亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 不満を口にしたところで、何も改善しないとわかっているからだ。もしかしたら、藤乃も同じかもしれない。
 顔を強張らせた暁臣が立ち上がった。目を逸らさず、逆に千歳を強く見据えてくる。本音を隠す時ほど視線を外さないのは、この人の癖だ。ここに来てからのわずかな日数で、千歳はそれに気づいていた。
「お前に俺達夫婦の何がわかる?」
 彼の声が荒くなるが、千歳は退かなかった。
「わからないから、聞いています。宮様はご存じでしたのに、奥方様の話を聞かなかったのではありませんか」
 反論しようとしたのだろうか。暁臣は口を開きかけたが、言葉が出てこない。右手を伸ばして、無意味に襟元を調えようとするのを、千歳は見た。
「……知った風な口を」
「知りません。だから伺っています。知らなければ、奥方様はいつまでも月見の間に縛られたままですから」
 暁臣は、拳を握りしめたまま黙り込んだ。長い沈黙のあと、ようやく低く口を開く。
「……政略だった。藤乃とは、初めから恋情などない結婚だ。礼は尽くした。夫婦の作法も欠かさなかった。それで、十分だと思っていた」
 暁臣の声から、いつもの硬さが少しだけ剥がれ落ちる。