亡き奥方を離縁するため、私は契約妻になりました

 息が詰まるが、力ずくで絞めようとする意図はなかった。ただ、確かめているだけだ。何を、とまではわからない。
(動くな。まだ、動く時じゃない)
 千歳は自分に言い聞かせ、視線だけを上げた。
「祓いに来たのではありません。お話を聞きに来ました」
 首に巻きついていた冷たさが、わずかに緩む。藤乃が、初めて千歳の顔をまっすぐ見た。
「……お話」
「はい。奥方様が、何を望んでいらっしゃるのかを聞きに参りました」
 藤乃は、かがみこんで千歳と視線を合わせてくる。
「あなたは、怖くないの?」
「怖くないと言えば、嘘になります。でも、仕事ですから」
「それなら、離縁状を返して」
 藤乃はそれだけを言った。彼女の声に、恨みの念は感じられない。
(この人は、ただ怒っているだけの死者じゃない)
 何かを、奪われた人だ。
「離縁状とは――どなたに宛てたものですか」
 千歳が問いを重ねようとした時、藤乃の輪郭はふっと薄れて霞のように消えていった。鈴の音だけが、しばらく耳の奥に残る。
 千歳は詰めていた息を吐き、乱れてもいない衿を整えるように直した。