番に選ばれなかった元軍神様と愛のない契約結婚をしました

 和室に景正と二人取り残される。景正は大きくため息をつくと、苦笑いを浮かべた。

「すまないね。息子は誰にでもああなんだ。そこは気にしないでほしい。――紗月さん。千景の話は聞いているかな」
「――噂で聞こえてくる程度のことであればうかがっております」

 紗月が言葉を選びながら答えると、苦虫をかみつぶしたような顔で景正がうなずく。

「なら話は早い。紗月さん。今回君に千景との縁談を持ちかけたのには理由がある」

 紗月は固唾を呑んで次の言葉を待つ。だいたいのところ、予想は出来ている。

「生前、花房前伯爵は、君を助手として扱い将来的には君に研究を継いでもらうつもりだと言っていた。それは事実かな?」
「はい。今もその気持ちは変わっておりません。環境的に難しい状況ではありますが」

 そう紗月が答えると景正は満足そうにうなずいた。

「単刀直入に言おう。君の持っている知識で、千景を救ってほしい」

(――やっぱり、お父様の研究が目当てだったのね)

 紗月は景正の言葉を静かに受け止めた。
 番を失った獣人は、抜け殻になってしまう。
 その番を失った獣人に再び普通の生活を送ってもらうための研究を父はしていたのだ。

「息子は番の女性に選ばれずああなってしまった。私も獣人として番の大切さはよくわかる。だが、父親として、抜け殻になった息子を見ているのは辛いのだ。そんな折、君のお父上の研究を思い出した」

 一年前まで、千景は異形討伐で様々な功績を挙げ、若き軍神とまで呼ばれていた。帝都の守りは千景がいれば安泰、とまで言われていたのだ。
 実際、紗月も千景に救われたうちの一人だ。あのときの彼は、生気にあふれていた。なのに、先ほどの彼はまるで人形のようだった。
 けれど、父の行っていた研究があれば、千景は元に戻るかもしれない。
 ならば、紗月の回答は一つ。

「わかりました。私の持てる限りの知識で当たらせていただきます」

 紗月が決意を語ると景正は嬉しそうな顔をした。

「ありがとう。紗月さん。引き受けてもらえて嬉しいよ。本当は我が家に通いで来てもらうことも検討したんだけれど、余計な横入が入りそうだったからね。申し訳ないが、少し強引な手段をとらせてもらった。一種の契約結婚だと思ってほしい」

 なるほど。確かに白峰侯爵家が紗月の知識を必要としていると知ったら、叔父は法外な値段をふっかけただろう。派手好きな叔父一家に取って、お金はいくらあってもよいものだから。

「とりあえず二年だ。もし、二年以内に千景が回復したら、その時点で白峰家として正式に君の研究環境を整えよう。仮に二年で成果がでなくとも、君が望んだ道を進めるよう白峰家で援助を約束する」
「そんなことまでしていただけるんですか?」

 紗月は目を見開いた。研究にはお金がかかる。獣人との伝手も必要だ。白峰家に後ろについてもらえるのであれば、心強いものはない。

「もちろんだ。私も獣人の一人として、番を失った獣人たちの末路に心を痛めてきた。とても有用な研究だと思っている」

 父の研究が認められた気がして、紗月の胸の奥がじんと熱くなる。

「ありがとうございます。精いっぱい頑張らせていただきます」

 紗月は景正に向かって深々と頭を下げた。