亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 千歳は刃を糸に当てた。
「あなたの娘であることも、小春の姉であることも、今ここで終わりにします」
 刃が、糸を断つ。父と小春が、同時に短く息を呑んだ。
 長年当然のように虐げてきた娘が、こんなにもあっさりと去ろうとしていることに、二人とも言葉を失っていた。
「待て! 千歳!」
 千歳は振り返らず、社の門をくぐった。背中で、父の怒声と小春の泣き声が重なって響いていたが、もう気にはならなかった。

 半月ほどして、千歳は帝都の表通りに小さな店を構えた。
 縁結社の質素な藍はもう着ていない。自分で選んだ深川鼠の着物に、千歳は初めて袖を通した。誰かに合わせるためでなく、自分のために選んだ色だった。
「結び目、ほどきます」
 そう記した看板を掲げた縁切り相談所は、父へ渡さず持ち出した契約報酬を元手にしている。
 最初の客は、見覚えのある娘だった。
「あの時、言われたことがずっと忘れられなくて」
 商家の娘は、震える声でそう言った。千歳が久世宮家の後妻となるのが決まったあの日、望まない縁を結ばれかけていた娘だ。
「切りたいと、決めたのですね」
「はい。もう、父の言いなりにはなりたくありません」