「――ここは?」
目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。木箱がたくさん置かれていて、どことなく薬の匂いがする。何かの物置なのかもしれない。
窓は固く閉ざされていて、薄暗い。
ずきりと頭が痛む。身体を動かそうと思ったら腕は後ろ手に縛られていた。さらには着物の帯の辺りをぐるぐると縄でまかれ、柱にくくりつけられているようだ。
どうやら自分は何者かに攫われたらしい。だが、全く心当たりがない。
戸惑っていると、扉ががらりと空いた。
「――あら、気づいたのね。ここまで目立たないように連れてくるの、大変だったのよ」
現れたのは、先ほど声をかけてきた女性だった。
女性一人で運べるとは思わないから、協力者がいたのかもしれない。
「どう、して?」
紗月がかすれた声で問いかけると、女性がにこりと笑った。こちらに近づいてくる。
「白峰千景。あなたが、あの男をあそこまで回復させたのでしょう? 花房紗月」
旧姓で名前を呼ばれて、紗月はひゅっと息を吸い込む。
「せっかく、穏便な方法であの男の力を奪ったのに。回復したときいて驚いたから調べてみれば、あなたの名前が出てきたじゃない。驚いたのよ。若いからって気にもとめていなかったのだけれど、あなた、意外とやるのね」
紗月は先ほどの女性の言葉に聞き捨てならないものが含まれてきたことに気づく。
「もしかして、あなたが偽の番を――」
「素晴らしい薬でしょう? 強制的に番を作り出す。数々の犠牲の上になりたった素晴らしい薬よ」
女性がうっとりとした顔をする。
「……っ」
「実験したくてうずうずしていたら、白峰千景に使えばいいって助言をもらったの。まさか、白峰千景ほどの男でも、偽の番に騙されるなんてね。本当、獣人は本能でしか生きていないのね」
ふふふと笑うその笑みには侮蔑が含まれていた。
(この女性が千景様を……)
腹の底にぐるぐるとした怒りのようなものがうずまく。
「あなたが千景様を苦しめたのはわかりました。でも、何故私を?」
「簡単だわ。あなたに研究に協力してもらおうと思って。本当はもっと早く接触したかったのだけれど、白峰家の守りが堅いのだもの。花房伯爵には断られてしまったのだけれど、娘のあなたならわかってくれるわよね?」
女性が近づいてきて、紗月の顎に触れた。ぞっと背筋に悪寒が走る。
「いいと思わない? 私とあなたの研究を合わせれば、きっと獣人を意のままにできるわ! 美しい獣人たちが私たちに跪くかもしれないわよ?」
「まったく思いません。お断りいたします」
紗月は獣人を救うという父の遺志を受け継ぎたいのだ。獣人を意のままにしたいとは思わない。
そして何より、千景を苦しめた元凶ともいえるこの女に協力したいとはかけらも思えなかった。
女性の顔からすっと表情が抜け落ちた。
「そう」
ぞっとするような無表情だ。
「だったら、死んでもらうしかないわね。私の邪魔になることは確実だもの」
息を呑み込む紗月に、女性がにっこりと微笑む。
「大丈夫。私は薬の専門家。眠るように楽に死ねる薬を処方して上げるわ。それとも、もがき苦しむ方がお好み? 特別にこの場で調合して上げてよ?」
「どちらもお断りです!」
「そう。なら、格別苦しいものを処方してあげるわ」
女性は微笑むと、近くの机で調合を始める。
――こんなところで死ぬわけにはいかない。
でも、本当に目の前の彼女が千景を苦しめた薬を作ったのだとしたら、薬のエキスパートというのは本当なのだろう。
(どうしたらいいの? どうすれば)
柱にくくりつけられ身動きが出来ない状況では、逃げることすらできない。
紗月は思わず願う。
(――千景様! 助けて!)
そのとき、がたんとドアを蹴破る音がした。
「紗月!」
目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。木箱がたくさん置かれていて、どことなく薬の匂いがする。何かの物置なのかもしれない。
窓は固く閉ざされていて、薄暗い。
ずきりと頭が痛む。身体を動かそうと思ったら腕は後ろ手に縛られていた。さらには着物の帯の辺りをぐるぐると縄でまかれ、柱にくくりつけられているようだ。
どうやら自分は何者かに攫われたらしい。だが、全く心当たりがない。
戸惑っていると、扉ががらりと空いた。
「――あら、気づいたのね。ここまで目立たないように連れてくるの、大変だったのよ」
現れたのは、先ほど声をかけてきた女性だった。
女性一人で運べるとは思わないから、協力者がいたのかもしれない。
「どう、して?」
紗月がかすれた声で問いかけると、女性がにこりと笑った。こちらに近づいてくる。
「白峰千景。あなたが、あの男をあそこまで回復させたのでしょう? 花房紗月」
旧姓で名前を呼ばれて、紗月はひゅっと息を吸い込む。
「せっかく、穏便な方法であの男の力を奪ったのに。回復したときいて驚いたから調べてみれば、あなたの名前が出てきたじゃない。驚いたのよ。若いからって気にもとめていなかったのだけれど、あなた、意外とやるのね」
紗月は先ほどの女性の言葉に聞き捨てならないものが含まれてきたことに気づく。
「もしかして、あなたが偽の番を――」
「素晴らしい薬でしょう? 強制的に番を作り出す。数々の犠牲の上になりたった素晴らしい薬よ」
女性がうっとりとした顔をする。
「……っ」
「実験したくてうずうずしていたら、白峰千景に使えばいいって助言をもらったの。まさか、白峰千景ほどの男でも、偽の番に騙されるなんてね。本当、獣人は本能でしか生きていないのね」
ふふふと笑うその笑みには侮蔑が含まれていた。
(この女性が千景様を……)
腹の底にぐるぐるとした怒りのようなものがうずまく。
「あなたが千景様を苦しめたのはわかりました。でも、何故私を?」
「簡単だわ。あなたに研究に協力してもらおうと思って。本当はもっと早く接触したかったのだけれど、白峰家の守りが堅いのだもの。花房伯爵には断られてしまったのだけれど、娘のあなたならわかってくれるわよね?」
女性が近づいてきて、紗月の顎に触れた。ぞっと背筋に悪寒が走る。
「いいと思わない? 私とあなたの研究を合わせれば、きっと獣人を意のままにできるわ! 美しい獣人たちが私たちに跪くかもしれないわよ?」
「まったく思いません。お断りいたします」
紗月は獣人を救うという父の遺志を受け継ぎたいのだ。獣人を意のままにしたいとは思わない。
そして何より、千景を苦しめた元凶ともいえるこの女に協力したいとはかけらも思えなかった。
女性の顔からすっと表情が抜け落ちた。
「そう」
ぞっとするような無表情だ。
「だったら、死んでもらうしかないわね。私の邪魔になることは確実だもの」
息を呑み込む紗月に、女性がにっこりと微笑む。
「大丈夫。私は薬の専門家。眠るように楽に死ねる薬を処方して上げるわ。それとも、もがき苦しむ方がお好み? 特別にこの場で調合して上げてよ?」
「どちらもお断りです!」
「そう。なら、格別苦しいものを処方してあげるわ」
女性は微笑むと、近くの机で調合を始める。
――こんなところで死ぬわけにはいかない。
でも、本当に目の前の彼女が千景を苦しめた薬を作ったのだとしたら、薬のエキスパートというのは本当なのだろう。
(どうしたらいいの? どうすれば)
柱にくくりつけられ身動きが出来ない状況では、逃げることすらできない。
紗月は思わず願う。
(――千景様! 助けて!)
そのとき、がたんとドアを蹴破る音がした。
「紗月!」
