Mint condition

 夏休みも半ば、登校日がある。
 久しぶりに履くスカートの丈が長い気がして、膝上までたくし上げた。
 鏡へ近付き、逸木さんに褒められた色を塗る。バイトを頑張り、スイーツも抜いたことで肌の調子はいいし、身体が軽い。
 ニッと笑うとドアが開き、八重歯と母が覗く。

「ノックして!」
「何度も呼んでるのに返事しないから。昨日も遅かったみたいだけど?」
「だから友達と勉強してたんだってば! 証拠に課題、全部終わらせたよ」
 スクールバッグを叩く。午後からパートの母はまだパジャマ姿だ。わたしと父を送り出したら、二度寝するんだろう。

「朝を抜くと力が出ないよ。バナナだけでも食べなさい」
「今日は授業もないし、平気」
 お小言は玄関までついてくる。
「今週は遅番だけど、遅くまで出歩かないで。いいわね?」
「はい、はい」
「お父さんの食事の支度もお願いね?」
「はーい」
 ローファーを履いて、踵をトントン。小さな頃からのクセ。
「いってきます」
「車に気を付けて」
 軽く手を振るわたしは、朝からたくさんの嘘をついた。
■
 ホームルームが始まる前の教室では、課題の写し合いが始まっている。
 休みの最終日までにやればいいのだけれど、面倒なことや嫌なことはさっさと片付けておく。
 ここはそんな思考が自然と身につく、県内でも有数の進学校。
 席につくと、椅子の縁が膝裏に当たる。
 スカート、こんなに短かったっけ?

「あれ、雰囲気変わってない?」
「そう?」
「久しぶりだからかな? あ、これ、お土産」
 課題を写させるお礼にテーマパークの袋を受け取った。中身はアクスタ。
「翠、好きって言ってたでしょ?」
 言ってないし、興味もない。
「ありがとう! どこに飾ろうかな」
「ねえ、感想文ある? 丸写ししないから読ませてくれない?」
「……実は、それだけ、まだ。いつでも書ける気がしちゃって。やる気が出ないというか」
「あー分かる。書いてあれば内容はどうでもいい感じが正解はない、的な?」
「読み方は人それぞれ、自由ってところが苦手」

 さっそくアクスタを組み立て、スマホで撮影する。
【お店に飾っていい?】
 既読はーーつかない。店を開ける、開けないを知らせるためにID交換したけれど、一度もメッセージが来ない。だから結局、お店へ行ってしまう。

「彼氏?」
「できてない。そっちは? 大学生と付き合ってるんでしょ?」
 同い年の彼氏とは全然違う、ノロケを並べ立てる。どうやらテーマパークへも大学生と行ったらしい。
 予鈴が響き、みんなが席へつく。
 海で泳いだ、キャンプへ行った、バーベキューした。クレヨンで描いた絵日記みたいな休みを過ごすクラスメイトを眺めると、眠くなり突っ伏す。

「成瀬、どうした?」
 呼ばれ、そのままの姿勢で手を上げた。
「保健室、行っていいですか?」
「誰か、付き添いを」
「ひとりで行けます」
「そうか? 無理するなよ」
 バッグを抱え、廊下に出ると昇降口へ向かう。
■
 店へは裏手の非常階段を使って向かう。カンカンカンッ、わざと足音を立ててアピールすると2階の窓が開いた。

「遅かったな、女子高生」
「は?」
「人の顔見て、は? はないだろ」
「……だって、髪」
 指摘する指が少し、震える。

「おう、出家できるぜ」
「金髪じゃん」
「ゴージャスでありがたいだろ、拝んでいいぞ」
 逸木さんが坊主になっていた。
「似合わない?」
「似合う、似合わないじゃなくて。なんで?」
「暑い」
「それだけ?」
 髪がなくなったことで頭の形がよく分かる。後頭部が丸い、きれい。

「美和子さんに言われたの?」
 手すりを握る。
「そうだよ」
 離す。
「……悪いことしたから?」
 ひと呼吸、置いて。
「まあね。で、バイトする? しない?」
「する」
 店の鍵が投げられ、キャッチ。さるぼぼに表情がないのは、持ち主の気持ちを映すからだって。
 ねえ、逸木さんはどんな気持ち?

「翠」
「なに」
 顔を上げないで返事する。
「坊主ってトリートメント必要?」
 答えず、階段を上った。
「ついにスカート気にするようになったんだ?」
 プリーツを抑える手がギュッとなる。文句と一緒に別の言葉が飛び出しそう。ガマン。でも、やっぱり言い返したい。

「べーッ」
 振り向き、舌を出す。
 逸木さんはいなかった。
 生温かい風が吹くと髪が口の中に入ってしまい、八重歯に触れた毛先がちぎれた。

 昼にあけても集客に影響はない。店長が金髪坊主になったことで、ますますヒマになりそう。

「お客さん、怖がりそう」
「儚い坊主がいい?」
「ぷっ」
 読書中のわたしは、本を顔の位置まで上げる。
「笑った顔のほうがいいよ」
「笑ってない。こっち見てないで、麻雀やれば?」
「あぁ、反抗期の娘をもつ父親、こんな心境なんだろうな」
 わざとらしく胸元を抑え、商品整理を始める。

「今更だけど、逸木さんって何歳?」
「何歳に見える?」
 Tシャツを膝の上で畳み直す。
「質問を質問で返さないで」
「これは接客あるあるトーク。実年齢を超えたら失礼、若すぎても嘘くさい。さぁ、お答えください」
「……28?」
「正解!」
「え、本当?」
「だったらいいねー」
 トルソーを脱がせる手つきは慣れている。頭も、腕も、足だってないのに、逸木さんが選んだ服を着ると人間らしくなるんだ。

「何歳って言えば、翠の正解だった?」
 結びかけたリボンに、ドクロの指輪が止まる。
 逸木さんと並ぶ赤と白のギンガムチェックのワンピース。誘拐された少女みたい。
 ピンポーン、2階のインターホンが鳴る。

「あと、よろしく」
 ワンピースの肩ひもが落ちた。
「逸木さん!」
「ん? なに?」
 駆け出してシャツの裾を掴む。わたしが生まれる前に解散したバンドTシャツは色褪せ、それでも何万円の価値があるらしい。
「美和子さん、でしょ? 行かなくてもいいじゃん。営業中だよ。美和子さん、キレイだけど、オバサンじゃん」
「こら、そういう言い方しない。年齢を重ねることは悪いことじゃないだろ」
「美和子さんはMint condition?」
 新品同様。傷も汚れもなく、ほとんど使われていないもの。
「んなわけ、ない」
 逸木さんは笑い、真顔で釘を刺す。
「いい子は2階に来ちゃダメだからな」
 わたしの手を剥がすと、その場で羽ばたくジェスチャーをした。クォー、鳴き声は低く通る。

「じゃ、恩返ししてくる」
 毛を剃られた鶴の足取りは重い。