亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

(……ちぎった時に引き出しの中に入り込んでしまって……そこから奥に押し込まれたということかしら)
 藤乃の死後、この部屋を調べた者はいたかもしれないが、誰も引き出しを完全に引き抜くことまではしなかったというところか。
 墨が完璧に乾く前に一度丸められたのか、文字が滲んでしまっている。それでも、かろうじて一文だけは読み取ることができた。
 ――兄上に知られる前に。
 暁臣が、その文字を覗き込んで息を呑んだ。
「兄上――冬近殿のことか」
 名門蘆名家の当主。ここ数年、めきめきと頭角を現している優れた陰陽師だ。帝都を守るのに陰陽師の存在は欠かせない。千歳も、幾度か陰陽寮を訪れたことがあるから顔は知っていた。
 千歳は答えず、紙片をじっと見つめた。
(この文は、誰にも届かなかった。奥方様は、手紙を出そうとはしなかった……どういうことなのかしら)
 いずれにせよ、藤乃はこの言葉を、誰にも知られたくなかった。あるいは、誰かに知られることを、何よりも恐れていた。
「手紙にある兄上――蘆名冬近様のことで、何か思いついたことがあるのですか?」