「電話でも伝えたけど、俺たち氷見子に聞きたいことがあるんだ」
少し時間がかかったが、本題に入るために姿勢を正す。氷見子が鞄の中から、小型の可愛らしい手帳を取り出した。
「7月中旬にあったお葬式についてでしょ。彰良が呪われたとか言うからちゃんと調べて来たって。まったく、そういうのは中学生で卒業しなさいよね」
薄い手帳をペラペラと捲って、あるページで手を止める。
氷見子の言葉に、侑斗が少しだけ驚いたような顔をした。彰良に顔を近づけて、そっと耳打ちしてくる。
「彰良、そこまで教えたんだ」
「うん……まあ、ね」
特に考えがあったわけじゃない。ただ、氷見子に隠し事をするということ自体が、彰良の頭には浮かばなかった。
……まあ、本当だとは思われてないみたいだけど。
兄妹よりも遠くて、友だちよりも近い。幼なじみと言ってしまえば、それまでだけれど。安藤氷見子は彰良にとって、不思議な距離感の人間だった。
「お葬式は7月22日の水曜日。藤吉靖恵って人のもの」
「俺たちが死体を見たのは確か18日の土曜日だから、日数的にも近いな」
侑斗の発言に肯定するように頷く。二人の見た死体の主が、藤吉靖恵である確率は高いだろう。
「この藤吉靖恵ってどんな人なの?」
「ええと……30代後半で、町の総合病院の小児科で看護師をしていたみたい。一応結婚してるわね」
「一応って?」
「子どもがいなかったみたい。子なし夫婦は色々言われるし、こんなど田舎に住むのは苦しかったんじゃないかな」
何もないだけならまだしも、田舎というのは色々煩わしいものだ。他人の事情を分かった気になって、土足で踏み込んでくる人間がたくさんいる。
「死因は一応、事故ってことになっているみたい。でも噂では、自殺なんじゃないかとも言われてる。どっちが正解なのかは分からないけど」
仮に自殺だったとしても、外聞が悪いから事故ということにされるだろう。田舎で悪評が出回ったら、家の立場を失いかねない。
「他にはないの? ほら、ええと……呪い殺された、みたいな話」
「そういう話は聞いてないけど……そういえば、実際に葬儀に行った母に聞いたんだけど、ご遺体には会
えなかったらしいの。どうやら状態が酷いらしくて、見せられないって」
身体中に広がったまだら模様の痣を思い出す。確かにあの様子では、人に見せられないというのも納得だ。
「お母さん知り合いだったの?」
「ほら、看護師だって言ったでしょ。私は覚えてないんだけど……小さい頃お世話になったことがあるらしいの。優しくて良い人だったって言ってたよ」
人物像を知るにつれて、ただの死体だったものが、一人の人間になっていく。総合病院の看護師をしていたなら、彰良もお世話になったことがあるかもしれない。それを考えると、なんだか複雑な気持ちになった。
「評判の良い人だったんだ」
「うーん……それは半々かな」
その発言に、おやと思い視線を向ける。手帳を覗く氷見子が、少しだけ渋い顔をしていた。
「お母さんぐらいの距離感の人には、確かに評判が良かったの。逆に近しい人からは、子どもも産めないダメ嫁扱いされてたみたい。それ聞いたらさ、私なんだかムカついて来ちゃって」
少しだけ、無音の時が流れる。炭酸ジュースの氷が溶けて、カロンと音が鳴ると、氷見子がハッと顔を上げた。
「ああ、ごめん。これはただの私情。忘れて」
「いや……気持ち、分かるし」
名前や人柄を知れたことは大きい。けれど呪いについては、未だ分からないことが多かった。
侑斗が考えるように顎に手を当てながら、ふと疑問を口にした。
「藤吉靖恵は、どうして洞窟の中に入ったんだろう」
「確かに」
満仔神社は水子霊を供養する場所だ。子どもがいたことがない藤吉靖恵がわざわざ足を運ぶ意図が分からない。
「もっと知りたいなら、適任者が身近にいると思うけど」
「え? どういうこと?」
「彰子姉ちゃんの彼氏だよ」
彼氏って……なんで今そいつが出てくるんだろうか。
首を傾げる彰良に、氷見子が呆れたような顔をした。
「もしかして、名前覚えてないの?」
「……覚えてない」
確かに、姉から聞いたことがある。あるが、覚えていない。正直なところ、姉を取られたような気持ちになって、存在そのものを頭の隅に追いやっていた。
「藤吉聡一郎。藤吉本家酒造株式会社の跡取り息子で、藤吉靖恵の甥に当たる人だよ」
「あー、藤吉酒造って、あのでかい酒屋か」
ここら辺では一番大きな会社ではないだろうか。彰良でも名前を聞いたことがあるぐらい有名な企業だ。
「……姉ちゃんに頼んでみるか……」
「まあでも、程々にね。あっちは身内が亡くなってるんだから」
「そうだよなー、気をつけないと」
眉間に皺を寄せ、侑斗が難しい顔をしている。確かに、氷見子みたいに軽く話を聞くことはできないだろう。
その後ポツポツと雑談をした後、二人は氷見子と別れて帰路についた。
少し時間がかかったが、本題に入るために姿勢を正す。氷見子が鞄の中から、小型の可愛らしい手帳を取り出した。
「7月中旬にあったお葬式についてでしょ。彰良が呪われたとか言うからちゃんと調べて来たって。まったく、そういうのは中学生で卒業しなさいよね」
薄い手帳をペラペラと捲って、あるページで手を止める。
氷見子の言葉に、侑斗が少しだけ驚いたような顔をした。彰良に顔を近づけて、そっと耳打ちしてくる。
「彰良、そこまで教えたんだ」
「うん……まあ、ね」
特に考えがあったわけじゃない。ただ、氷見子に隠し事をするということ自体が、彰良の頭には浮かばなかった。
……まあ、本当だとは思われてないみたいだけど。
兄妹よりも遠くて、友だちよりも近い。幼なじみと言ってしまえば、それまでだけれど。安藤氷見子は彰良にとって、不思議な距離感の人間だった。
「お葬式は7月22日の水曜日。藤吉靖恵って人のもの」
「俺たちが死体を見たのは確か18日の土曜日だから、日数的にも近いな」
侑斗の発言に肯定するように頷く。二人の見た死体の主が、藤吉靖恵である確率は高いだろう。
「この藤吉靖恵ってどんな人なの?」
「ええと……30代後半で、町の総合病院の小児科で看護師をしていたみたい。一応結婚してるわね」
「一応って?」
「子どもがいなかったみたい。子なし夫婦は色々言われるし、こんなど田舎に住むのは苦しかったんじゃないかな」
何もないだけならまだしも、田舎というのは色々煩わしいものだ。他人の事情を分かった気になって、土足で踏み込んでくる人間がたくさんいる。
「死因は一応、事故ってことになっているみたい。でも噂では、自殺なんじゃないかとも言われてる。どっちが正解なのかは分からないけど」
仮に自殺だったとしても、外聞が悪いから事故ということにされるだろう。田舎で悪評が出回ったら、家の立場を失いかねない。
「他にはないの? ほら、ええと……呪い殺された、みたいな話」
「そういう話は聞いてないけど……そういえば、実際に葬儀に行った母に聞いたんだけど、ご遺体には会
えなかったらしいの。どうやら状態が酷いらしくて、見せられないって」
身体中に広がったまだら模様の痣を思い出す。確かにあの様子では、人に見せられないというのも納得だ。
「お母さん知り合いだったの?」
「ほら、看護師だって言ったでしょ。私は覚えてないんだけど……小さい頃お世話になったことがあるらしいの。優しくて良い人だったって言ってたよ」
人物像を知るにつれて、ただの死体だったものが、一人の人間になっていく。総合病院の看護師をしていたなら、彰良もお世話になったことがあるかもしれない。それを考えると、なんだか複雑な気持ちになった。
「評判の良い人だったんだ」
「うーん……それは半々かな」
その発言に、おやと思い視線を向ける。手帳を覗く氷見子が、少しだけ渋い顔をしていた。
「お母さんぐらいの距離感の人には、確かに評判が良かったの。逆に近しい人からは、子どもも産めないダメ嫁扱いされてたみたい。それ聞いたらさ、私なんだかムカついて来ちゃって」
少しだけ、無音の時が流れる。炭酸ジュースの氷が溶けて、カロンと音が鳴ると、氷見子がハッと顔を上げた。
「ああ、ごめん。これはただの私情。忘れて」
「いや……気持ち、分かるし」
名前や人柄を知れたことは大きい。けれど呪いについては、未だ分からないことが多かった。
侑斗が考えるように顎に手を当てながら、ふと疑問を口にした。
「藤吉靖恵は、どうして洞窟の中に入ったんだろう」
「確かに」
満仔神社は水子霊を供養する場所だ。子どもがいたことがない藤吉靖恵がわざわざ足を運ぶ意図が分からない。
「もっと知りたいなら、適任者が身近にいると思うけど」
「え? どういうこと?」
「彰子姉ちゃんの彼氏だよ」
彼氏って……なんで今そいつが出てくるんだろうか。
首を傾げる彰良に、氷見子が呆れたような顔をした。
「もしかして、名前覚えてないの?」
「……覚えてない」
確かに、姉から聞いたことがある。あるが、覚えていない。正直なところ、姉を取られたような気持ちになって、存在そのものを頭の隅に追いやっていた。
「藤吉聡一郎。藤吉本家酒造株式会社の跡取り息子で、藤吉靖恵の甥に当たる人だよ」
「あー、藤吉酒造って、あのでかい酒屋か」
ここら辺では一番大きな会社ではないだろうか。彰良でも名前を聞いたことがあるぐらい有名な企業だ。
「……姉ちゃんに頼んでみるか……」
「まあでも、程々にね。あっちは身内が亡くなってるんだから」
「そうだよなー、気をつけないと」
眉間に皺を寄せ、侑斗が難しい顔をしている。確かに、氷見子みたいに軽く話を聞くことはできないだろう。
その後ポツポツと雑談をした後、二人は氷見子と別れて帰路についた。
