青い勲章

 後日、私たち初心者に基本を教えてくれた副キャプテンの森川先輩から、空手道部ができた経緯を聞いた。

 荒木先生は、校内の“元気の使い道に困っている男子”を見つけると、「お前、空手やれ」と声をかけていったらしい。空手道部というより、アラチ式青少年再生施設である。少年漫画なら出来すぎた設定だが、荒木先生は本気だった。
 言葉遣いも指導も乱暴だったが、行き場をなくしかけた生徒を放っておく人ではなかった。入学したばかりの私は、そんな成り立ちを知るはずもなかった。

 私が見たのは、空手道部の練習場になっている柔道場で、白い空手着を着た先輩たちが動いている姿だけだった。

 最初に目へ入ったのは、背の高い先輩だった。身長は百八十センチほど。髪にはパーマがかかり、襟足が長い。立っているだけで、他の先輩とは雰囲気が違った。

 キャプテンの羽鳥(はとり)先輩だった。構えも独特だった。浅い騎馬立ちに近い姿勢から、身体を半身にする。前に出した左の拳は、腰より少し高い程度まで低く下げていた。首をわずかに左右へ動かし、鋭い目で相手を見る。獲物を狙う蛇のようだった。

 相手が踏み込む。
 羽鳥先輩の長い脚が、ほとんど予備動作もなく上がった。
 前蹴り。
 相手が下がる。
 今度は反対の脚から回し蹴りが飛んだ。
 速い。
 格好いい。

 私がそれまで抱いていた空手のイメージは、腰を落として正拳突きを繰り返すものだった。羽鳥先輩の空手は、まるで違った。左右のどちらからでも蹴る。長い脚が、相手の間合いの外から飛んでくる。蹴った後の立ち姿まで格好よかった。

 後に知ったことだが、その蹴りは時々強すぎた。
 高校空手は、建前としては寸止めが原則である。とはいえ、試合中に多少の接触が起こることは珍しくない。しかし羽鳥先輩の蹴りは、時々、その「多少」では済まなかった。本当に相手をうずくまらせた。
 勝つか。
 過剰攻撃で反則負けになるか。
 どちらにしても派手だった。

 当時の私には、羽鳥先輩こそが漫画の主人公に見えた。

「新入生か」
 背後から声をかけられた。

 振り返ると、体育教師の荒木先生が立っていた。身長は百七十センチに届かないくらいだった。私の方が背は高い。それなのに、荒木先生はいつも顎を上げて人と話すので、なぜかこちらが見下ろされている気分になった。
 身長では私が勝っていた。
 態度では完敗だった。

 潮見が丘高校で、荒木先生を知らない生徒はほとんどいなかった。体育教師。生活指導担当。空手道部の特別指導者。(なぜか)テニス部顧問。そして、とにかく短気で怖い先生。

 私たちは陰で、荒木先生を「アラチ」と呼んでいた。短気な人のことを、関西では「イラチ」という。イラチな荒木先生だから、アラチだった。

 もちろん、本人の前では絶対に呼ばない。廊下の向こうから荒木先生が歩いてくるだけで、生徒たちの姿勢がよくなった。シャツを出していた者は、慌ててズボンへ入れる。友人とふざけていた者は、急に真面目な顔になる。荒木先生が通り過ぎた後で、全員がようやく息を始める。
 そんな先生だった。

「入りたいんか」
 荒木先生が聞いた。
「はい」
 私は答えた。

 まだ正式に入ると決めていたわけではない。ただ、荒木先生の前で、「ちょっと見ているだけです」とは言いにくかった。

 私が空手道部へ入った理由には、断る勇気がなかったことも、少しくらいは含まれている。それでも、嫌々入ったわけではない。

 私は高校へ入る少し前に、映画『ベスト・キッド』を見ていた。映画館ではなく、たぶんレンタルビデオだったと思う。
 転校先でいじめられていた少年が、空手の達人と出会い、修行を重ねて強くなっていく。
 私は、あの映画が好きだった。
 憧れていたのは、日本の武道としての「空手道」というより、映画の中の「カラテ」だったのかもしれない。

 空手を始めれば、自分も何か変われるのではないか。
 そう思っていた。
 柔道では、足腰も体力もあるのに弱かった。
 相手と組み合っても、闘志が湧かなかった。
 けれど空手なら、映画の主人公のように、自分の中に眠っている何かが目を覚ますかもしれない。

 目の前では、羽鳥先輩が長い脚を振り上げていた。映画で見た「カラテ」が、現実に抜け出してきたようだった。
 左右のどちらからでも蹴る。
 長い脚が、相手の間合いの外から飛んでくる。
 蹴った後の立ち姿まで格好よかった。
 私は、ますます目を離せなくなった。

 空手をやれば、何かが変わるかもしれない。

 羽鳥先輩を見ていると、それが本当に起こりそうな気がした。私は羽鳥先輩の蹴りから、目を離せなくなっていた。

 空手道部の正式な顧問は、荒木先生ではなかった。正式な顧問は、イマリンこと今村先生だった。二十三歳の新任社会科教師。小柄で、少しかわいらしい顔をしていた。
 私の一年生の時の担任でもある。今村先生は、極真空手の経験者だった。見た目だけなら、荒木先生の方が十倍は強そうだった。
 しかし春の時点で、私が今村先生と組手をしても、まるで歯が立たなかった。その力関係がいつまでも続くと、当時の私は思っていた。

 皆は、本人に向かっても平気で、「イマリン」と呼んでいた。二十三歳の若い先生だったこともあり、生徒との距離が近かった。
 だが、私は本人の前では必ず、「今村先生」と呼んだ。先生がいないところでは、「今日、イマリン来るんかな」と言っていた。

 本人の前で教師をあだ名で呼ぶのは、少し失礼な気がしたのである。そのくせ、本人がいなければ普通に使う。
 自分なりに礼儀を守っていたつもりなのだろうが、今から考えると、ずいぶん面倒くさい高校生だった。

 荒木先生に声をかけられた私は、そのまま柔道場の隅へ入った。先輩たちの練習が終わるまで、邪魔にならないように見学した。羽鳥先輩のほかにも、何人もの先輩がいた。

 副キャプテンの森川先輩は、背が高く、体格もしっかりしていた。新入生に立ち方や正拳突きを丁寧に教えてくれた。後に私が新しい技を思いつくたび、最初に実験台にされる先輩でもある。

 茶色い長い前髪をした古賀先輩は、少し不良っぽかった。体育祭の棒倒しでは、進路上にいる相手を片っ端からなぎ倒したという話を、後から聞いた。古賀先輩なら、たぶん本当にやったのだろうと思った。

 他にも、長身で知的に見える先輩や、小柄でがっしりした先輩、少し丸みのある先輩がいた。この時は、まだ名前を覚えられなかった。

 全員が白い空手着を着ている。文章どころか、現実でも最初は見分けにくかったのである。
 そこへ私たち一年生も加わった。

 同級生の中で、最初から空手らしい動きができたのは、山岡、通称ヤマリンだった。ヤマリンは中学時代、卓球部に所属しながら、町の空手道場へ通っていた。
 先輩たちが来るまでの間、私たち初心者はヤマリンを取り囲んだ。

「正拳突き、見せてや」

 ヤマリンは拳を腰へ引いた。前を見据え、腰を回して突いた。シュッ、と空気を切る音がした。私たちから見れば、十分に格好よかった。
 ただし、腰の回転に合わせて、帯の結び目が左右へ大きく揺れた。

「めっちゃ帯、動くやん」
 誰かが言った。ヤマリンは、少し得意そうな顔をした。

 部員たちは、本人がいてもいなくても山岡を「ヤマリン」と呼んでいた。私だけは少し違った。本人へ直接話しかける時は、「ヤマリン、次どうする?」と呼ぶ。ところが、本人のいないところで話題にする時は、「今日、山岡来るんかな」と名字へ戻った。
 本人の前では、親しさを示すために通称で呼ぶ。本人がいないところで勝手に愛称を使うのは、少し失礼な気がする。そんな妙な区別をしていたのは、たぶん私だけだった。

 教師に対する呼び方とは、なぜか正反対である。友人には、本人の前だけ通称。
 教師には、本人のいない時だけ通称。やはり面倒くさい高校生だった。

 ヤマリンの横には、同じ中学出身の宮川、通称みやっちがいた。二人とも中学では卓球部。
 身長も体格もよく似ていた。ヤマリンが前へ出て話すのに対し、みやっちは少し後ろで静かに笑っていた。
 この時のみやっちは、ヤマリンの隣で静かに笑っている同級生にしか見えなかった。私が、その勝負強さを見抜くのは、もう少し後のことである。

 塚越、通称ツケは、小学生のころからの知り合いだった。中学では書道部。空手ではなく、少林寺拳法を習っていたという。

「何か見せて」
 皆で囲むと、ツケは両腕を身体の前で交差させた。

「それ何?」
「抑え受け」
「変なの」
 入部早々、失礼だった。だが、ツケは怒らなかった。昔から、そういうやつだった。

 もう一人、細身で手足の長い同級生がいた。

「富田松雄です」
 自己紹介を聞いた古賀先輩が、すぐに言った。
「お前ひとりで、トミーとマツか!」
 昔放送されていた刑事ドラマ、『噂の刑事トミーとマツ』に掛けたものだった。富田は、どう反応すればよいのか分からないまま笑った。
 高校へ入学し、名前を言っただけで刑事二人分を背負わされたのである。

 こうして見ると、荒木先生が集めた先輩たちだけでなく、新しく入った私たちも、かなりまとまりがなかった。
 空手経験者。
 卓球部出身。
 書道部出身。
 柔道部で弱かった私。
 そして、一人でトミーとマツ。

 強い空手道部になるようには見えなかった。少なくとも、この時点では。それでも私は、新しい畳の上に立つ先輩たちを見ながら思った。ここなら、何かが変わるかもしれない。

 柔道では、足腰も体力もあるのに闘志が湧かなかった。顧問の先生が怖すぎて、勝つことより怒られず終えることばかり考えていた。

 空手では、どうなるのだろう。その答えは、初めて試合へ出た日に分かる。

 そのとき思うのだ。
 人間というものは、なかなかちょうどよくできていない。