調査開始初日で、早々に彰良たちは手詰まりになっていた。
口減しを行っていたと思われる崖に行くのも、祠のある洞窟に行くのも危険だ。侑斗はもう絶対にダメだと言っていたし、彰良とて行く気にはならない。
せめてあの女性の名前だけでも、分かればよかったのだが。
「ねえ母さん、最近この近くで葬式ってしてないよね」
夕飯後のリビングで、何か少しでも情報を掴めないかと母親に問いかける。しかし、思うような返事はもらえなかった。
「ないわよ。町の人の葬式だったらお母さん絶対耳にするはずだもの」
「だよな〜」
この町は小さい。何かあれば直ぐに町中に噂が広がる。それなのになんの噂にもなっていないということは、静弥含む大人たちが漏れないよう秘密裏に処理したということだ。
項垂れる彰良の姿を、ソファに座った姉の彰子がチラリと横目で見やった。
「もがむぐもごご」
「え? なんて?」
アイスの棒を咥えながら携帯をいじっている姉が、もがもがと何か言っている。
なんの話だろうと聞き直せば、アイスの棒を口から出して、彰子は彰良に向き直った。
「だから、葬式。隣町でならあったよ」
「え? マジで?」
「先週隣町に遊びに行った時看板出てたもん。あ、今日葬式やってるんだ〜って思って」
葬式があると、地域住民に知らせる目的もあって、人通りの多い道に看板が出る。姉はきっとそれを見たのだろう。時期から見ても、あの女性のものである確率は低くない。
「それって誰の葬式?」
姉の言葉にソファから身を乗り出す。彰良の勢いに、彰子が少し驚いたように目を丸くした。
「そこまでは覚えてないけど……」
「手詰まりか……」
姉の言葉に、ガックリと肩を落とす。そんな彰良の様子に、彰子が呆れたような顔をした。
「いや、あんたの同級生に聞けば良いじゃん」
「……聞けるほど親しい奴がいないんだけど」
我が姉ながら酷いことを言うと思う。侑斗が転校してくるまで長年ボッチを極めていた彰良にとって、同級生に連絡するという行為には非常に高い壁があった。
そんな彰良を見て、母親まで呆れたような顔をする。母親は長年の彰良のボッチ具合を見ているので、この反応も仕方ないだろう。
「なに言ってるの! 彰良にはひみちゃんがいるじゃない!」
「あ? あ〜……」
ひみちゃんという言葉に、小さい頃からの幼なじみを思い出す。幼稚園の頃からよく遊んでいて、小学校5年生の頃に隣町に引っ越していった女の子。その後中学で再開して、高校も同じところに通っている。
確かにアイツなら連絡しても良いかもしれない。
携帯の連絡先を開いて、目的の人物までスクロールする。携帯をタップすると、彰良は早速電話をかけた。
§ § §
例の幼なじみに話を聞くために、侑斗と彰良は隣町まで赴いていた。ゆっくり話ができる場所をと、個人経営の喫茶店で待ち合わせをする。
相手が現れたので、早速話をと思ったのだが……どうにも様子がおかしいから、なかなか本題に入れないでいた。
彰良の幼稚園からの幼なじみ……安藤氷見子が、二人が座る席の向こう側で、大きなツバがついた帽子を深く被って、何かから身を隠すように縮こまっている。
「あのー……安藤?」
「なに?」
「そのデカい帽子、ナニ」
「私の身を守る盾よ」
何を言っているのかよくわからない。意味がわからなくて、彰良と侑斗は顔を見合わせた。
「いや、身を守るって何からだよ」
「あんた達みたいな一軍男子と一緒にいるところを見られたら、私の高校生活が終わるじゃない! こんな場末の喫茶店に呼び出して、私をどうする気なの!?」
小声で叫ぶという器用なことをしている氷見子に、一周回って感嘆する。なんの話をしているのかは、全くわからないけれど。
「えーと、俺たちと一緒にいるところを見られると、なんかまずいの」
「学校の一軍女子から呼び出されて、意地悪されるかもしれないでしょ」
「なに? アイツらそんなことすんの?」
「いや……どうせ安藤の妄想だろ」
氷見子は昔から夢見がちで、絵本のお姫様が大好きだった。最近はアニメにどっぷりハマったせいで、ろくに勉強もしないで親から怒られているらしいが……。
「でも、不安なのは本当なんだろ」
侑斗ってなんていうか、お人好しだよな。
氷見子の謎の妄言に付き合っていたらキリがない。そんなことを思いながらストローを咥えていたら、侑斗がとんでもない爆弾を投下してきた。
「呼び出されたらさ、俺を呼べよ。守ってやるから」
……はい?
侑斗の発言に、心の中で変な声を出してしまう。氷見子と彰良は、まるでトレースしたように同じ表情をしていた。
「……えーと、それはどういう意図の発言なの? です」
氷見子がテンパって、変な敬語が出てしまっている。それに侑斗は、当たり前のような顔をして言い切った。
「俺らが呼び出したせいで氷見子ちゃんがいじめに遭うならさー、それをどうにかするのは俺らの責任だろ」
なんというかっこいい男だろうか。彰良なら恥ずかしくて言えないことも、侑斗はサラッと言ってのけるのだ。
眩しくて、つい羨望の眼差しで侑斗を見てしまう。
「ハワワ……」
侑斗の台詞に、氷見子が少女のように頬を染めたと思ったら、一拍置いて、この世の終わりみたいな顔をする。次の瞬間、睨め付けるような視線を彰良に送った。
「彰良、アンタ説明してないの……?」
「あー、してないわ」
氷見子の視線から、そういうことはちゃんと説明しておきなさいよ、という怨み節を感じる。
事情を知らない侑斗は、一人不思議そうな顔をしていた。
「コイツさ、そのー……本名が嫌いなんだよ。だから苗字で呼んでやって」
安藤氷見子。その昔邪馬台国だなんだのと、死ぬ程揶揄われた苦い経験がある。だから下の名前で呼ばれる事を、ひどく嫌がるのだ。唯一、卑弥呼とは漢字が違う事だけが救いだった。
「なんで? すげぇカッケー名前じゃん。最初の女王だろ?」
なんというか、物は言いようだな。そんな風に思っていたら、氷見子が帽子を深く被って、顔を隠すように下を向いた。
「…………かっこいいって……ほんとに?」
「うん」
「ほんとにほんとにそう思う……?」
「ほんとにほんとにそう思う」
「ほんとにほんとにほんとにそう思う……?」
「ほんとにほんとにほんとにそう思う」
なんなんだこの会話は。どう考えても生産性のない会話に、彰良は飽きてコーラを飲むことにした。
しばらく二人は変な会話を続けていたが、遂にそれが終わったらしい。氷見子は帽子をバサリと脱ぐと、それをソファの上に置いた。
喫茶店のマスターにパフェを注文し、深くソファに座り直す。黒い綺麗な髪の毛を掻き上げると、氷見子は意志の強い瞳で真っ直ぐに二人を見た。
「待たせたわね。本題に入りましょう」
どういうことなんだよ
「どういうことなんだよ」
心の中で呟いたはずが、うっかり声に出ていたらしい。氷見子はそんな彰良の台詞を、フッと一笑した。
「一夏の青春を謳歌することにしたのよ。私のことはひみちゃんと呼びなさい」
「お、いいね〜!」
胸を張る氷見子に、侑斗が手を叩いて喜んでいる。
一体氷見子の中でどんな心境の変化があったというのだろうか。まったく意味が分からないが、面倒なので、彰良はもう突っ込まないことにした。
口減しを行っていたと思われる崖に行くのも、祠のある洞窟に行くのも危険だ。侑斗はもう絶対にダメだと言っていたし、彰良とて行く気にはならない。
せめてあの女性の名前だけでも、分かればよかったのだが。
「ねえ母さん、最近この近くで葬式ってしてないよね」
夕飯後のリビングで、何か少しでも情報を掴めないかと母親に問いかける。しかし、思うような返事はもらえなかった。
「ないわよ。町の人の葬式だったらお母さん絶対耳にするはずだもの」
「だよな〜」
この町は小さい。何かあれば直ぐに町中に噂が広がる。それなのになんの噂にもなっていないということは、静弥含む大人たちが漏れないよう秘密裏に処理したということだ。
項垂れる彰良の姿を、ソファに座った姉の彰子がチラリと横目で見やった。
「もがむぐもごご」
「え? なんて?」
アイスの棒を咥えながら携帯をいじっている姉が、もがもがと何か言っている。
なんの話だろうと聞き直せば、アイスの棒を口から出して、彰子は彰良に向き直った。
「だから、葬式。隣町でならあったよ」
「え? マジで?」
「先週隣町に遊びに行った時看板出てたもん。あ、今日葬式やってるんだ〜って思って」
葬式があると、地域住民に知らせる目的もあって、人通りの多い道に看板が出る。姉はきっとそれを見たのだろう。時期から見ても、あの女性のものである確率は低くない。
「それって誰の葬式?」
姉の言葉にソファから身を乗り出す。彰良の勢いに、彰子が少し驚いたように目を丸くした。
「そこまでは覚えてないけど……」
「手詰まりか……」
姉の言葉に、ガックリと肩を落とす。そんな彰良の様子に、彰子が呆れたような顔をした。
「いや、あんたの同級生に聞けば良いじゃん」
「……聞けるほど親しい奴がいないんだけど」
我が姉ながら酷いことを言うと思う。侑斗が転校してくるまで長年ボッチを極めていた彰良にとって、同級生に連絡するという行為には非常に高い壁があった。
そんな彰良を見て、母親まで呆れたような顔をする。母親は長年の彰良のボッチ具合を見ているので、この反応も仕方ないだろう。
「なに言ってるの! 彰良にはひみちゃんがいるじゃない!」
「あ? あ〜……」
ひみちゃんという言葉に、小さい頃からの幼なじみを思い出す。幼稚園の頃からよく遊んでいて、小学校5年生の頃に隣町に引っ越していった女の子。その後中学で再開して、高校も同じところに通っている。
確かにアイツなら連絡しても良いかもしれない。
携帯の連絡先を開いて、目的の人物までスクロールする。携帯をタップすると、彰良は早速電話をかけた。
§ § §
例の幼なじみに話を聞くために、侑斗と彰良は隣町まで赴いていた。ゆっくり話ができる場所をと、個人経営の喫茶店で待ち合わせをする。
相手が現れたので、早速話をと思ったのだが……どうにも様子がおかしいから、なかなか本題に入れないでいた。
彰良の幼稚園からの幼なじみ……安藤氷見子が、二人が座る席の向こう側で、大きなツバがついた帽子を深く被って、何かから身を隠すように縮こまっている。
「あのー……安藤?」
「なに?」
「そのデカい帽子、ナニ」
「私の身を守る盾よ」
何を言っているのかよくわからない。意味がわからなくて、彰良と侑斗は顔を見合わせた。
「いや、身を守るって何からだよ」
「あんた達みたいな一軍男子と一緒にいるところを見られたら、私の高校生活が終わるじゃない! こんな場末の喫茶店に呼び出して、私をどうする気なの!?」
小声で叫ぶという器用なことをしている氷見子に、一周回って感嘆する。なんの話をしているのかは、全くわからないけれど。
「えーと、俺たちと一緒にいるところを見られると、なんかまずいの」
「学校の一軍女子から呼び出されて、意地悪されるかもしれないでしょ」
「なに? アイツらそんなことすんの?」
「いや……どうせ安藤の妄想だろ」
氷見子は昔から夢見がちで、絵本のお姫様が大好きだった。最近はアニメにどっぷりハマったせいで、ろくに勉強もしないで親から怒られているらしいが……。
「でも、不安なのは本当なんだろ」
侑斗ってなんていうか、お人好しだよな。
氷見子の謎の妄言に付き合っていたらキリがない。そんなことを思いながらストローを咥えていたら、侑斗がとんでもない爆弾を投下してきた。
「呼び出されたらさ、俺を呼べよ。守ってやるから」
……はい?
侑斗の発言に、心の中で変な声を出してしまう。氷見子と彰良は、まるでトレースしたように同じ表情をしていた。
「……えーと、それはどういう意図の発言なの? です」
氷見子がテンパって、変な敬語が出てしまっている。それに侑斗は、当たり前のような顔をして言い切った。
「俺らが呼び出したせいで氷見子ちゃんがいじめに遭うならさー、それをどうにかするのは俺らの責任だろ」
なんというかっこいい男だろうか。彰良なら恥ずかしくて言えないことも、侑斗はサラッと言ってのけるのだ。
眩しくて、つい羨望の眼差しで侑斗を見てしまう。
「ハワワ……」
侑斗の台詞に、氷見子が少女のように頬を染めたと思ったら、一拍置いて、この世の終わりみたいな顔をする。次の瞬間、睨め付けるような視線を彰良に送った。
「彰良、アンタ説明してないの……?」
「あー、してないわ」
氷見子の視線から、そういうことはちゃんと説明しておきなさいよ、という怨み節を感じる。
事情を知らない侑斗は、一人不思議そうな顔をしていた。
「コイツさ、そのー……本名が嫌いなんだよ。だから苗字で呼んでやって」
安藤氷見子。その昔邪馬台国だなんだのと、死ぬ程揶揄われた苦い経験がある。だから下の名前で呼ばれる事を、ひどく嫌がるのだ。唯一、卑弥呼とは漢字が違う事だけが救いだった。
「なんで? すげぇカッケー名前じゃん。最初の女王だろ?」
なんというか、物は言いようだな。そんな風に思っていたら、氷見子が帽子を深く被って、顔を隠すように下を向いた。
「…………かっこいいって……ほんとに?」
「うん」
「ほんとにほんとにそう思う……?」
「ほんとにほんとにそう思う」
「ほんとにほんとにほんとにそう思う……?」
「ほんとにほんとにほんとにそう思う」
なんなんだこの会話は。どう考えても生産性のない会話に、彰良は飽きてコーラを飲むことにした。
しばらく二人は変な会話を続けていたが、遂にそれが終わったらしい。氷見子は帽子をバサリと脱ぐと、それをソファの上に置いた。
喫茶店のマスターにパフェを注文し、深くソファに座り直す。黒い綺麗な髪の毛を掻き上げると、氷見子は意志の強い瞳で真っ直ぐに二人を見た。
「待たせたわね。本題に入りましょう」
どういうことなんだよ
「どういうことなんだよ」
心の中で呟いたはずが、うっかり声に出ていたらしい。氷見子はそんな彰良の台詞を、フッと一笑した。
「一夏の青春を謳歌することにしたのよ。私のことはひみちゃんと呼びなさい」
「お、いいね〜!」
胸を張る氷見子に、侑斗が手を叩いて喜んでいる。
一体氷見子の中でどんな心境の変化があったというのだろうか。まったく意味が分からないが、面倒なので、彰良はもう突っ込まないことにした。
