[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 調査開始初日で、早々に彰良たちは手詰まりになっていた。
 口減しを行っていたと思われる崖に行くのも、祠のある洞窟に行くのも危険だ。侑斗はもう絶対にダメだと言っていたし、彰良とて行く気にはならない。

 せめてあの女性の名前だけでも、分かればよかったのだが。

「ねえ母さん、最近この近くで葬式ってしてないよね」

 夕飯後のリビングで、何か少しでも情報を掴めないかと母親に問いかける。しかし、思うような返事はもらえなかった。

「ないわよ。町の人の葬式だったらお母さん絶対耳にするはずだもの」

「だよな〜」

 この町は小さい。何かあれば直ぐに町中に噂が広がる。それなのになんの噂にもなっていないということは、静弥含む大人たちが漏れないよう秘密裏に処理したということだ。

 項垂れる彰良の姿を、ソファに座った姉の彰子がチラリと横目で見やった。

「もがむぐもごご」

「え? なんて?」

 アイスの棒を咥えながら携帯をいじっている姉が、もがもがと何か言っている。
 なんの話だろうと聞き直せば、アイスの棒を口から出して、彰子は彰良に向き直った。

「だから、葬式。隣町でならあったよ」

「え? マジで?」

「先週隣町に遊びに行った時看板出てたもん。あ、今日葬式やってるんだ〜って思って」

 葬式があると、地域住民に知らせる目的もあって、人通りの多い道に看板が出る。姉はきっとそれを見たのだろう。時期から見ても、あの女性のものである確率は低くない。

「それって誰の葬式?」

 姉の言葉にソファから身を乗り出す。彰良の勢いに、彰子が少し驚いたように目を丸くした。

「そこまでは覚えてないけど……」

「手詰まりか……」

 姉の言葉に、ガックリと肩を落とす。そんな彰良の様子に、彰子が呆れたような顔をした。

「いや、あんたの同級生に聞けば良いじゃん」

「……聞けるほど親しい奴がいないんだけど」

 我が姉ながら酷いことを言うと思う。侑斗が転校してくるまで長年ボッチを極めていた彰良にとって、同級生に連絡するという行為には非常に高い壁があった。
 そんな彰良を見て、母親まで呆れたような顔をする。母親は長年の彰良のボッチ具合を見ているので、この反応も仕方ないだろう。

「なに言ってるの! 彰良にはひみちゃんがいるじゃない!」

「あ? あ〜……」

 ひみちゃんという言葉に、小さい頃からの幼なじみを思い出す。幼稚園の頃からよく遊んでいて、小学校5年生の頃に隣町に引っ越していった女の子。その後中学で再開して、高校も同じところに通っている。

 確かにアイツなら連絡しても良いかもしれない。
 携帯の連絡先を開いて、目的の人物までスクロールする。携帯をタップすると、彰良は早速電話をかけた。


 § § §


 例の幼なじみに話を聞くために、侑斗と彰良は隣町まで(おもむ)いていた。ゆっくり話ができる場所をと、個人経営の喫茶店で待ち合わせをする。
 相手が現れたので、早速話をと思ったのだが……どうにも様子がおかしいから、なかなか本題に入れないでいた。

 彰良の幼稚園からの幼なじみ……安藤氷見子が、二人が座る席の向こう側で、大きなツバがついた帽子を深く被って、何かから身を隠すように縮こまっている。

「あのー……安藤?」

「なに?」

「そのデカい帽子、ナニ」

「私の身を守る盾よ」

 何を言っているのかよくわからない。意味がわからなくて、彰良と侑斗は顔を見合わせた。

「いや、身を守るって何からだよ」

「あんた達みたいな一軍男子と一緒にいるところを見られたら、私の高校生活が終わるじゃない! こんな場末の喫茶店に呼び出して、私をどうする気なの!?」

 小声で叫ぶという器用なことをしている氷見子に、一周回って感嘆する。なんの話をしているのかは、全くわからないけれど。

「えーと、俺たちと一緒にいるところを見られると、なんかまずいの」

「学校の一軍女子から呼び出されて、意地悪されるかもしれないでしょ」

「なに? アイツらそんなことすんの?」

「いや……どうせ安藤の妄想だろ」

 氷見子は昔から夢見がちで、絵本のお姫様が大好きだった。最近はアニメにどっぷりハマったせいで、ろくに勉強もしないで親から怒られているらしいが……。

「でも、不安なのは本当なんだろ」

 侑斗ってなんていうか、お人好しだよな。
 氷見子の謎の妄言に付き合っていたらキリがない。そんなことを思いながらストローを咥えていたら、侑斗がとんでもない爆弾を投下してきた。

「呼び出されたらさ、俺を呼べよ。守ってやるから」

 ……はい?

 侑斗の発言に、心の中で変な声を出してしまう。氷見子と彰良は、まるでトレースしたように同じ表情をしていた。

「……えーと、それはどういう意図の発言なの? です」

 氷見子がテンパって、変な敬語が出てしまっている。それに侑斗は、当たり前のような顔をして言い切った。

「俺らが呼び出したせいで氷見子ちゃんがいじめに遭うならさー、それをどうにかするのは俺らの責任だろ」

 なんというかっこいい男だろうか。彰良なら恥ずかしくて言えないことも、侑斗はサラッと言ってのけるのだ。
 眩しくて、つい羨望の眼差しで侑斗を見てしまう。

「ハワワ……」

 侑斗の台詞に、氷見子が少女のように頬を染めたと思ったら、一拍置いて、この世の終わりみたいな顔をする。次の瞬間、睨め付けるような視線を彰良に送った。

「彰良、アンタ説明してないの……?」

「あー、してないわ」

 氷見子の視線から、そういうことはちゃんと説明しておきなさいよ、という怨み節を感じる。
 事情を知らない侑斗は、一人不思議そうな顔をしていた。

「コイツさ、そのー……本名が嫌いなんだよ。だから苗字で呼んでやって」

 安藤氷見子。その昔邪馬台国だなんだのと、死ぬ程揶揄(からか)われた苦い経験がある。だから下の名前で呼ばれる事を、ひどく嫌がるのだ。唯一、卑弥呼とは漢字が違う事だけが救いだった。

「なんで? すげぇカッケー名前じゃん。最初の女王だろ?」

 なんというか、物は言いようだな。そんな風に思っていたら、氷見子が帽子を深く被って、顔を隠すように下を向いた。

「…………かっこいいって……ほんとに?」

「うん」

「ほんとにほんとにそう思う……?」

「ほんとにほんとにそう思う」

「ほんとにほんとにほんとにそう思う……?」

「ほんとにほんとにほんとにそう思う」

 なんなんだこの会話は。どう考えても生産性のない会話に、彰良は飽きてコーラを飲むことにした。
 しばらく二人は変な会話を続けていたが、遂にそれが終わったらしい。氷見子は帽子をバサリと脱ぐと、それをソファの上に置いた。

 喫茶店のマスターにパフェを注文し、深くソファに座り直す。黒い綺麗な髪の毛を掻き上げると、氷見子は意志の強い瞳で真っ直ぐに二人を見た。

「待たせたわね。本題に入りましょう」

 どういうことなんだよ

「どういうことなんだよ」

 心の中で呟いたはずが、うっかり声に出ていたらしい。氷見子はそんな彰良の台詞を、フッと一笑した。

「一夏の青春を謳歌することにしたのよ。私のことはひみちゃんと呼びなさい」

「お、いいね〜!」

 胸を張る氷見子に、侑斗が手を叩いて喜んでいる。
 一体氷見子の中でどんな心境の変化があったというのだろうか。まったく意味が分からないが、面倒なので、彰良はもう突っ込まないことにした。