侑斗の声だ。別れた後、何か用事を思い出して彰良の家に来たのだろうか。
そう思いドアの前まで来て、彰良はあることに気がついて立ち止まった。
ノックされているのは、ドアじゃない。コンコン、コンコンという音は、彰良の背後から聞こえてくる。
カーテンの向こう。閉まった窓ガラスの向こう側。
侑斗が外から窓をノックしている? そんなわけがない。だって、彰良の部屋は、二階にあるのだから。
「彰良、開けてよ」
ねえ、彰良。
侑斗の声をした誰かが、窓の外にいる。彰良の名前をずっと呼んでいる。
あまりの恐ろしさに、臓腑が凍えるようだ。どうしよう。どうしたらいい? 彰良の息が荒くなってくる。泣いてしまいそうだった。身体が震えて、動かない。
もう日が沈むのだろう。段々と部屋が暗くなっていく。
助けを乞うように目の前のドアを見つめていたら、突然バン! と大きな音を立てて、目の前の扉が開いた。
「彰良、夏祭りの話なんだけど——」
「……!」
人生でこんなに驚いたことはない。心臓が止まるかと思った。
驚いて固まる彰良の前に、姉の彰子は不思議そうな顔をした。
「……え? 部屋暗くしてなにやってんの?」
「……なんにも、してない」
彰良はただ、そこにいただけだ。彰子がスイッチをパチリと押すと、真っ白なライトが彰良の部屋を照らし出す。その時になってようやく、謎の声が消えていることに気がついた。
「ふうん、それよりも夏祭りの話なんだけど、今年は勘兵衛と浴衣——」
そこまで言いかけて、何かに気がついたように姉が言葉を止めた。なんだろう。そう思い視線の先を追いかければ、そこにはまだら模様の大きな痣が広がっていた。
「ちょっとアンタ、痣が前より大きくなってない!? すぐに病院に——」
「待って、待って姉ちゃん!」
親を呼ぼうと階段を降りようとする彰子の腕を掴んで止める。怪訝にしかめられた表情から、何故止めるのかと暗に伝わって来た。
「母さんと父さんには、言わないで……」
「なんで?」
「これ、怪我じゃないから……」
「じゃあなんなの?」
なんとか誤魔化そうとする彰良に対して、彰子が目を吊り上げる。美人な彰子の怒り顔は、心臓が縮むぐらい迫力があった。
「……そんな、心配するものじゃないから……」
「嘘言わないで」
「う、嘘じゃないって」
斑目童子に呪われたなんて、信じてもらえるわけがない。なんと言っていいか分からず吃る彰良に、彰子が腰に手を当て、冷たい瞳で見つめてきた。
「アンタっていつもそう。学校でいじめられていた時も誰にも言わないで抱え込んで。いつも一人でウジウジ悩んでる」
「は……?」
間違いではない。むしろ真実だ。だからこそ、彰良の胸に苛立ちが湧いた。姉弟とて、言っていいことと悪いことがある。
「あたしがひみちゃんに教えてもらって、なんて思ったと思う? すごくすごく惨めだった」
「そんなの、知らねぇよ……」
出来の悪い弟を持った姉はきっと大変だろう。彰子は彰良と違って、明るい性格をしている。彰子は美人で人気者だ。学校の成績も優秀で、御曹司の彼氏まで持っている。両親も誇らしいだろう。彰良とは似ても似つかない、てんで正反対な、優秀な姉。
「アンタはあたしをバカにしてる」
「してねぇよ」
「してるわよ!」
「してねぇって!」
姉をバカになんて、したことはない。いつも羨望の眼差しで見ていた。どうして自分はこうなれないんだろうって、ずっと思っていた。彰良の心の中に、泥のように沈むコンプレックスの製造元。
「じゃあなんで言わなかったの? 今だって隠そうとしてる。あたしに言ったってしょうがないって、思ってるんでしょう!?」
「それは……!」
それは正解だ。不意打ちで痛いところを突かれて、言葉に詰まる。彰子は彰良が思っているよりずっと、彰良のことを知っていた。
「あたしはアンタの姉なの! アンタはあたしの、たった一人の弟なの!」
興奮した彰子の瞳から、美しい雫がポロリとこぼれ落ちた。まるでそれが、宝石が煌めいているみたいで。
「心配ぐらい、させなさいよ……!」
どうしてだろう。彰良の胸が熱くなる。目尻が熱くなるのを、グッと堪えた。
自分を思って泣いてくれる人が、こんなに近くにいたなんて。当たり前のことなのに、彰良は今まで、全然気が付いていなかった。
「……なんで、姉ちゃんが泣くんだよ」
「全部アンタのせいだから」
「うん……ごめん」
姉というものは、横暴な生き物だ。でも、それでいいと彰良は思う。
ずっと忘れていた。彰子は大切な人が傷つけられたら、絶対に許さない人間だ。そしてその大切な人の中に自分がいたことが、彰良はどうしようもなく嬉しかった。
ガチャンと鈍い音がする。それは机の脚にぶつかり、くるくると回って動きを止めた。真っ黒な画面が、ただ彰良を見つめている。
ずっと見ないふりをしていた。認めない気でいた。けれどもう、確定的だった。
————これは、侑斗を好きになった俺の罪悪感を糧に成長しているんだ。
言えるわけがない。言っていいわけがない。薄暗い室内で、はっはっと荒い息をつく。
そんな時だ。突然コンコンと、ノック音が聞こえてきたのは。
「彰良、開けて」
「……え?」
「俺だよ、侑斗」
コンコン、コンコンとノック音が響いている。確かに侑斗の声だ。別れた後、何か用事を思い出して彰良の家に来たのだろうか。
そう思いドアの前まで来て、彰良はあることに気がついて立ち止まった。
ノックされているのは、ドアじゃない。コンコン、コンコンという音は、彰良の背後から聞こえてくる。
カーテンの向こう。閉まった窓ガラスの向こう側。
侑斗が外から窓をノックしている? そんなわけがない。だって、彰良の部屋は、二階にあるのだから。
「彰良、開けてよ」
ねえ、彰良。
侑斗の声をした誰かが、窓の外にいる。彰良の名前をずっと呼んでいる。
あまりの恐ろしさに、臓腑が凍えるようだ。どうしよう。どうしたらいい? 彰良の息が荒くなってくる。泣いてしまいそうだった。身体が震えて、動かない。
もう日が沈むのだろう。段々と部屋が暗くなっていく。
助けを乞うように目の前のドアを見つめていたら、突然バン! と大きな音を立てて、目の前の扉が開いた。
「彰良、夏祭りの話なんだけど——」
「……!」
人生でこんなに驚いたことはない。心臓が止まるかと思った。
驚いて固まる彰良の前に、姉の彰子は不思議そうな顔をした。
「……え? 部屋暗くしてなにやってんの?」
「……なんにも、してない」
彰良はただ、そこにいただけだ。彰子がスイッチをパチリと押すと、真っ白なライトが彰良の部屋を照らし出す。その時になってようやく、謎の声が消えていることに気がついた。
「ふうん、それよりも夏祭りの話なんだけど、今年は勘兵衛と浴衣——」
そこまで言いかけて、何かに気がついたように姉が言葉を止めた。なんだろう。そう思い視線の先を追いかければ、そこにはまだら模様の大きな痣が広がっていた。
「ちょっとアンタ、痣が前より大きくなってない!? すぐに病院に——」
「待って、待って姉ちゃん!」
親を呼ぼうと階段を降りようとする彰子の腕を掴んで止める。怪訝にしかめられた表情から、何故止めるのかと暗に伝わって来た。
「母さんと父さんには、言わないで……」
「なんで?」
「これ、怪我じゃないから……」
「じゃあなんなの?」
なんとか誤魔化そうとする彰良に対して、彰子が目を吊り上げる。美人な彰子の怒り顔は、心臓が縮むぐらい迫力があった。
「……そんな、心配するものじゃないから……」
「嘘言わないで」
「う、嘘じゃないって」
斑目童子に呪われたなんて、信じてもらえるわけがない。なんと言っていいか分からず吃る彰良に、彰子が腰に手を当て、冷たい瞳で見つめてきた。
「アンタっていつもそう。学校でいじめられていた時も誰にも言わないで抱え込んで。いつも一人でウジウジ悩んでる」
「は……?」
間違いではない。むしろ真実だ。だからこそ、彰良の胸に苛立ちが湧いた。姉弟とて、言っていいことと悪いことがある。
「あたしがひみちゃんに教えてもらって、なんて思ったと思う? すごくすごく惨めだった」
「そんなの、知らねぇよ……」
出来の悪い弟を持った姉はきっと大変だろう。彰子は彰良と違って、明るい性格をしている。彰子は美人で人気者だ。学校の成績も優秀で、御曹司の彼氏まで持っている。両親も誇らしいだろう。彰良とは似ても似つかない、てんで正反対な、優秀な姉。
「アンタはあたしをバカにしてる」
「してねぇよ」
「してるわよ!」
「してねぇって!」
姉をバカになんて、したことはない。いつも羨望の眼差しで見ていた。どうして自分はこうなれないんだろうって、ずっと思っていた。彰良の心の中に、泥のように沈むコンプレックスの製造元。
「じゃあなんで言わなかったの? 今だって隠そうとしてる。あたしに言ったってしょうがないって、思ってるんでしょう!?」
「それは……!」
それは正解だ。不意打ちで痛いところを突かれて、言葉に詰まる。彰子は彰良が思っているよりずっと、彰良のことを知っていた。
「あたしはアンタの姉なの! アンタはあたしの、たった一人の弟なの!」
興奮した彰子の瞳から、美しい雫がポロリとこぼれ落ちた。まるでそれが、宝石が煌めいているみたいで。
「心配ぐらい、させなさいよ……!」
どうしてだろう。彰良の胸が熱くなる。目尻が熱くなるのを、グッと堪えた。
自分を思って泣いてくれる人が、こんなに近くにいたなんて。当たり前のことなのに、彰良は今まで、全然気が付いていなかった。
「……なんで、姉ちゃんが泣くんだよ」
「全部アンタのせいだから」
「うん……ごめん」
姉というものは、横暴な生き物だ。でも、それでいいと彰良は思う。
ずっと忘れていた。彰子は大切な人が傷つけられたら、絶対に許さない人間だ。そしてその大切な人の中に自分がいたことが、彰良はどうしようもなく嬉しかった。
