亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 朝食の時間を犠牲にし、ようやく仕事を終えた時には、もう昼食の時間になっていた。父と妹の小春が食事をしている居間ではなく、厨房の片隅でそそくさと食事を済ませる。
 午後には、拝殿の裏にある部屋で、書類仕事をするのが千歳の役目だった。
 書類に目を通し、父の判断にゆだねるものと千歳の一存で返信をするものに分けていたら、拝殿の方から、小春の明るい笑い声が響いてくる。
 様子が気になってそっと覗いてみたら、商家の者と思われる娘が俯いたまま座っていた。傍らには恰幅のいい父親らしき男が、満足そうに祝儀の包みを小春へと差し出している。
 彼女の手首には、赤い糸が巻き付いている。赤は、愛情や結婚を示す色。
「これで、お嬢さんも安泰ですよ」
 小春は娘の手を取り、赤い糸を優しく撫でるような仕草をするが、千歳の目には見えていた。糸の中心に、黒い染みが浮いていることが。
 父と恰幅のいい男性は、何か話しながら客間の方へと歩いていく。奉公人に茶の用意を言いつける声が、そちらから聞こえてきた。
「小春。その糸、片方しか望んでいないでしょう」