亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 そう聞かされた彼は、むくれていた。それはもうわかりやすくむくれていた。思えば、百日の間、彼とこんな掛け合いをしたことはなかった。
 肩から力の抜けた千歳は、手にそっと触れた。
 白い縁糸は、まだそこにある。切らずに残したままの、あの日の糸だ。
 千歳は暁臣の差し出した契約書を手に取った。その時、包帯の巻かれた指先に触れた。暁臣の指が、千歳の指へそっと重なる。力は入っておらず、優しい触れ方だ。
「嫌なら、離していい」
「いいえ」
 千歳は手を引かなかった。
 小指の先で、糸の色がわずかに変わる。赤でも、白でもない。淡い桜色。
 こんな色の糸を見るのは、初めてだった。
「この色は、初めて見ます」
 千歳がそう呟くと、暁臣が覗き込んできた。
「どんな色だ」
「――秘密です。宮様に見えていないのなら、見ない方がいいのでしょう」
 千歳は小さく笑った。取り繕った笑みではない、久しぶりに、自分でも驚くくらい自然な笑みだった。きっとこれは、いつか恋になる縁だ。もしかしたら、愛になるかもしれない。
「……そのうち、縁を結ぶことができるようになる気がしたんです」