「2日連続でお店開けるなんて、すごい」
「棒読みだぞ、女子高生」
無視してページを読み進める。逸木さんも麻雀中。カチカチカチ。
「こら、そんなに見つめられると、穴が開いちゃうんだが?」
「ヒマだからピアスホールいくつあるか、数えてる」
「んー」
ドクロが付いた指をいったんグーにし、親指から立てていく。
「右耳が七個、左は大きなホールがひとつ。それから――ヘソでしょ」
カパッと口を開けて見せてきた。
「ひぃたにははいっへにゃい」
「舌には入ってない?」
「食べ物の味が変わっちゃいそうで」
今日は和菓子屋に並び、水まんじゅうを買ってみた。バイト先にやってくる理由を購入していると言ってもいい。甘い物を持ってきたからって、店を開けてくれるわけでもないのに。
「中身が透けてる。エロい」
お皿を持ち上げ、色々な角度から眺めていると、水まんじゅうは照れるみたいにプルプル震えた。
「そういう発言、おじさんっぽい」
「おじさんだからな」
ためらいなく楊枝で切り込むのと同じ作法で、わたしとの間にも線を引く。
「うまい! 翠も早く食べなよ。そっちは抹茶あんだっけ?」
「ひとくち食べる?」
「えー、いいのか? 間接キスになっちゃうけど」
言いながら、手を伸ばしてくる。指先が触れそうになり唇を噛む。
「やっぱり、やめとく」
よいしょっと席を立つ、逸木さん。
「甘いもの食べた後は歯磨きしよっと。店番、よろしくー」
あぁ、今日はこのまま戻ってこないんだろうな。そんな気がする。
バイトをひとりにして、商品やレジのお金を盗られると思わないんだろうか?
信用されてるって自惚れさせる罠かもしれない。期待しちゃダメ、振り回されないよう踏ん張ろうとするとーー
「いかん、いかん、財布を忘れたわ」
引き返してきた。中身を確認中、クーポン券が落ちる。
「これ今日までみたいだよ。1階のカレー屋」
拾って差し出す。大盛りが半額で食べられるらしい。
「バイト終わったら、行くか? 今日までなんだろ」
「そう、みたいだけど」
「嫌いか?」
「好き」とは言えなくて、首を横に振った。
「決まり。店番よろしくー」
逸木さんが出ていって、火照った頬に扇風機の風が直撃する。いつもならそのままにしておく髪の乱れを直しつつ、商品棚へ。
ラックにかかったデニムワンピースが目に留まる。ノースリーブで、ウエストから下がフワッと広がる。
鏡の前で当ててみる。色落ちした風合いが、なんだか大人っぽい。
商品は逸木さんが買い付けていて、こういうのが好きなんだろうか? 多くはないレディースの品揃えはカジュアルだけど、肌の露出が割とある。
Tシャツにジーンズ姿のわたしが着たら、日焼けの跡がくっきり出そう。
「カレーのために、わざわざ買わないけどね」
八重歯がニュッと飛び出した。
一通り、ファッションショーをしてから読書を再開。数ページ捲ったところでスマホへ持ち替わり、通知を開く。
海、花火、旅行。夏休みを満喫する様子が競うように送られてきて、ひとつずつ「ハートマーク」を押す。友達にも、ここでバイトをしていると話していない。
大学生と付き合っている子の投稿を眺めるうち、人差し指が検索バーへ滑る。
年上男性、ここまで打ち込むとサジェストが表示された。
年上男性 脈あり
年上男性 デート
年上男性 付き合う
年上男性 何歳から
そして。
年上男性 女子高生
ハッとして顔を上げる。
いつの間にか、お客さんが立っていた。乱暴に置かれた買い物カゴの中には、あのデニムワンピースが入っている。
「お兄さん、いないんだ?」
「はい。今、出ていて」
「パチンコ?」
値札を外す。
「……分かりません」
「あっそ」
お札を放り投げる腕は真っ白で、真っ黒なヘビのタトゥーが巻き付く。
「お釣りはお兄さんにあげて。この間はどうもありがとうって」
「え、あの、お名前は?」
「自己紹介なんてしないから分かんないよ。じゃあね、アタシ追われてるんだ」
謎のハンドサインを決め、出て行った。
嗅いだことのない残り香を逃そうと窓を開けると、先ほどの女性がやってくる。追われてる割に電柱と楽しそうに会話を始め、ふいにこちらを見上げてきた。
ーーただ、視線は合わない。口の中が、じわぁ、苦くなる。
サッシを掴む手に力が入り、逸らしちゃダメ。直感。
ゆっくり後ずさり。膝から崩れて尻もちをつくと、しばらく動けなかった。
■
「あの場所、古着屋の前はなんだった?」
「急にどうした?」
「事故物件とか?」
逸木さんのスプーンが止まった。
「翠、もしかして視える人?」
「や、やっぱりそうの?」
真面目な顔付きから一転、ニコニコする。
「いや、倉庫。んで、何かあったか?」
約束通り、カレー屋へ連れてきてもらう。閉店時間も逸木さん次第なので、早めの夕食だ。
「別に、なにもない」
スプーンの先で皿をつつく。
「それ」
「なに?」
「翠が気に入らないときにするクセ」
ツンツン、逸木さんもつついて見せる。
「そんなとこチェックしてるの?」
ぼんやりしていた辛さが、はっきりしてくる。スパイシーな香りごと、大きく頬張る。
「俺は店長ですから。デニムワンピース、売れたでしょ?」
飲み込む。
「分かりやすいな。カワイイ」
タンドリーチキンを素手で食べ出す。かぶりつき、引きちぎり、指を舐める。
「その人、何か言ってた?」
もうひとつ齧って、上目遣いで尋ねてきた。
「お釣りはくれるって」
「それだけ?」
「この間はありがとう、とも」
スプーンを置き、膝の上で両手を握る。責める口調じゃないのが気まずくて。
「俺、怒ってないよ。ほら、あったかいうちに食べよう。ラッシー飲む? マンゴーラッシーにするか」
子ども扱いだ。逸木さんの「カワイイ」はさるぼぼへ向けるのと同じで、嘘ではないけど意味がない。
逸木さんは厨房へ出向き、ドリンクの注文をする。
「んもー開店前で忙しいんですって。今度ご飯連れてって下さいね」
カレーだけという約束を破られた嘆きが聞こえ、手の平に爪が食い込む。
しかも。
「今? 店閉めてカレー食ってます。焼肉ですか? いいですねー、行きます。全然まだ食えますし」
会話の片手間、グラスを置かれる。並々注がれたマンゴーラッシー。
ストローで真っ先に浮かぶミントを沈めた。
「棒読みだぞ、女子高生」
無視してページを読み進める。逸木さんも麻雀中。カチカチカチ。
「こら、そんなに見つめられると、穴が開いちゃうんだが?」
「ヒマだからピアスホールいくつあるか、数えてる」
「んー」
ドクロが付いた指をいったんグーにし、親指から立てていく。
「右耳が七個、左は大きなホールがひとつ。それから――ヘソでしょ」
カパッと口を開けて見せてきた。
「ひぃたにははいっへにゃい」
「舌には入ってない?」
「食べ物の味が変わっちゃいそうで」
今日は和菓子屋に並び、水まんじゅうを買ってみた。バイト先にやってくる理由を購入していると言ってもいい。甘い物を持ってきたからって、店を開けてくれるわけでもないのに。
「中身が透けてる。エロい」
お皿を持ち上げ、色々な角度から眺めていると、水まんじゅうは照れるみたいにプルプル震えた。
「そういう発言、おじさんっぽい」
「おじさんだからな」
ためらいなく楊枝で切り込むのと同じ作法で、わたしとの間にも線を引く。
「うまい! 翠も早く食べなよ。そっちは抹茶あんだっけ?」
「ひとくち食べる?」
「えー、いいのか? 間接キスになっちゃうけど」
言いながら、手を伸ばしてくる。指先が触れそうになり唇を噛む。
「やっぱり、やめとく」
よいしょっと席を立つ、逸木さん。
「甘いもの食べた後は歯磨きしよっと。店番、よろしくー」
あぁ、今日はこのまま戻ってこないんだろうな。そんな気がする。
バイトをひとりにして、商品やレジのお金を盗られると思わないんだろうか?
信用されてるって自惚れさせる罠かもしれない。期待しちゃダメ、振り回されないよう踏ん張ろうとするとーー
「いかん、いかん、財布を忘れたわ」
引き返してきた。中身を確認中、クーポン券が落ちる。
「これ今日までみたいだよ。1階のカレー屋」
拾って差し出す。大盛りが半額で食べられるらしい。
「バイト終わったら、行くか? 今日までなんだろ」
「そう、みたいだけど」
「嫌いか?」
「好き」とは言えなくて、首を横に振った。
「決まり。店番よろしくー」
逸木さんが出ていって、火照った頬に扇風機の風が直撃する。いつもならそのままにしておく髪の乱れを直しつつ、商品棚へ。
ラックにかかったデニムワンピースが目に留まる。ノースリーブで、ウエストから下がフワッと広がる。
鏡の前で当ててみる。色落ちした風合いが、なんだか大人っぽい。
商品は逸木さんが買い付けていて、こういうのが好きなんだろうか? 多くはないレディースの品揃えはカジュアルだけど、肌の露出が割とある。
Tシャツにジーンズ姿のわたしが着たら、日焼けの跡がくっきり出そう。
「カレーのために、わざわざ買わないけどね」
八重歯がニュッと飛び出した。
一通り、ファッションショーをしてから読書を再開。数ページ捲ったところでスマホへ持ち替わり、通知を開く。
海、花火、旅行。夏休みを満喫する様子が競うように送られてきて、ひとつずつ「ハートマーク」を押す。友達にも、ここでバイトをしていると話していない。
大学生と付き合っている子の投稿を眺めるうち、人差し指が検索バーへ滑る。
年上男性、ここまで打ち込むとサジェストが表示された。
年上男性 脈あり
年上男性 デート
年上男性 付き合う
年上男性 何歳から
そして。
年上男性 女子高生
ハッとして顔を上げる。
いつの間にか、お客さんが立っていた。乱暴に置かれた買い物カゴの中には、あのデニムワンピースが入っている。
「お兄さん、いないんだ?」
「はい。今、出ていて」
「パチンコ?」
値札を外す。
「……分かりません」
「あっそ」
お札を放り投げる腕は真っ白で、真っ黒なヘビのタトゥーが巻き付く。
「お釣りはお兄さんにあげて。この間はどうもありがとうって」
「え、あの、お名前は?」
「自己紹介なんてしないから分かんないよ。じゃあね、アタシ追われてるんだ」
謎のハンドサインを決め、出て行った。
嗅いだことのない残り香を逃そうと窓を開けると、先ほどの女性がやってくる。追われてる割に電柱と楽しそうに会話を始め、ふいにこちらを見上げてきた。
ーーただ、視線は合わない。口の中が、じわぁ、苦くなる。
サッシを掴む手に力が入り、逸らしちゃダメ。直感。
ゆっくり後ずさり。膝から崩れて尻もちをつくと、しばらく動けなかった。
■
「あの場所、古着屋の前はなんだった?」
「急にどうした?」
「事故物件とか?」
逸木さんのスプーンが止まった。
「翠、もしかして視える人?」
「や、やっぱりそうの?」
真面目な顔付きから一転、ニコニコする。
「いや、倉庫。んで、何かあったか?」
約束通り、カレー屋へ連れてきてもらう。閉店時間も逸木さん次第なので、早めの夕食だ。
「別に、なにもない」
スプーンの先で皿をつつく。
「それ」
「なに?」
「翠が気に入らないときにするクセ」
ツンツン、逸木さんもつついて見せる。
「そんなとこチェックしてるの?」
ぼんやりしていた辛さが、はっきりしてくる。スパイシーな香りごと、大きく頬張る。
「俺は店長ですから。デニムワンピース、売れたでしょ?」
飲み込む。
「分かりやすいな。カワイイ」
タンドリーチキンを素手で食べ出す。かぶりつき、引きちぎり、指を舐める。
「その人、何か言ってた?」
もうひとつ齧って、上目遣いで尋ねてきた。
「お釣りはくれるって」
「それだけ?」
「この間はありがとう、とも」
スプーンを置き、膝の上で両手を握る。責める口調じゃないのが気まずくて。
「俺、怒ってないよ。ほら、あったかいうちに食べよう。ラッシー飲む? マンゴーラッシーにするか」
子ども扱いだ。逸木さんの「カワイイ」はさるぼぼへ向けるのと同じで、嘘ではないけど意味がない。
逸木さんは厨房へ出向き、ドリンクの注文をする。
「んもー開店前で忙しいんですって。今度ご飯連れてって下さいね」
カレーだけという約束を破られた嘆きが聞こえ、手の平に爪が食い込む。
しかも。
「今? 店閉めてカレー食ってます。焼肉ですか? いいですねー、行きます。全然まだ食えますし」
会話の片手間、グラスを置かれる。並々注がれたマンゴーラッシー。
ストローで真っ先に浮かぶミントを沈めた。

