「千景様。紗月です」
今日も紗月は、朝の決まった時間に千景の元を訪れる。
紗月が白峰家に来て三ヶ月。まだ暑さが続く日々。
この朝の訪問は、すっかり日課になってしまった。
千景は文机の前に今日も座っていた。紗月は入れたばかりの薬草茶を千景の前に置く。
「今日の分です。飲んでくださいね」
「ああ」
短い返事ののち、千景は湯飲みへと手を伸ばした。そのまま、薬草茶を口にする。見とれてしまうくらい所作が綺麗だ。
「ありがとうございます」
にっこりと笑うと、千景はこくりとうなずく。
「脈をはからせてください」
そう言うと、千景は自分から紗月に腕を差し出した。紗月は口元に笑みを浮かべながら、そっと彼の手首に自分の指を当てる。
力強い脈動が感じられる。彼の獣核は確実に回復しつつある。それが嬉しい。
「紗月さん。千景だが、なかなかよい感じに回復しているみたいだね」
そう景正が声をかけてきたのは、夕食時のことだった。朝食と夕食は侯爵夫妻と紗月の三人で食べている。
黒塗りのお膳の上に載ったごはんと焼き魚、お吸い物に煮物。温かい食事は本当においしい。ここだけの話、白峰家に来てから少しふっくらとした気がする。
「最近、食事を残さず食べているそうだ。使用人がよろこんでいたよ」
「――ここ一月で千景はかなり回復したようだけれど、何をしたの?」
夫人が尋ねてくる。
景正には薬を変えた際に相談したけれど、そういえば夫人には詳しい説明はしていなかったかもしれない。
「薬を変えたんです。最初は基本的な薬を用意したんですが、それでは千景様に効果がなくて。父の残した研究を調べたところ、よさそうな薬があったので。それが千景様の症状に合っていたようです」
千景に最初の薬が効かなかった理由はもう判明している。新しい薬が効きつつあることで紗月は確信していた。
だが、この話は和やかな夕食の場で話すべきではない。景正にも自分以外には話すなと止められている。
その代わり、千景の回復を示す話として、紗月は獣核と脈拍の関係について語った。
獣核が働くほど獣人としての能力が上がり、心拍数が早くなる。それは獣人である景正も実感しているのだろう。
「確かに心拍数が高いほど獣人としての能力は高くなると言われている。獣核と連動しているという話も聞いたことはある」
「今の千景様の脈拍数は、普通の人間より少し遅いくらいです。もう少しでもっと動き回れるようになるのではないかと思います。父の研究では、普通の人間の平均程度の心拍数まで戻った、という記録が残っています」
獣人の方が普通の人間より心拍数が高い。つまり、元の獣人のずば抜けた能力は戻ってこない可能性も高いということだ。
「そうか。でも、普通の人間のような暮らしであればできる、ということだね」
「はい。正直なところ、どこまで元に戻るかはわかりませんが、私の方も全力を尽くします」
紗月の言葉に、景正は微笑んだ。
「ありがとう。紗月さん。思った以上だよ」
そう言われてほっとする。
「ここに千景が来る日も近いのかしら」
夫人が言う。そうなるといいな、と紗月は思った。
今日も紗月は、朝の決まった時間に千景の元を訪れる。
紗月が白峰家に来て三ヶ月。まだ暑さが続く日々。
この朝の訪問は、すっかり日課になってしまった。
千景は文机の前に今日も座っていた。紗月は入れたばかりの薬草茶を千景の前に置く。
「今日の分です。飲んでくださいね」
「ああ」
短い返事ののち、千景は湯飲みへと手を伸ばした。そのまま、薬草茶を口にする。見とれてしまうくらい所作が綺麗だ。
「ありがとうございます」
にっこりと笑うと、千景はこくりとうなずく。
「脈をはからせてください」
そう言うと、千景は自分から紗月に腕を差し出した。紗月は口元に笑みを浮かべながら、そっと彼の手首に自分の指を当てる。
力強い脈動が感じられる。彼の獣核は確実に回復しつつある。それが嬉しい。
「紗月さん。千景だが、なかなかよい感じに回復しているみたいだね」
そう景正が声をかけてきたのは、夕食時のことだった。朝食と夕食は侯爵夫妻と紗月の三人で食べている。
黒塗りのお膳の上に載ったごはんと焼き魚、お吸い物に煮物。温かい食事は本当においしい。ここだけの話、白峰家に来てから少しふっくらとした気がする。
「最近、食事を残さず食べているそうだ。使用人がよろこんでいたよ」
「――ここ一月で千景はかなり回復したようだけれど、何をしたの?」
夫人が尋ねてくる。
景正には薬を変えた際に相談したけれど、そういえば夫人には詳しい説明はしていなかったかもしれない。
「薬を変えたんです。最初は基本的な薬を用意したんですが、それでは千景様に効果がなくて。父の残した研究を調べたところ、よさそうな薬があったので。それが千景様の症状に合っていたようです」
千景に最初の薬が効かなかった理由はもう判明している。新しい薬が効きつつあることで紗月は確信していた。
だが、この話は和やかな夕食の場で話すべきではない。景正にも自分以外には話すなと止められている。
その代わり、千景の回復を示す話として、紗月は獣核と脈拍の関係について語った。
獣核が働くほど獣人としての能力が上がり、心拍数が早くなる。それは獣人である景正も実感しているのだろう。
「確かに心拍数が高いほど獣人としての能力は高くなると言われている。獣核と連動しているという話も聞いたことはある」
「今の千景様の脈拍数は、普通の人間より少し遅いくらいです。もう少しでもっと動き回れるようになるのではないかと思います。父の研究では、普通の人間の平均程度の心拍数まで戻った、という記録が残っています」
獣人の方が普通の人間より心拍数が高い。つまり、元の獣人のずば抜けた能力は戻ってこない可能性も高いということだ。
「そうか。でも、普通の人間のような暮らしであればできる、ということだね」
「はい。正直なところ、どこまで元に戻るかはわかりませんが、私の方も全力を尽くします」
紗月の言葉に、景正は微笑んだ。
「ありがとう。紗月さん。思った以上だよ」
そう言われてほっとする。
「ここに千景が来る日も近いのかしら」
夫人が言う。そうなるといいな、と紗月は思った。
