亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 本当に藤乃が姿を見せるはずはないだろうと思って。
 月見の間に赴いた暁臣は、自分の考えが誤っていたことを知った。嫁いできた日と同じ白無垢に身を包んだ藤乃は、部屋の奥に立っていた。
「藤乃」
 名を呼んでも、返事は帰ってこなかった。ただ、鈴の音が鳴るだけ。一度、二度、三度。
 手を伸ばしても、彼女の身体をすり抜けてしまう。そこに立っている姿は、まるで生きているのと同じように見えるのに。
「俺に、何か望みがあるなら言ってくれ」
 藤乃の顔が、わずかにこちらに向けられた気がしたが、それだけだった。
 声にならない言葉を発しようとしているかのように、唇を動かす。だが、袖でその口元を隠すようにまた俯く。
 彼女の真意がわからないまま、何度も暁臣は、月見の間を訪れた。
 藤乃は、いつも同じ場所に立っていた。
 婚礼の日と同じ白無垢。うつむいた姿。時々視線を動かすのは、何かを探しているかのようだった。
(……そう言えば、いつもそうだった)
 嫁いできた藤乃と心を通わせた記憶は残っていない。