(私が考えるだけじゃ駄目だわ)
答えは、暁臣自身の口からでなければ意味がない。今はまだ、それを引き出すだけの縁も彼との間に築けていなかった。
北の対への渡り廊下で千歳は一度だけ足を止め、奥御殿の方角を振り返った。灰色の糸は、今日もあの襖の奥から静かに伸びている。今は見えなくとも、そこに藤乃がいる。彼女を解放しなくては。
◇ ◇ ◇
書斎の襖を閉めてから、暁臣はしばらく動けずにいた。
千歳の声が、まだ耳に残っている。
「奥方様は、生前あなたに離縁を願いましたか?」
知らないと答えたのは、嘘ではないが、真実のことでもなかった。
文机の前に座り込み、暁臣は目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、幾晩も繰り返された藤乃との会話だ。
半年前――いや、もう八か月ほどになるだろうか。
夜ごと月見の間に現れる藤乃の影に、屋敷の者は誰も近づかなくなっていた。警護の者達は口を揃えて「鈴の音がする」とだけ告げ、それ以上を語ろうとしない。
女中の何人かは、暇を願い出て屋敷を去った。奉公人達からそう聞いた暁臣は、自ら月見の間へ足を運んだ。
答えは、暁臣自身の口からでなければ意味がない。今はまだ、それを引き出すだけの縁も彼との間に築けていなかった。
北の対への渡り廊下で千歳は一度だけ足を止め、奥御殿の方角を振り返った。灰色の糸は、今日もあの襖の奥から静かに伸びている。今は見えなくとも、そこに藤乃がいる。彼女を解放しなくては。
◇ ◇ ◇
書斎の襖を閉めてから、暁臣はしばらく動けずにいた。
千歳の声が、まだ耳に残っている。
「奥方様は、生前あなたに離縁を願いましたか?」
知らないと答えたのは、嘘ではないが、真実のことでもなかった。
文机の前に座り込み、暁臣は目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、幾晩も繰り返された藤乃との会話だ。
半年前――いや、もう八か月ほどになるだろうか。
夜ごと月見の間に現れる藤乃の影に、屋敷の者は誰も近づかなくなっていた。警護の者達は口を揃えて「鈴の音がする」とだけ告げ、それ以上を語ろうとしない。
女中の何人かは、暇を願い出て屋敷を去った。奉公人達からそう聞いた暁臣は、自ら月見の間へ足を運んだ。

