家へ帰る道すがら、電車の中で二人並んで席に座る。夏休みが始まってまだ一週間ちょっとの筈なのに、なんだかすごく懐かしい感覚がした。
「氷見子はさ……正義感が強いっていうか……理不尽が許せない難儀な性格でさ」
「真っ直ぐで良い子じゃん」
「うん。中学生の頃かな、俺が女顔ってハブられた時に、庇ってくれたんだよ」
田舎の小さな小学校に通っていた彰良にとって、町中から生徒が集まる中学校というのはまったくの未知の世界だった。人見知りで引っ込み思案な自分を、気にかけて心配してくれたのが氷見子だった。
「それがさ、もう男子相手に殴る蹴るの大喧嘩! まあ、そのおかげで虐めは早々に終わったんだけどね」
「ちなみにひみちゃんにボコボコにされた同級生の名前は?」
「小林勝」
「ウケんね」
アイツか〜なんて侑斗がケラケラ笑っている。小林ならやりそう、なんて思ったのかも知れない。
侑斗は彰良みたいな仏頂面と違って、表情がコロコロ変わるから見ていて面白い。そんなことを思いながら侑斗を眺めていたら、突然あ、と小さな声をあげた。
「そういえばさっきの喫茶店、小林居たよな」
「え、マジ?」
「マジマジ。奥の席で帽子を深く被ってたから、よく見ないとわかんなかったかも」
侑斗は本当に周りをよく見ている。同じ店内に小林が居たなんて、彰良にはまったく分からなかった。
氷見子との話に集中していたのもあるが、そもそも彰良は周りをあまり見ていない。
「アイツ、何しに喫茶店なんて来たんだ?」
小林は坊主頭の野球少年だ。喫茶店なんて小洒落たものから一番遠い人間に思える。彰良の疑問を前に、侑斗が顎に手を当てフフっと笑った。
「デカいパフェ嬉しそうに食べてたぞ。あれは多分常連だな」
「……アイツ、甘いもの嫌いとか言ってなかったか? 男が甘いもの食うのは女々しいとかなんとか」
「なに〜? 嫌いなものを食べにわざわざ喫茶店まで足を運んでいる!? これは謎めいて来ましたなワトソンくん」
「どうでもいい謎すぎる」
人生でこれほどどうでもいい謎もそうそうないだろう。侑斗は好奇心旺盛だが、小林にまで興味を持つ必要なんてない。人生は有限だ。そんな些事に構うなんて侑斗の時間が勿体無い。
……それになんか、ムカつくし。
ムカムカして、話題を変えようと必死に頭を動かす。そうしていたら、ふとあることが気になった。
「侑斗はさ……氷見子のこと好きなの?」
「え? なんで?」
「いや、守ってやるって言ってたから」
なんでこの話を蒸し返したのか自分でも分からない。自分で聞いておきながら、侑斗の返答に彰良は何故か緊張していた。
「好きっていうか……彰良の周りにいる人は、俺も大切にしたいと思って」
「……俺?」
「そうー。彰良が大切だから、周りも全部大切にしたいの」
侑斗の嬉しそうな笑みに、釘付けになる。座席に置いた手の甲が触れ合って、ドキドキと胸が高鳴った。
これ以上はダメだ。そう思う。けれど彰良の心は、止まらなかった。
侑斗が好きだ。
認めてはいけなかった。見ないふりをしようとした。でも無理だった。こんなに、こんなに眩しい人を、どうして好きにならずにいられるのだろう。
「実はさっきの話、ちょっとひみちゃんに嫉妬しちゃった」
「え?」
さっきの話とは、彰良がハブられた、という話だろうか。
人より少しだけ色素が薄い、鈍色の瞳が彰良を映す。目を逸らせない彰良の前で、それは綺麗に細められた。
「俺が横にいたら、小さい彰良を守ってやれたのにって」
少しだけ恥ずかしそうにはにかんで笑う侑斗に、どうしようもないときめきを感じる。
「……なんだそれ」
言葉が震えていないだろうか。上手く言えているだろうか。彰良はもう、いっぱいいっぱいだった。
身体の奥から感情がせり上がって、ぶわりと花開く感覚がする。嬉しい。すごく嬉しい。
小さい頃に侑斗がそばに居たら? そんなの、最高に決まってる。
「え!? もしかして笑った!?」
「笑ってねえよ」
表情を見られないように、必死に侑斗から顔を背ける。それを笑われたのだと勘違いした侑斗が、猫背になり唇を尖らせた。
「どうせ俺はガキくせーよ」
侑斗のことをガキくさいなんて、思ったこともない。
スキップして走り出しそうになる身体を、グッと押し留めるのがどれだけ大変かなんて、きっと侑斗は知らないのだろう。
侑斗と別れ、フワフワの気分で帰路につく。多幸感で頭がぼーっとして、ただいまの挨拶もおざなりだった。
後から振り返れば、その時の彰良は能天気過ぎたのだ。
汗に濡れた服を脱いで、新しいTシャツを戸棚から取り出す。ふとした瞬間、姿見に映った自分の姿が目に入った。
ヘソに届くまで成長した浅黒いまだら模様。確実に、成長している。
彰良は一転、冷や水を浴びせられたような気分になった。
「氷見子はさ……正義感が強いっていうか……理不尽が許せない難儀な性格でさ」
「真っ直ぐで良い子じゃん」
「うん。中学生の頃かな、俺が女顔ってハブられた時に、庇ってくれたんだよ」
田舎の小さな小学校に通っていた彰良にとって、町中から生徒が集まる中学校というのはまったくの未知の世界だった。人見知りで引っ込み思案な自分を、気にかけて心配してくれたのが氷見子だった。
「それがさ、もう男子相手に殴る蹴るの大喧嘩! まあ、そのおかげで虐めは早々に終わったんだけどね」
「ちなみにひみちゃんにボコボコにされた同級生の名前は?」
「小林勝」
「ウケんね」
アイツか〜なんて侑斗がケラケラ笑っている。小林ならやりそう、なんて思ったのかも知れない。
侑斗は彰良みたいな仏頂面と違って、表情がコロコロ変わるから見ていて面白い。そんなことを思いながら侑斗を眺めていたら、突然あ、と小さな声をあげた。
「そういえばさっきの喫茶店、小林居たよな」
「え、マジ?」
「マジマジ。奥の席で帽子を深く被ってたから、よく見ないとわかんなかったかも」
侑斗は本当に周りをよく見ている。同じ店内に小林が居たなんて、彰良にはまったく分からなかった。
氷見子との話に集中していたのもあるが、そもそも彰良は周りをあまり見ていない。
「アイツ、何しに喫茶店なんて来たんだ?」
小林は坊主頭の野球少年だ。喫茶店なんて小洒落たものから一番遠い人間に思える。彰良の疑問を前に、侑斗が顎に手を当てフフっと笑った。
「デカいパフェ嬉しそうに食べてたぞ。あれは多分常連だな」
「……アイツ、甘いもの嫌いとか言ってなかったか? 男が甘いもの食うのは女々しいとかなんとか」
「なに〜? 嫌いなものを食べにわざわざ喫茶店まで足を運んでいる!? これは謎めいて来ましたなワトソンくん」
「どうでもいい謎すぎる」
人生でこれほどどうでもいい謎もそうそうないだろう。侑斗は好奇心旺盛だが、小林にまで興味を持つ必要なんてない。人生は有限だ。そんな些事に構うなんて侑斗の時間が勿体無い。
……それになんか、ムカつくし。
ムカムカして、話題を変えようと必死に頭を動かす。そうしていたら、ふとあることが気になった。
「侑斗はさ……氷見子のこと好きなの?」
「え? なんで?」
「いや、守ってやるって言ってたから」
なんでこの話を蒸し返したのか自分でも分からない。自分で聞いておきながら、侑斗の返答に彰良は何故か緊張していた。
「好きっていうか……彰良の周りにいる人は、俺も大切にしたいと思って」
「……俺?」
「そうー。彰良が大切だから、周りも全部大切にしたいの」
侑斗の嬉しそうな笑みに、釘付けになる。座席に置いた手の甲が触れ合って、ドキドキと胸が高鳴った。
これ以上はダメだ。そう思う。けれど彰良の心は、止まらなかった。
侑斗が好きだ。
認めてはいけなかった。見ないふりをしようとした。でも無理だった。こんなに、こんなに眩しい人を、どうして好きにならずにいられるのだろう。
「実はさっきの話、ちょっとひみちゃんに嫉妬しちゃった」
「え?」
さっきの話とは、彰良がハブられた、という話だろうか。
人より少しだけ色素が薄い、鈍色の瞳が彰良を映す。目を逸らせない彰良の前で、それは綺麗に細められた。
「俺が横にいたら、小さい彰良を守ってやれたのにって」
少しだけ恥ずかしそうにはにかんで笑う侑斗に、どうしようもないときめきを感じる。
「……なんだそれ」
言葉が震えていないだろうか。上手く言えているだろうか。彰良はもう、いっぱいいっぱいだった。
身体の奥から感情がせり上がって、ぶわりと花開く感覚がする。嬉しい。すごく嬉しい。
小さい頃に侑斗がそばに居たら? そんなの、最高に決まってる。
「え!? もしかして笑った!?」
「笑ってねえよ」
表情を見られないように、必死に侑斗から顔を背ける。それを笑われたのだと勘違いした侑斗が、猫背になり唇を尖らせた。
「どうせ俺はガキくせーよ」
侑斗のことをガキくさいなんて、思ったこともない。
スキップして走り出しそうになる身体を、グッと押し留めるのがどれだけ大変かなんて、きっと侑斗は知らないのだろう。
侑斗と別れ、フワフワの気分で帰路につく。多幸感で頭がぼーっとして、ただいまの挨拶もおざなりだった。
後から振り返れば、その時の彰良は能天気過ぎたのだ。
汗に濡れた服を脱いで、新しいTシャツを戸棚から取り出す。ふとした瞬間、姿見に映った自分の姿が目に入った。
ヘソに届くまで成長した浅黒いまだら模様。確実に、成長している。
彰良は一転、冷や水を浴びせられたような気分になった。
