[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 灼熱の太陽が地面を照らしている。ジリジリと焼けるような暑さの中、彰良と侑斗は森の中深くに入っていった。

「えーと、死体があったのが多分ここだろ」

 汗を腕で拭いながら、侑斗が当時の状況を説明する。すぐ近くには、木々に隠れて剥き出しの崖肌が覗いていた。

「……上から落ちたのかな」

 それならば、血だらけだった理由の説明も付く。形が反り返っているようで、崖の上はよく見えなかった。

「登山道にあんなとこに行ける道あったか?」

 その台詞に、少し考えて歩き出す。侑斗が慌てたように彰良の後ろをついて来た。

「どこ行くんだよ」

「崖の上。多分あそこだ」

 登山道の途中にある、立ち入り禁止とデカデカと書かれた看板を無視して先に進む。しばらく森の中を進めば、ボロボロになった階段が姿を現した。

 階段の下に、お地蔵様がこちらを見るように佇んでいる。異様な雰囲気に一度足を止めるも、彰良は不安を振り払い階段に足をかけた。

「おい、大丈夫なのかよ」

「大丈夫も何も、死んだ人について調査するって言ったのは侑斗だろ。これぐらいしなきゃ」

 途中階段が崩れ落ち、まともに進めない箇所があった。かなりの急斜面だが、男子高校生の身体能力ならいけないこともない。
 ガサガサと草木を掻き分けて進めば、あっという間に頂上に辿り着いた。
 遮るものが何もない。見渡す限り、濃い青空が広がっている。

「すっげぇ眺め」

 彰良からすれば、なんてことない風景だ。だけど都会育ちの侑斗は違うのだろう。彰良の横に並んで、感嘆のため息を吐いた。

 崖の上は、先端に近づくにつれて細くなっていた。思い出す。あの巻物と、そっくりな形状。
 もしかしたら、あの巻物の場所は、ここだったのかもしれない。
 そう感じた瞬間、無意識に彰良は足を踏み出していた。

 何故だかわからないけれど、彰良は強烈にあそこに行きたくなった。いいや、行かなければならない。
 後から思い返せば、どう考えても異常な行動だったのだが、その時の彰良には、何故かそれしか考えられなかった。

 謎の使命感に駆られて、彰良は歩みを進めていく。もうすぐだ。もうすぐ崖の先端に着く。あと一歩という瞬間——————突然ガクンと身体が止まった。

「え……」

「おい彰良、あぶねーだろ!」

 振り返れば、侑斗が彰良の腕を掴んでいた。危ないとは、どういうことだろう。そう思い足元を見れば、視線の先に地面がない。彰良は後一歩で、空中に踏み出しそうになっていた。

「うわっ」

 驚いて尻餅を着く。固まる身体を、侑斗が後ろからズリズリと引きずって戻してくれた。



 森での調査を中止し、二人は侑斗の家に帰って来ていた。侑斗の母親が作ってくれた素麺を啜りながら、二人で反省会をする。

「彰良さー、さっきのは流石に肝が冷えたぞ」

「ごめん。なんか、ボーっとして……」

 自分でも、何故あそこまで崖上に行くことに夢中になったのかわからない。あの時侑斗が止めてくれなければどうなっていただろうか? 想像するだけで背筋が冷えた。

「あのなー、確かに死んだ人について調査するって言ったけど、それはお前の呪いを解く方法を探すためなんだぞ。お前が危険な目にあっちゃ、意味ないだろ」

 山から帰って来てからと言うもの、彰良は侑斗にくどくどと説教を受けていた。いつも怒られても反省しない彰良だが、今回ばかりは彰良が悪い。

「分かった。もうあそこには行かないよ」

「ん、よろしい」

 ちゃんと反省の意を示せば、侑斗はそれ以上彰良を責めなかった。

 ズズッと素麺を啜れば、麺つゆの中に入れた氷がカロリと音を立てる。冷たくて喉越しがいい。夏は家でもよく素麺を食べるが、侑斗の家の素麺はまた格別だった。

「なんか侑斗ん家の素麺、美味しくない?」

「えー? 普通だろ」

「いや、俺ん家の素麺より確実に美味い」

 なんだろう、麺が細いのだろうか。それなのにコシがあって、啜った時の喉越しがとても良い。

「彰良の家で食ってるのって、素麺じゃなくて冷や麦じゃねえの」

「なにそれ」

「前におばさんに出してもらったの、冷や麦だったから」

「……素麺じゃねぇの?」

 今の今まで、彰良はずっと家で素麺を食べていたと思っていたのだが……侑斗の言では、その認識がそもそも違うらしい。

「もっと物事に興味持ちなー」

 適当な認識だったから、安易に洞窟に入ってまんまと呪われた彰良には、なんとも痛い話だ。しょぼくれる彰良を尻目に、侑斗がズズッと素麺を啜った。

 暗くなってきたので、侑斗の家を出て帰宅する。お土産にと持たされた手作りのパウンドケーキを母親に渡せば、まあ! と嬉しそうな声をあげた。何を隠そう、彰良の家族は侑斗の母親の作るお菓子のファンなのだ。

 階段を上がり自分の部屋に入ったところで、ポケットに入れた携帯が鳴り始める。誰かと思い画面を見れば、そこには先程別れたばかりの友人の名前が表示されていた。
 通話ボタンをタップして電話に出れば、想像していた通りの相手の声が聞こえてくる。

「どうしたの」

『……ごめん、顔合わせてたら言いにくいかなって思って』

 随分と迂遠(うえん)な言い方だ。一体何を話をしたいのだろうか。ベッドに腰を下ろし、次の言葉を待っていると、おずおずと侑斗が話し出した。

『斑目童子の呪いって、罪悪感で成長するって話だったじゃん』

「うん」

『……彰良の罪悪感って、俺にも言えないこと……?』

 携帯を持つ手が震えた。目の前に侑斗がいなくて本当に良かった。今の彰良の表情を見たら、侑斗なら絶対に気が付いてしまうだろう。
 彰良の罪悪感が、侑斗に関連したものだということに。

「……自分でも、よく分かんないんだ」

 本当は分かっている。でも、認めたくなかった。
 悟られはしないだろうか。震えを抑えるようにもう片方の手で手首を掴む。
 祈るように次の返答を待っていると、ややあって侑斗から言葉が返ってきた。

『………………そっか。もし分かったら、教えてな。解決する糸口になるかもしれないから』

「…………うん」

 優しい声。きっと、電話の向こうにいる侑斗の眼差しも、優しいのだろう。それを想像して、心がギュッと痛くなる。彰良にはこの感情を、言葉にすることができなかった。

『急にごめんな。じゃあ、また明日』

「うん、またな」

 プツリと電話が切れる音がする。通話の切れた画面を、彰良はしばらく見つめていた。