番に選ばれなかった元軍神様と愛のない契約結婚をしました

 その日、紗月は景正の書斎に呼び出されていた。
 景正の書斎は重厚な雰囲気の洋室だ。千景の治療関連で何度か訪ねたことがある。いつも通り、どっしりとした机に向かっている景正の正面に紗月は立った。

「紗月さん。ありがとう。千景は順調に回復しているようだ」

 そこで、景正は言葉を切った。

「それで、君の結論は変わらないのかな。千景の抜け殻になった原因について」

 薬を変えるとき、紗月は景正に推測ではあるが、と前置きをして少し気になったことを話していた。ある程度回復をすれば確かなことが言えるだろう、とも。

「はい」

 紗月はすうと息を吸い込むと、思い切って言った。



 「千景様の番は――人工的に無理矢理作られた可能性があります。その結論は変わりません」



 景正の顔が険しくなった。

「そうか」

 そう。千景に新たに処方した薬は『偽の番によって傷ついた獣核を回復するもの』なのだ。
 紗月が父の記録から見つけたのは、薬によって番ではない女性を番だと思い込ませられた獣人の記録だった。
 獣人は好意を持った女性を無意識的に番と定める、と言われている。好意を持った女性なら誰でもいいわけではなく、そこには獣人が本能として感じる相性の良さなども必要になってくるという。
 薬はどうやらその本能を狂わせ、特殊な香を纏わせた相手を番と認識させるものらしい。

 その薬で番を人工的に作られた獣人の様子が千景にそっくりだったのだ。動けはする。話せもする。だが、ひたすら気力がない。
 大きな違いは生命力が衰えないことだろう。
 決定打は、千景が番という言葉を口に出そうとした際に、獣核の辺りを押さえたことだった。番が作られた影響なのか番と思うと痛みが走るのだという。
 なので薬師とも相談した上で薬の処方を変えてみたのだ。

 その結果、千景は劇的に回復した。

 もちろん、たまたま千景の体質に合っただけ、という可能性もある。けれど。
 ただ、千景は若き軍神として有名だった男だ。
 番を失った獣人は抜け殻になる。それを狙われた可能性もあるのではないだろうか。
 景正もその可能性を思い浮かべたらしい。苦い顔をしている。

「ありがとう。紗月さん。こちらで調べてみるよ」

 紗月はこくりと頷いた。
 たしか、千景を選ばなかった番は、今、皇太子の婚約者になっているはずだ。