亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

「宮様のお名前をお借りしたら、それは、私自身の力ではなくなってしまいます」
「頑固だな」
「よく言われます」
 千歳が短く答えると、暁臣の口元が、微かに緩んだ。
 ここに来てから、二人でこんなに穏やかな時間を過ごすのは初めてだ。
 湯呑みが空になれば、きっと彼は帰る。そう思うと、最後の一口を飲み干すのが、なんだか名残惜しくなってくる。

 そして、とうとうその夜がやってきた。
 儀式結界を庭に張り、当事者達以外は側に来られないようにした。屋敷中の奉公人が、遠巻きに息を潜めて見守っていた。唯子の姿も、その中にある。
 千歳は白無垢を纏い、静かに池の前へ進み出た。緊張した空気の中、衣擦れの音だけが、やけに大きく響いている気がする。
 手にした小刀の柄が、いつもより重く感じられる。今夜これから裁つ縁は、これまでのどんな悪縁より深くて哀しい。
 暁臣は、藤乃の遺した文――離縁の願いが書かれた手紙を、両手で捧げ持っていた。
「久世宮暁臣は、ここに宣言する」
 声はよく通り、庭の隅々にまで届いた。ゆらりと白無垢を着た藤乃が姿を見せる。