それだけだった。恨みも、涙も、そこにはない。藤乃の目に映るのは、暁臣だけ。そして、暁臣の目も藤乃にだけ向けられていた。
「もっと早くに、気づくべきだった」
「いいえ。気づいていただけたのなら、それでいいのです。兄を止めてくださいませ」
藤乃は、静かに遮った。泣くこともなかった。ただ、鈴が一度、二度、と鳴らされる。まるで、この屋敷を何かから守ろうとしているかのように。
「奥方様。あとのことはお任せくださいませ。奥方様をきちんとお送りします」
千歳の言葉に、藤乃はうなずいた。
「私が正式に久世宮家の後妻として座に入り、奥方様を、先の妻として送り出す形を取ります。それが、この家の死縁を断つのに一番よろしいでしょう」
「支度には、どれほどかかる?」
暁臣が問う。
「十日ほどで足ります。ですが、その間に冬近様がどう出るかは、わかりません」
「あの男が、何かすると思うか」
「あの方には、黒い糸が巻き付いておりました。糸は、この屋敷に絡まっています。大人しく見送るとは思えません」
藤乃は小さく頷いたように見えた。姿が薄れる直前、もう一度だけ鈴が鳴る。
「もっと早くに、気づくべきだった」
「いいえ。気づいていただけたのなら、それでいいのです。兄を止めてくださいませ」
藤乃は、静かに遮った。泣くこともなかった。ただ、鈴が一度、二度、と鳴らされる。まるで、この屋敷を何かから守ろうとしているかのように。
「奥方様。あとのことはお任せくださいませ。奥方様をきちんとお送りします」
千歳の言葉に、藤乃はうなずいた。
「私が正式に久世宮家の後妻として座に入り、奥方様を、先の妻として送り出す形を取ります。それが、この家の死縁を断つのに一番よろしいでしょう」
「支度には、どれほどかかる?」
暁臣が問う。
「十日ほどで足ります。ですが、その間に冬近様がどう出るかは、わかりません」
「あの男が、何かすると思うか」
「あの方には、黒い糸が巻き付いておりました。糸は、この屋敷に絡まっています。大人しく見送るとは思えません」
藤乃は小さく頷いたように見えた。姿が薄れる直前、もう一度だけ鈴が鳴る。

