始業のチャイムが鳴った。
1時間目は現代国語の授業だ。50代後半に見える女性教師の声が教室内に響く。1年生までであれば五月蝿かった授業も、2年生の後半ともなれば静かだ。この学校はそれなりの進学校であるため、この頃になると生徒達は推薦入試のことが頭にチラついているためだ。下手に目を付けられてバツ印を付けられると進路に影響が出てしまう。
そんな落ち着いた教室の中で、私は教壇に置かれた花瓶を見詰めていた。焦点は合っていない。別に花瓶そのもの見ている訳ではないからだ。たまたま、視線の延長線上に花瓶があっただけで、私の視界には先ほどの光景が写し出されていた。
昨日までの私であれば、授業をサボってどこかで泣いていたかも知れない。何もかもに絶望して、同じように早退していた可能性が高かっただろう。でも、今の私に悲壮感や絶望感といったマイナス方向の思考は働いていない。
―――――腹が立つ。
全身をドロリとした何かが被い尽くし、沸々と湧き上がってくるマグマのような何かによって内から煮える。赦すとか、赦さないとか、自分が悪いだとか、くだらないことを考えていたものだと笑えてくる。私が、どうして校舎の屋上から飛ばなければならないのか。
考えているうちに、なぜか可笑しくなる。込み上げてくる笑いを必死に堪えるために、口元を押さえて俯く。なぜ、こんなに簡単な答えに気が付かなかったのだろうか。いや、たぶん選択肢の1つとして、最初から持っていなかったのだ。あの4人が今までに無かった判断力を与えてくれたお陰で思考がクリアになり、昨日までの私では正解が分からなかった難問に道筋が示されたのだ。
「高山さん、高山さん、今は授業中ですよ」
「あ、すいません」
無意識のうちに声を出して笑っていたらしく、教壇から教師に注意をされた。周囲を見渡すと、まるで奇妙なものでも見るかのように、クラスメートたちの視線が向けられている。私は肩を竦めると、今は余計なことを考えないように、ノートを開いて授業に集中することにした。
それ以降、迂闊な失敗をすることもなく、授業に集中して昼休憩を迎えた。
以前はよく3人で集ってランチをしていたが、夏休みが開けた頃から集ることがなくなった。クラスが違うだけでなく教室の階が違うこともあり、「わざわざ紅葉に来てもらうのは悪いから」という理由で3人のランチタイムはなくなった。笑ってしまう。恋は盲目なんて言うけれど、誰が聞いてもおかしいことばかりだ。根本的に、3人である必要がない。そもそも、千里は無関係なのだ。それに、2人のところに私が合流する前提がすでに破綻している。こんな低レベルな言い訳に誤魔化され、裏で笑われていたのかと思うと、情けなくて笑えてきた。
いつもは弁当を持参するが、今日は準備する気になれなかったため学食を利用することにしていた。ショックのあまり食欲がない、ということはない。逆に、いつもより空腹を感じるくらいだ。これまで動いてなかった感情がカロリーを消費しているのかも知れない。
学食は体育館の横にあり、そこに行くためには1階に降りなければならない。階段を降りる途中で寄り道をし、廊下から2人がいる5組の教室を覗いてみる。すると、窓際の一番後ろに、肩が触れるほどの距離で並んで弁当を食べる2人の姿があった。
基本的に人見知りする気質であるが、この時ばかりは教室から出てきた女子生徒に声を掛けた。
「あ、あの、あそのこ2人って、いつもあんな感じなの?仲良さそうで羨ましいなと思って」
まったく面識がないため女子生徒は私の顔を確認したものの、あの2人を見て苦笑いする。
「夏休み明けてからずっとあんな感じかな。前はもう1人いたような気がするけど、2人のお邪魔だと思って来なくなったみたい。まあ、クラスの中でも公認みたいになってるし仕方ないかな」
私と礼央の関係を知る人はほとんどいない。今はクラスも違うし、部活も私はバスケ部で礼央は軽音部とまったく違う。端から見ると接点がまるでない。いや、接点は私と千里が友達だということだけだ。ただでさえ目立つ千里と礼央の組み合わせからすれば、例え私が一緒にいたとしても印象には残っていないだろう。
「・・・何これ」
「え?」
「ううん、ごめんね引き止めて。ありがとう」
満面の笑みを浮かべて女子生徒に軽く頭を下げる。その笑みを浮かべたまま、もう一度2人に視線を向けた。視線の先の2人は、私に見られていることなど、微塵も気付いていない。自分で告白しておきながら、10年以上の付き合いでありながら、こんなにも大胆な裏切り行為だ。
きっと、バレたところで私には何もできないと思っているのだろう。
いざとなればクラス内での既成事実によって周囲を味方にし、勘違い女とでも言って私を悪者に仕立て上げるつもりなのだろう。
友達もいない私には味方など1人もいないと、見下しているのだろう。
でも、2人は大きな間違いをしているよ。
私には味方がいる。
私では思い付きもしないことを提示してくれるアクラと、部屋にいる4人の相談者が。
1時間目は現代国語の授業だ。50代後半に見える女性教師の声が教室内に響く。1年生までであれば五月蝿かった授業も、2年生の後半ともなれば静かだ。この学校はそれなりの進学校であるため、この頃になると生徒達は推薦入試のことが頭にチラついているためだ。下手に目を付けられてバツ印を付けられると進路に影響が出てしまう。
そんな落ち着いた教室の中で、私は教壇に置かれた花瓶を見詰めていた。焦点は合っていない。別に花瓶そのもの見ている訳ではないからだ。たまたま、視線の延長線上に花瓶があっただけで、私の視界には先ほどの光景が写し出されていた。
昨日までの私であれば、授業をサボってどこかで泣いていたかも知れない。何もかもに絶望して、同じように早退していた可能性が高かっただろう。でも、今の私に悲壮感や絶望感といったマイナス方向の思考は働いていない。
―――――腹が立つ。
全身をドロリとした何かが被い尽くし、沸々と湧き上がってくるマグマのような何かによって内から煮える。赦すとか、赦さないとか、自分が悪いだとか、くだらないことを考えていたものだと笑えてくる。私が、どうして校舎の屋上から飛ばなければならないのか。
考えているうちに、なぜか可笑しくなる。込み上げてくる笑いを必死に堪えるために、口元を押さえて俯く。なぜ、こんなに簡単な答えに気が付かなかったのだろうか。いや、たぶん選択肢の1つとして、最初から持っていなかったのだ。あの4人が今までに無かった判断力を与えてくれたお陰で思考がクリアになり、昨日までの私では正解が分からなかった難問に道筋が示されたのだ。
「高山さん、高山さん、今は授業中ですよ」
「あ、すいません」
無意識のうちに声を出して笑っていたらしく、教壇から教師に注意をされた。周囲を見渡すと、まるで奇妙なものでも見るかのように、クラスメートたちの視線が向けられている。私は肩を竦めると、今は余計なことを考えないように、ノートを開いて授業に集中することにした。
それ以降、迂闊な失敗をすることもなく、授業に集中して昼休憩を迎えた。
以前はよく3人で集ってランチをしていたが、夏休みが開けた頃から集ることがなくなった。クラスが違うだけでなく教室の階が違うこともあり、「わざわざ紅葉に来てもらうのは悪いから」という理由で3人のランチタイムはなくなった。笑ってしまう。恋は盲目なんて言うけれど、誰が聞いてもおかしいことばかりだ。根本的に、3人である必要がない。そもそも、千里は無関係なのだ。それに、2人のところに私が合流する前提がすでに破綻している。こんな低レベルな言い訳に誤魔化され、裏で笑われていたのかと思うと、情けなくて笑えてきた。
いつもは弁当を持参するが、今日は準備する気になれなかったため学食を利用することにしていた。ショックのあまり食欲がない、ということはない。逆に、いつもより空腹を感じるくらいだ。これまで動いてなかった感情がカロリーを消費しているのかも知れない。
学食は体育館の横にあり、そこに行くためには1階に降りなければならない。階段を降りる途中で寄り道をし、廊下から2人がいる5組の教室を覗いてみる。すると、窓際の一番後ろに、肩が触れるほどの距離で並んで弁当を食べる2人の姿があった。
基本的に人見知りする気質であるが、この時ばかりは教室から出てきた女子生徒に声を掛けた。
「あ、あの、あそのこ2人って、いつもあんな感じなの?仲良さそうで羨ましいなと思って」
まったく面識がないため女子生徒は私の顔を確認したものの、あの2人を見て苦笑いする。
「夏休み明けてからずっとあんな感じかな。前はもう1人いたような気がするけど、2人のお邪魔だと思って来なくなったみたい。まあ、クラスの中でも公認みたいになってるし仕方ないかな」
私と礼央の関係を知る人はほとんどいない。今はクラスも違うし、部活も私はバスケ部で礼央は軽音部とまったく違う。端から見ると接点がまるでない。いや、接点は私と千里が友達だということだけだ。ただでさえ目立つ千里と礼央の組み合わせからすれば、例え私が一緒にいたとしても印象には残っていないだろう。
「・・・何これ」
「え?」
「ううん、ごめんね引き止めて。ありがとう」
満面の笑みを浮かべて女子生徒に軽く頭を下げる。その笑みを浮かべたまま、もう一度2人に視線を向けた。視線の先の2人は、私に見られていることなど、微塵も気付いていない。自分で告白しておきながら、10年以上の付き合いでありながら、こんなにも大胆な裏切り行為だ。
きっと、バレたところで私には何もできないと思っているのだろう。
いざとなればクラス内での既成事実によって周囲を味方にし、勘違い女とでも言って私を悪者に仕立て上げるつもりなのだろう。
友達もいない私には味方など1人もいないと、見下しているのだろう。
でも、2人は大きな間違いをしているよ。
私には味方がいる。
私では思い付きもしないことを提示してくれるアクラと、部屋にいる4人の相談者が。



