あっという間に一週間が経ち、紗月が花房家を出る日になった。
従姉のおさがりである派手な銘仙に身を包む。紗月に似合う柄ではないが、汚れていないだけマシだろう。
叔父は本当に身一つで紗月を白峰家に向かわせるつもりのようだった。支度金をもらったというのに、紗月の支度に使われていないのは明らかだ。最初から期待はしていなかったけれど。
今の紗月に屋敷から絶対に持っていきたい荷物などない。母親の形見すら、めぼしいものはすべて叔母と従姉にとられてしまったからだ。
小さな風呂敷包み一個。それが紗月の荷物のすべてだった。
見送りもなく、ただ一人、花房家を出る。両親との思い出が詰まったはずの屋敷なのに、今はやっと出られる、という気持ちの方が強い。
ふみには、白峰家に嫁ぐことになった、という話はしてある。どう転ぶかはわからないが、もしかしたら父の教えが役に立つかもしれない。そうも伝えた。
路面電車に揺られて十分ほど。白峰家は、侯爵家だけあって、花房家の屋敷よりもさらに立派な屋敷だった。
単身白峰家を訪ねた紗月だが、既に話は通っていたのか、すんなりと屋敷に通される。
案内された和室には、既に二人の男性が座っていた。紗月の夫となる千景と、その父親の白峰景正侯爵だ。
紗月がおずおずと用意された座布団の上に座ると、景正がにこりと笑った。
「よく来てくれたね。花房さん。――紗月さんと呼んでも?」
景正は軍の要職についている。年齢は五十代くらいで、黒い髪には白いものが混じり始めていた。似た年頃の叔父と違い、余計な贅肉はついていない。獣人である景正は、千景とはまた違う整った顔立ちをしていた。
紗月は、とりあえず単身来たことについて何も言われなかったことにほっとする。
「はい」
「今回は急な話ですまなかったね。こちらが我が息子、千景だ」
紗月は景正の隣に座る男性に視線を向けた。
(――彼が、千景様。番に選ばれなかった、獣人)
遠い記憶の中の千景は生き生きとしていたが、今の彼にはその頃の姿形もない。
生気がない、とでもいうのだろうか。黒い髪は清潔感のある長さに切りそろえられていた。ある程度日に焼けていたであろう肌は白くなっている。黒い紬の着物で体型自体はよくわからないけれど、おそらく一年前よりは細くなっているのだろう。
だが、それらは彼の美貌を損ねるものではまったくなかった。まるで、生気が薄いせいで、精巧な人形のようにすら見える。
「君が俺の妻」
抑揚のない声だった。そしてその琥珀の目は、紗月に向けられているようで向けられていない。
獣人の男性は、一度「番」を定めると「番」かそれ以外か、でしか女性を見なくなる、という。
「はい。紗月と申します。よろしくお願いいたします」
畳に手をついて頭を下げるも、千景からの反応はない。ある意味、予想通りではあった。
彼は妻に興味はないのだ。だって「番」ではないから。
「紗月さん。顔を上げてくれ」
見かねたのか景正から声がかかる。紗月は言われたとおり顔をあげた。
「千景。お前は部屋に戻っていなさい。私は紗月さんと話がある」
千景は無言でうなずくと、音もなく立ち上がって部屋を出て行った。
従姉のおさがりである派手な銘仙に身を包む。紗月に似合う柄ではないが、汚れていないだけマシだろう。
叔父は本当に身一つで紗月を白峰家に向かわせるつもりのようだった。支度金をもらったというのに、紗月の支度に使われていないのは明らかだ。最初から期待はしていなかったけれど。
今の紗月に屋敷から絶対に持っていきたい荷物などない。母親の形見すら、めぼしいものはすべて叔母と従姉にとられてしまったからだ。
小さな風呂敷包み一個。それが紗月の荷物のすべてだった。
見送りもなく、ただ一人、花房家を出る。両親との思い出が詰まったはずの屋敷なのに、今はやっと出られる、という気持ちの方が強い。
ふみには、白峰家に嫁ぐことになった、という話はしてある。どう転ぶかはわからないが、もしかしたら父の教えが役に立つかもしれない。そうも伝えた。
路面電車に揺られて十分ほど。白峰家は、侯爵家だけあって、花房家の屋敷よりもさらに立派な屋敷だった。
単身白峰家を訪ねた紗月だが、既に話は通っていたのか、すんなりと屋敷に通される。
案内された和室には、既に二人の男性が座っていた。紗月の夫となる千景と、その父親の白峰景正侯爵だ。
紗月がおずおずと用意された座布団の上に座ると、景正がにこりと笑った。
「よく来てくれたね。花房さん。――紗月さんと呼んでも?」
景正は軍の要職についている。年齢は五十代くらいで、黒い髪には白いものが混じり始めていた。似た年頃の叔父と違い、余計な贅肉はついていない。獣人である景正は、千景とはまた違う整った顔立ちをしていた。
紗月は、とりあえず単身来たことについて何も言われなかったことにほっとする。
「はい」
「今回は急な話ですまなかったね。こちらが我が息子、千景だ」
紗月は景正の隣に座る男性に視線を向けた。
(――彼が、千景様。番に選ばれなかった、獣人)
遠い記憶の中の千景は生き生きとしていたが、今の彼にはその頃の姿形もない。
生気がない、とでもいうのだろうか。黒い髪は清潔感のある長さに切りそろえられていた。ある程度日に焼けていたであろう肌は白くなっている。黒い紬の着物で体型自体はよくわからないけれど、おそらく一年前よりは細くなっているのだろう。
だが、それらは彼の美貌を損ねるものではまったくなかった。まるで、生気が薄いせいで、精巧な人形のようにすら見える。
「君が俺の妻」
抑揚のない声だった。そしてその琥珀の目は、紗月に向けられているようで向けられていない。
獣人の男性は、一度「番」を定めると「番」かそれ以外か、でしか女性を見なくなる、という。
「はい。紗月と申します。よろしくお願いいたします」
畳に手をついて頭を下げるも、千景からの反応はない。ある意味、予想通りではあった。
彼は妻に興味はないのだ。だって「番」ではないから。
「紗月さん。顔を上げてくれ」
見かねたのか景正から声がかかる。紗月は言われたとおり顔をあげた。
「千景。お前は部屋に戻っていなさい。私は紗月さんと話がある」
千景は無言でうなずくと、音もなく立ち上がって部屋を出て行った。
