東播磨地区大会が近づいた。
出場校の中で、兵庫県大会のベスト八以上に入ったのは潮見が丘高校だけだった。必然的に、今回の優勝候補が私たちであることは間違いなかった。
練習にも活気が出た。
今回は、潮見が丘高校空手道部の創部以来、初めて団体形に出場する。ヤマリンを中心に、岡田とツケが出場することになった。三人は、全員の動きをシンクロさせるように練習していた。最初はばらばらだったが、徐々に動きがそろうようになってきた。
――へえ、だいぶカタチになってきたなあ。
私は他人事のように思っていた。
一方、私は足の剥離骨折を誰にも言えないでいた。話せば、チームの士気が下がる。そう思っていた。幸い、痛みは治まっていた。
そして、東播磨地区大会の当日を迎えた。会場は、大会を連覇中の明石北陵高校だった。
大会当日の朝、高倉の姿を見て驚いた。顔を大きく腫らし、左目に眼帯をつけていた。前日に、サッカー部のヤンキーじみた生徒と喧嘩をして、負けたという。
空手道部員が喧嘩をするだけでも情けない。しかも、負けた。大会の前日だった。
私は呆れた。
まず、個人組手が始まった。
潮見が丘高校からは、エンちゃんと桃井が出場した。
――オレを出してくれたら、間違いなく優勝争いするのに。
そんな思いがあった。
かつて、羽鳥先輩が準優勝した大会でもある。その雪辱を、私が果たしたかった。
残念ながら、エンちゃんは一回戦で敗れ、桃井も二回戦で力尽きた。
そして、団体戦が始まった。
高倉は欠場し、代わりに桃井が団体戦へ入った。チームのオーダーでは、高倉の抜けた大将の位置へ、そのまま桃井が入った。
一回戦の相手は、明城高校だった。
先鋒戦。
チームに勢いをつける勝ち方をする。それが、今日の私の目標だった。
相手の動きは大したことがない。それでも、私は侮らなかった。少しは成長していた。
ただし、相手が大きな動作で顔面へ突きを放ってきたとき、私は反則を狙って、わざと避けなかった。
ところが、相手は見事に寸止めした。
「上段突き、一本!」
まさかの一本だった。恥ずかしかった。顔から火が出るような思いだった。
そのあと、私はきっちり三本を取り返して勝った。
後ろの四人も絶好調だった。
みやっちの動きを見て、私は思った。
――あれ。今日のみやっち、妙に調子ええな。
初めて団体組手に出場した桃井も勝った。
五対〇。
潮見が丘高校は、快勝でスタートを切った。
二回戦。
対戦相手は、西谷高校だった。
私は刻み突きと三本連突きで先行した。焦って強引に攻めてきた相手を、右の中段逆突きで取った。攻めと待ち拳を使い分けた、完璧な試合運びだった。
次鋒の岡田も勝利した。
続く中堅戦。
ヤマリンは腰を蹴られ、転倒した。それでも、試合には勝った。
しかし試合後も床へ座ったまま、両足を前へ投げ出していた。
「あれ、立たれへん」
腰を蹴られた衝撃で、足に力が入らなくなったらしい。
潮見が丘高校は二回戦にも勝ち、決勝へ進んだ。
決勝戦の相手は、この大会を連覇中の明石北陵高校だった。
高倉だけでなく、ヤマリンまで欠場することになった。
――もう、適当にやって帰ろうか。
一度は、そう思った。
しかし、代替わりしてから、自分たちで作ってきた練習を思い出した。
小さな大会でもよい。何か勲章が欲しかった。
その勲章が、また自分たちを強くしてくれるような気がした。
「ごめん。オレが決めるわ」
私は初めて、団体戦のオーダーを自分で決めた。
先鋒、瀬戸。
次鋒、岡田。
中堅、桃井。
副将、みやっち。
そして大将は、ヤマリンに代わって出場するツケ。
団体戦では、先鋒、中堅、大将に実力者を置く。明石北陵高校で最も強いのは、この日の個人戦で優勝したキャプテンだった。団体戦では、いつも大将に入っていた。
ならば、その選手には勝たなくていい。私が先鋒を倒す。その勢いで、岡田にも勝たせる。絶好調のみやっちを副将に置き、三勝目を取る。中堅の桃井と大将のツケには、厳しい相手を引き受けてもらう。
捨て駒作戦だった。
決勝戦。
足の痛みなど、どこかへ消えていた。
「始め!」
私は本来の激しいフットワークでフェイントをかけながら、間合いを詰めた。
相手の反応が遅れた瞬間、左の刻み突きを伸ばす。
「中段突き、一本!」
相手は、私のスピードについて来られていない。
相手の前拳を払い、右の追い突きを放った。
「中段突き、一本!」
最後は開始線から一直線に飛び込み、三本連突きを繰り出した。
「中段突き、一本!」
あっという間に試合が終わった。
次鋒戦。
岡田も勢いに乗り、動きが良くなっていた。
小刻みなフットワークから、中段突きを極めていく。
三対一。
三本先取で勝った。
これで二勝。
中堅の桃井が勝てば、優勝が決まる。
中堅戦。
桃井は、いつも少し赤い顔をさらに赤くして、試合場へ立った。
岡田とは対照的な大きなフットワークから突きを伸ばすが、なかなか極まらない。
二対三。
惜しくも敗れた。
連覇中の明石北陵高校が、意地を見せた。
二勝一敗。
副将戦。
みやっちの相手は大柄だった。
みやっちは小刻みに間合いを出入りした。
いつもより動きに切れがあった。
もちろん、前の拳はぴょこぴょこと上下に振っていた。
相手を翻弄し、三対〇で勝った。
三勝。
潮見が丘高校の優勝が決まった。
振り返ると、後ろのパイプ椅子に座っていたヤマリンが目を輝かせ、ハイタッチの姿勢になっていた。
パーンッ、と手を合わせた。
立ち上がりかけて、私は我に返った。
「あ、ツケの試合が残っとった!」
大将戦。
ツケは、明石北陵高校の主将を相手に、良いところなく敗れた。
相手は構えを左右へ切り替え、左の刻み突き、右の刻み突きと繰り出した。
一方的な試合だった。
それでも、三対二。
私の設計図どおりだった。
――捨て駒になってくれて、ありがとう。ツケ。
小学生のころから知っていたからこそ、負けると分かっている役目を任せられた。勝てるからではない。逃げずに立ってくれると、知っていたからだ。
試合後、アラチが満面の笑みで言った。
「ようやった! 何より勝ち方がよかった! 瀬戸が前に出て勝っとった!」
笑顔なのに怖かった。
個人形には岡田とツケが出場したが、入賞を逃した。
そして、三人が息を合わせて練習してきた団体形。ヤマリンが欠場したため、私が出場することになってしまった。いつの間にか、補欠として登録されていた。
形は、抜塞大。私も得意としていた形だった。しかし、私だけタイミングがずれていた。何しろ、ぶっつけ本番だった。少しは練習しておけばよかった。
――ツケ、岡田、ごめんな。
冷や汗をかきながら、心の中で謝った。
もちろん、予選で敗退した。
ともかくも、潮見が丘高校は団体組手で優勝した。
東播磨地区大会という、小さな大会で。
私たちは、小さな勲章を手に入れた。
出場校の中で、兵庫県大会のベスト八以上に入ったのは潮見が丘高校だけだった。必然的に、今回の優勝候補が私たちであることは間違いなかった。
練習にも活気が出た。
今回は、潮見が丘高校空手道部の創部以来、初めて団体形に出場する。ヤマリンを中心に、岡田とツケが出場することになった。三人は、全員の動きをシンクロさせるように練習していた。最初はばらばらだったが、徐々に動きがそろうようになってきた。
――へえ、だいぶカタチになってきたなあ。
私は他人事のように思っていた。
一方、私は足の剥離骨折を誰にも言えないでいた。話せば、チームの士気が下がる。そう思っていた。幸い、痛みは治まっていた。
そして、東播磨地区大会の当日を迎えた。会場は、大会を連覇中の明石北陵高校だった。
大会当日の朝、高倉の姿を見て驚いた。顔を大きく腫らし、左目に眼帯をつけていた。前日に、サッカー部のヤンキーじみた生徒と喧嘩をして、負けたという。
空手道部員が喧嘩をするだけでも情けない。しかも、負けた。大会の前日だった。
私は呆れた。
まず、個人組手が始まった。
潮見が丘高校からは、エンちゃんと桃井が出場した。
――オレを出してくれたら、間違いなく優勝争いするのに。
そんな思いがあった。
かつて、羽鳥先輩が準優勝した大会でもある。その雪辱を、私が果たしたかった。
残念ながら、エンちゃんは一回戦で敗れ、桃井も二回戦で力尽きた。
そして、団体戦が始まった。
高倉は欠場し、代わりに桃井が団体戦へ入った。チームのオーダーでは、高倉の抜けた大将の位置へ、そのまま桃井が入った。
一回戦の相手は、明城高校だった。
先鋒戦。
チームに勢いをつける勝ち方をする。それが、今日の私の目標だった。
相手の動きは大したことがない。それでも、私は侮らなかった。少しは成長していた。
ただし、相手が大きな動作で顔面へ突きを放ってきたとき、私は反則を狙って、わざと避けなかった。
ところが、相手は見事に寸止めした。
「上段突き、一本!」
まさかの一本だった。恥ずかしかった。顔から火が出るような思いだった。
そのあと、私はきっちり三本を取り返して勝った。
後ろの四人も絶好調だった。
みやっちの動きを見て、私は思った。
――あれ。今日のみやっち、妙に調子ええな。
初めて団体組手に出場した桃井も勝った。
五対〇。
潮見が丘高校は、快勝でスタートを切った。
二回戦。
対戦相手は、西谷高校だった。
私は刻み突きと三本連突きで先行した。焦って強引に攻めてきた相手を、右の中段逆突きで取った。攻めと待ち拳を使い分けた、完璧な試合運びだった。
次鋒の岡田も勝利した。
続く中堅戦。
ヤマリンは腰を蹴られ、転倒した。それでも、試合には勝った。
しかし試合後も床へ座ったまま、両足を前へ投げ出していた。
「あれ、立たれへん」
腰を蹴られた衝撃で、足に力が入らなくなったらしい。
潮見が丘高校は二回戦にも勝ち、決勝へ進んだ。
決勝戦の相手は、この大会を連覇中の明石北陵高校だった。
高倉だけでなく、ヤマリンまで欠場することになった。
――もう、適当にやって帰ろうか。
一度は、そう思った。
しかし、代替わりしてから、自分たちで作ってきた練習を思い出した。
小さな大会でもよい。何か勲章が欲しかった。
その勲章が、また自分たちを強くしてくれるような気がした。
「ごめん。オレが決めるわ」
私は初めて、団体戦のオーダーを自分で決めた。
先鋒、瀬戸。
次鋒、岡田。
中堅、桃井。
副将、みやっち。
そして大将は、ヤマリンに代わって出場するツケ。
団体戦では、先鋒、中堅、大将に実力者を置く。明石北陵高校で最も強いのは、この日の個人戦で優勝したキャプテンだった。団体戦では、いつも大将に入っていた。
ならば、その選手には勝たなくていい。私が先鋒を倒す。その勢いで、岡田にも勝たせる。絶好調のみやっちを副将に置き、三勝目を取る。中堅の桃井と大将のツケには、厳しい相手を引き受けてもらう。
捨て駒作戦だった。
決勝戦。
足の痛みなど、どこかへ消えていた。
「始め!」
私は本来の激しいフットワークでフェイントをかけながら、間合いを詰めた。
相手の反応が遅れた瞬間、左の刻み突きを伸ばす。
「中段突き、一本!」
相手は、私のスピードについて来られていない。
相手の前拳を払い、右の追い突きを放った。
「中段突き、一本!」
最後は開始線から一直線に飛び込み、三本連突きを繰り出した。
「中段突き、一本!」
あっという間に試合が終わった。
次鋒戦。
岡田も勢いに乗り、動きが良くなっていた。
小刻みなフットワークから、中段突きを極めていく。
三対一。
三本先取で勝った。
これで二勝。
中堅の桃井が勝てば、優勝が決まる。
中堅戦。
桃井は、いつも少し赤い顔をさらに赤くして、試合場へ立った。
岡田とは対照的な大きなフットワークから突きを伸ばすが、なかなか極まらない。
二対三。
惜しくも敗れた。
連覇中の明石北陵高校が、意地を見せた。
二勝一敗。
副将戦。
みやっちの相手は大柄だった。
みやっちは小刻みに間合いを出入りした。
いつもより動きに切れがあった。
もちろん、前の拳はぴょこぴょこと上下に振っていた。
相手を翻弄し、三対〇で勝った。
三勝。
潮見が丘高校の優勝が決まった。
振り返ると、後ろのパイプ椅子に座っていたヤマリンが目を輝かせ、ハイタッチの姿勢になっていた。
パーンッ、と手を合わせた。
立ち上がりかけて、私は我に返った。
「あ、ツケの試合が残っとった!」
大将戦。
ツケは、明石北陵高校の主将を相手に、良いところなく敗れた。
相手は構えを左右へ切り替え、左の刻み突き、右の刻み突きと繰り出した。
一方的な試合だった。
それでも、三対二。
私の設計図どおりだった。
――捨て駒になってくれて、ありがとう。ツケ。
小学生のころから知っていたからこそ、負けると分かっている役目を任せられた。勝てるからではない。逃げずに立ってくれると、知っていたからだ。
試合後、アラチが満面の笑みで言った。
「ようやった! 何より勝ち方がよかった! 瀬戸が前に出て勝っとった!」
笑顔なのに怖かった。
個人形には岡田とツケが出場したが、入賞を逃した。
そして、三人が息を合わせて練習してきた団体形。ヤマリンが欠場したため、私が出場することになってしまった。いつの間にか、補欠として登録されていた。
形は、抜塞大。私も得意としていた形だった。しかし、私だけタイミングがずれていた。何しろ、ぶっつけ本番だった。少しは練習しておけばよかった。
――ツケ、岡田、ごめんな。
冷や汗をかきながら、心の中で謝った。
もちろん、予選で敗退した。
ともかくも、潮見が丘高校は団体組手で優勝した。
東播磨地区大会という、小さな大会で。
私たちは、小さな勲章を手に入れた。
