亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

「藤乃は、優しい人だった。俺が仕事ばかりしていて、彼女を連れ出すことがなくとも、文句一つ言わなかった。だから、俺は……」
 言葉がそこで途切れた。後悔しているかのように、彼の拳がさらに強く握りしめられるのを千歳は見た。
(愛していなかったから、後回しにできると思っていた……ということかしら。では、奥方様はどう思っていたの?)
 千歳は、暁臣を責める言葉を呑み込んだ。責めても、今さら藤乃は戻らない。
「愛していなかったことを、悔いていらっしゃる……ということでしょうか」
 かわりに、静かにたずねてみる。責める声音にならないように気を使いながら。
「――違う!」
 暁臣は即座に否定したが、その語気の強さこそが、答えのように千歳には聞こえた。
「奥方様のお部屋を、もう一度見せてください」
 暁臣は何も言わず、先に立って歩き出した。
 月見の間は、あの夜と同じ静けさを湛えていた。畳も調度も、時が止まったままだ。埃をかぶっていないのは、誰かがきちんと掃除をし、部屋に風を通していることの証明だ。