青い勲章

 潮見が丘高校空手道部の世代が代わった。とうとう、私たちが部の最上級生になった。先輩たちはいなくなった。もちろん、学校を卒業したわけではない。校内ですれ違うこともある。
 そんなときは、
「押忍!」
 とあいさつをする。

 しかし、先輩たちが柔道場へ練習に来ることは、もうなかった。先輩たちがいなくなった柔道場は、少し広くなったように感じた。
 寂しさがなかったわけではない。
 それでも私は、寂しさと同じくらい、これから始まることへの楽しみを感じていた。

――これで、好きなように練習を変えられる。
 これからは、ヤマリンがキャプテン。私が副キャプテンだ。
 自分たちの代になった。やりたいようにやるのだ。
 強くなるために。

「練習方法を変えるで」私はヤマリンに宣言した。
「おう、やろやろ」ヤマリンも乗り気だった。

 それまでの練習は、基本、移動基本、そして組手という流れだった。大会の時期によっては、組手の時間が形の練習に替わることもある。もちろん、整列と正座に始まり、整列と正座で終わる。
 礼に始まり、礼に終わる。
 武道としての基本は守られていた。

 私は、その練習内容を大きく組み直した。
 柔軟体操。
 基本練習。
 移動基本。
 打ち込み。
 そして組手。

 まずは柔軟体操である。
 各自で身体を伸ばし、必要な者は、その時間に腕立て伏せや腹筋、背筋運動を行うことにした。
 筋力トレーニングを全員一律に行うことはやめた。腕立て伏せ一つを取っても、身体を深く下ろすか、浅い動作を速く繰り返すかで効果は違う。
 肘を開くか、身体の横へ締めるか。
 両手の幅を広くするか、狭くするか。
 それだけでも、使う筋肉や負荷が変わる。

 全員に、
「腕立て五十回!」
 と命じれば、いつの間にか五十回をこなすことだけが目的になる。自分に何が必要なのかを考えないまま、形だけ五十回を終える。
 それでは時間の無駄だと、私は考えていた。

 筋力トレーニングは、必要だと思う者が、必要だと思う方法でやればよい。やらなければ、組手でボコられるだけである。
 もっとも、柔軟体操の時間は、皆で雑談をしながら、わりとのんびり過ごしていた。

 次は基本練習。
 全員で整列し、号令と掛け声に合わせて、突き、蹴り、受けを繰り返す。

 続いて移動基本。
 柔道場の端から端まで移動しながら、突き、蹴り、受けを繰り出す。

 形につながる基本練習は、これまでどおり、しっかりと行った。

 そして、新たに打ち込みを導入した。
 二人一組で向かい合い、決められたコンビネーションを繰り返す。一人が攻め、もう一人が受ける。何度か繰り返した後、攻めと受けを交代する。
 練習するコンビネーションは、私が全日本大会のビデオを見て覚えた技だった。ほかにも練習したい攻撃があれば、申し出るよう全員に伝えた。
 一つの技を続けて練習した後は、相手を交代する。同じコンビネーションでも、相手が変われば間合いが変わる。
 リーチも違う。
 動き出すタイミングも違う。
 受けたときの反応も違う。
 攻める側と受ける側の両方を経験し、さらに相手を次々と替えることで、さまざまな間合いやタイミングに対応できるようにした。
 非常に実戦的な練習方法だと、私は自負していた。

 最後は組手である。
 組手でも、同じ相手とばかり続けない。一定時間ごとに相手を替え、それぞれの間合いやタイミングへ対応する。
 試合が近づけば、審判を置いた試合形式の組手も行う。
 形の部へ出場する者は、その時間を形の練習に替えた。

 そして練習の最後には、全員で整列して正座する。
 礼に始まり、礼に終わる。そこは変えなかった。

 私は、ほとんど独断で練習方法をここまで変えた。誰一人、反対する者はいなかった。
 なぜ、そこまで練習を変えたのか。

 部を立派にしたかったからでも、後輩を強く育てたかったからでもない。自分が強くなりたかった。それ以外に理由はなかった。

――みんなも、本音では強くなりたいんやろ。
――オレについてこいや!

 私はすっかり調子に乗っていた。


 このころ、空手道部に二人の女子部員が入ってきた。一人は一年生の安田。もう一人は二年生の松井だった。
 二人とも、以前からイマリンに入部の相談をしていたらしい。

 イマリンは、ロボダッチのタマゴローのような見た目のわりに、女子生徒から人気があった。何を話していたのかは知らないが、新体制になったこの時期に、二人そろって入部することになった。
 二人とも空手の経験者だったので、私たちが一から教える必要はなかった。基本的には、男子とは別のメニューで、二人一組になって練習していた。ただ、二年生の松井は休むことが多かった。松井が休んだ日には、一年生の安田が男子に交じって練習することになった。

 それでも、私たちが安田と話すことはほとんどなかった。
 同じ柔道場にいたが、思春期の男子と女子の間には、妙に広い空間があった。


 ある日、柔軟体操をしていると、ヤマリンが口を開いた。
「アラチが、角刈りにして来いって言うてる」
 部員たちは、そろって口をとがらせた。
「そんなん嫌やで」
「なんで角刈りにせなあかんねん」
 人のいいエンちゃんも、おとなしいツケも反対した。

 私は中学時代、柔道部で丸刈りにさせられていた。
 そのため、
――丸刈りより、角刈りの方がまだましか。
 と思った程度だった。

 しかし、高倉とヤマリンは特に強く反対した。仕方がないので、私も付き合うことにした。

「言いに行くぞ!」
 ヤマリンが勇ましく言った。
 二年生全員で、体育教師の詰所になっている体育準備室へ向かった。代表して、ヤマリンがアラチへ告げた。
「角刈りにはできません」
 私は、その横に立ちながら思った。
――こっわ。アラチによう言うわ。
 アラチはヤマリンではなく、なぜか私を見た。
「お前もか!」
「はいぃ!」涙目で答えた、その瞬間だった。

 平手が飛んできた。頬にビンタを受けたのは、なぜか私が最初だった。
 その後、順番に全員が叩かれた。
 アラチは、私が首謀者だと思ったのかもしれない。
 最後に吐き捨てるように言った。
「もう勝手にせい!」

 結果として、私たちは角刈りにしなくて済んだ。

「よっしゃあ!」
 体育準備室を出ると、高倉とヤマリンが盛り上がった。

 柔道場へ戻ると、話を聞いた一年生たちも喜んだ。
 なぜか、最初から角刈りだった織田まで笑顔だった。

 後になって、ニッシャンが私へ言った。

「漫画の『押忍!!空手部』、知っとるやろ。稲妻刈りとかしとるで。角刈りくらいええやろ」
「オレ、空手漫画は『コータローまかりとおる!』しか読まへんから、空手家は髪が長いイメージですわ」
「お、おお。ほんまやな」ニッシャンは納得してしまった。

――納得するんかい!
 私は心の中でつっこんだ。


 新体制になって間もなく、昇段審査が行われた。
 二年生は、初段の審査を受ける。
 一年生は今回は見送り、秋に一級の審査を受ける。それが、高校の空手道部では一般的な手順だった。

 前年秋の昇段審査で不合格になったディーゴ先輩と小杉先輩も、もう一度受ければよいのにと思った。しかし、二人が姿を見せることはなかった。すでに、空手から気持ちが離れてしまったのだろうか。

 私たちは、二年生六人で審査会場へ向かった。
 もちろん今回も、ファミコンカラーの制服である。

 会場へ向かう途中、曲がり角から赤いスポーツカーが飛び出してきた。
 私は反射的に、道路の端へ身体をかわした。
 その瞬間、先頭を歩いていたヤマリンが、びくっと身体を硬直させるのが見えた。
 私は避けながら手を伸ばし、ヤマリンの腕をつかんで引き寄せた。
 赤い車が、私たちのすぐ横を走り抜けた。

「オレ、ああいうときあかんねん。びびったわあ。ありがとうなあ」
 ヤマリンが礼を言った。

――時々、一瞬が何秒にも感じられることがあるな。
――これを空手に生かせたらええのに。
 そのときの私は、何でも空手へつなげて考えていた。

 そうして私たちは、無事に審査会場へ到着した。
 初段審査の内容は、形と組手だった。形は指定形の中から選ぶ。私たちは全員、抜塞大を選んだ。

 組手は、高体連が決めた相手と一分間、試合形式で行われる。会場には、組手の対戦表が貼り出されていた。

 潮見が丘高校の部員の名前が縦に並んでいる。その向かい側に並んでいたのは、春の県大会優勝校、神槍学園高校の部員だった。
 潮見が丘高校対神槍学園高校。私たちの間に緊張が走った。

「うちを潰そうとしてるんちゃうか!」ヤマリンが怒った。

 私は対戦表を眺めながら考えた。
――まあ、長谷部選手はもう黒帯を締めてたから、出てくるわけないか。
 春の県大会で、個人組手と個人形の二冠を達成した二年生の選手である。長谷部選手と当たらないことが分かり、私は少し安心した。

 やがて審査が始まった。審査員の前で形を打つのは、一級審査以来だった。しかし、抜塞大は、あれから私が最も練習してきた形でもあった。
 組手ほど一生懸命取り組んだわけではない。それでも、それなりには練習していた。
 何より私は、全日本大会のビデオを何度も見ていた。自分で形を打つ技術はともかく、見る目だけは以前より肥えていた。

 動作をすべて同じ速さ、同じ強さで繰り返すのではない。
 たとえば、三つの動作を、
「トン、トン、トン」
 と均等に打つのではなく、
「トン、ト、トン!」
 と、速さや力に変化をつける。

 組手の技を研究したときのように、必死で考えたわけではなかった。
 ただ、
――こっちの方が、よく見えるんと違うか。
 その程度の感覚で、少しずつ自分の抜塞大を変えていた。

 形の審査を終え、次はいよいよ組手である。私の相手は、神槍学園高校の部員だった。
 春の県大会優勝校。厳しい稽古を積んでいる強豪校である。
 ところが、実際に向かい合ってみると、相手は意外なほど硬くなっていた。
 強豪校には、多くの部員がいる。その中で、公式戦へ出場できる者は限られている。厳しい稽古を積んでいても、試合経験が少なければ、本番で普段どおりに動けるとは限らない。

 試合が始まった。
 私は、二段踏み込みから左の刻み突きを出した。
 一本。

 続いて、三本連突き。
 二本目を取った。

 相手は、ほとんど何もできていなかった。
 私は少し攻撃を緩めた。
――相手にも、ええところを出させたった方がええかな。
 そう思ったのである。

 ところが次の瞬間、相手が大きな動作で踏み込んできた。
 打ち頃だった。
 考えるより先に、腰が沈んだ。
 右の中段逆突きが出る。
 相手の攻撃をかわしながら、低く懐へ潜り込んだ。
 三本目。そこで時間切れ。

 相手は、よいところを見せる前に試合を終えた。私は、何となく申し訳ないような気がした。
 そうして、私は黒帯になった。

 ヤマリンも、みやっちも、高倉も、一度で合格した。残念ながら、エンちゃんとツケは不合格だった。

 昇段審査へ一度で合格したみやっちを見ながら、私はぼんやりと思った。
――こいつ、実はオレの次くらいに肝が据わってるかもしれへんな。
 みやっちは、公式戦に出た経験がなかった。
 春の県大会優勝校である神槍学園高校の部員でさえ、審査では身体を硬くしていた。それなのに、みやっちは初段審査へ一度で合格した。

 後になって私は、そのときの感覚が間違っていなかったことを知ることになる。

 審査を終えた私たちは、すっかり気が大きくなっていた。
「神槍学園高校も、大したことないな!」
 そんな調子に乗ったことまで言っていた。

 春の県大会優勝校を、一分間の昇段審査だけで評価していたのである。
 私たちは黒帯を手にし、ますます勢いづいていた。

 夏は、もうすぐそこまで来ていた。