亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 気づいた途端、どこへ目をやればいいのかわからなくなった。暁臣は前だけを見て部屋へと歩みを進める。
「ありがとうございます、宮様」
 部屋の前で下ろしてやると、千歳はきちんと礼を述べた。
 千歳の頬に髪が張り付いているのに気付く。それを払ってやろうとして、暁臣は手を止めた。
(俺は、何をしようとしている?)
 自分でもわからない衝動だった。
 ここまでの間、自分の腕から千歳を離す気には、どうしてもなれなかった。そして今、彼女に触れようとした。
(利用する相手のはずだった)
 なのに今は、失いたくないと思っている。自分の感情に、説明がつかない。
「お茶をお持ちしました。宮様のお部屋には、板倉さんが」
「わかった」
 唯子が、千歳の分の茶を運んでくる。
 ここで、二人分の茶を運ばない方がいいと唯子が判断したのが、自分達の関係を如実に表しているように思えた。
 
 ◇ ◇ ◇
 
 暁臣の腕が離れた途端、濡れた着物が背に張りつき、千歳は初めて寒さを覚えた。
 慌ただしく湯が沸かされ、濡れた身体を温め、乾いた着物に袖を通したところで、ようやく落ち着きを覚えた。