悩んだものの、軍本部の受付。紗月は妻ではなく白峰家でお世話になっているものだと濁して、千景の忘れ物を届けにきたことを告げた。
「紗月!」
受付から呼び出されたであろう千景は紗月の顔を見ると、こちらい急いでかけよってきた。
紗月は千景にぺこりと頭を下げると、書類の入った封筒と、差し入れの入った風呂敷包みを渡す。
「紗月だったのか。ありがとう。この書類がないと困るところだった。これは――?」
差し入れの重箱が気になったらしい。
「おはぎが入っています。差し入れです。侯爵家の料理人が作ったものです」
「そうか。ありがとう。みなで食べるよ」
千景がにこりと笑う。紗月の胸がきゅうっとした。
「邪魔してはいけませんので、私はこれで戻りますね。お仕事がんばってください」
「ああ」
紗月が去ろうときびすを返したとき。
「千景ー。この綺麗な女性は?」
どうやら千景の知り合いらしい男性が、何気なく声をかけてくる。どうやら紗月の存在に興味津々らしい。千景がうんざりした顔で声がした方を見る。
妻、というのはさすがに言わない方がいいだろう。女中あたりが無難だろうか。紗月がどうしようかと考えていると。
「――俺の妻だ」
千景があんまりきっぱり言うものだから、声をかけてきた男性だけでなく、周囲がどよめいた。
男性が目を大きく開けながら尋ねる。
「千景。お前、いつの間に……」
「半年ほど前だ」
(え? え? いいの?)
だって、これは契約結婚なのだ。進んで吹聴しなくてもいいと思うのだけれど。
「なるほど……」
男性は何かを納得したように紗月を見た。千景がまるでその視線から守るように立つ。
「お前の復活には彼女の献身があった、というわけね。まあ、いいんじゃない。よかったよ」
ぽん、と男性が千景の肩に手を置く。千景はこくりとうなずいた。
「ああ。彼女のおかげだ」
紗月はかあっと頬に熱が集まるのを感じていた。
――恥ずかしい。でも、嬉しい。
千景はわざわざ軍本部の門まで紗月を送ってくれた。帰りは気をつけるように、と口を酸っぱくして言われる。
まだ外は十分に明るい。異形の危険はないですよ、と答えたら微妙な顔をされた。まあいい。
紗月の心は弾んでいた。千景が紗月のことを妻だ、と紹介してくれたのがとても嬉しかったのだ。
千景の番でなくてもいい。穏やかに一緒に暮らすことが出来たら……。
軍本部から侯爵邸までの道のりは歩いて三十分ほど。のんびりと歩いていると、前からやってきた女性に声をかけられる。
「すみません。道を教えてほしいんですけれど」
紗月は足を止めた。
「ごめんなさい。この辺りはあまり詳しく……」
ふわり、と女性から花のような香りが漂う。紗月はその匂いを吸い込んだ。
くらり、と視界が揺れる。
「大丈夫ですか?」
女性の声が遠くに聞こえる。そのまま紗月は意識を失った。
「紗月!」
受付から呼び出されたであろう千景は紗月の顔を見ると、こちらい急いでかけよってきた。
紗月は千景にぺこりと頭を下げると、書類の入った封筒と、差し入れの入った風呂敷包みを渡す。
「紗月だったのか。ありがとう。この書類がないと困るところだった。これは――?」
差し入れの重箱が気になったらしい。
「おはぎが入っています。差し入れです。侯爵家の料理人が作ったものです」
「そうか。ありがとう。みなで食べるよ」
千景がにこりと笑う。紗月の胸がきゅうっとした。
「邪魔してはいけませんので、私はこれで戻りますね。お仕事がんばってください」
「ああ」
紗月が去ろうときびすを返したとき。
「千景ー。この綺麗な女性は?」
どうやら千景の知り合いらしい男性が、何気なく声をかけてくる。どうやら紗月の存在に興味津々らしい。千景がうんざりした顔で声がした方を見る。
妻、というのはさすがに言わない方がいいだろう。女中あたりが無難だろうか。紗月がどうしようかと考えていると。
「――俺の妻だ」
千景があんまりきっぱり言うものだから、声をかけてきた男性だけでなく、周囲がどよめいた。
男性が目を大きく開けながら尋ねる。
「千景。お前、いつの間に……」
「半年ほど前だ」
(え? え? いいの?)
だって、これは契約結婚なのだ。進んで吹聴しなくてもいいと思うのだけれど。
「なるほど……」
男性は何かを納得したように紗月を見た。千景がまるでその視線から守るように立つ。
「お前の復活には彼女の献身があった、というわけね。まあ、いいんじゃない。よかったよ」
ぽん、と男性が千景の肩に手を置く。千景はこくりとうなずいた。
「ああ。彼女のおかげだ」
紗月はかあっと頬に熱が集まるのを感じていた。
――恥ずかしい。でも、嬉しい。
千景はわざわざ軍本部の門まで紗月を送ってくれた。帰りは気をつけるように、と口を酸っぱくして言われる。
まだ外は十分に明るい。異形の危険はないですよ、と答えたら微妙な顔をされた。まあいい。
紗月の心は弾んでいた。千景が紗月のことを妻だ、と紹介してくれたのがとても嬉しかったのだ。
千景の番でなくてもいい。穏やかに一緒に暮らすことが出来たら……。
軍本部から侯爵邸までの道のりは歩いて三十分ほど。のんびりと歩いていると、前からやってきた女性に声をかけられる。
「すみません。道を教えてほしいんですけれど」
紗月は足を止めた。
「ごめんなさい。この辺りはあまり詳しく……」
ふわり、と女性から花のような香りが漂う。紗月はその匂いを吸い込んだ。
くらり、と視界が揺れる。
「大丈夫ですか?」
女性の声が遠くに聞こえる。そのまま紗月は意識を失った。
