亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 娘の声は、以前よりずっとしっかりしていた。あの日の井戸端で見た、震える指先はもうそこにない。
「相手の方には」
「詫びの文を、もう出しました。向こうも、望んでいなかった縁だったそうです」
 千歳は娘の手を取り、赤い糸の黒い染みを見つめた。
「本当によろしいのですね?」
「大丈夫です。もう、覚悟はできています」
 二度の確認の後刃を当てると、強引に結ばれた偽の縁はあっけなく崩れて消えた。
「ありがとうございました」
 深く頭を下げる娘の背を、千歳はしばらく見送った。
 実家では、無理やり縁を結ぶ行為が、問題視されていると聞いている。小春の婚約も、なかったことにされたのだとか。
 父は憔悴しているようだが、千歳があの家のことを気にかけることはない。

 夕方になって、相談所の戸が叩かれた。
「――宮様?」
 出迎えた千歳は思わず声を上げた。忙しくしているという話は聞いていた。
 蘆名家のこともあるし、藤乃の死の真実もある。今後、帝都を守る結界をどうしていくか、議論が交わされているとも。
 そんな暁臣は今日、供の一人も連れていなかった。