翌朝、昨日は逃げ帰った学校に、獲物を狙うハンターとして登校する。
自宅の最寄り駅でいつものように千里と合流した。朝起きてからずっと練習していた普通の笑顔を作る。平常心をどうにか維持しつつ、いつもを装って声を掛けた。
「おはよう千里。昨日は体調が悪くって昼から早退したんだ。意識が朦朧としてたからさ、返事できなくてごめんね」
完全に校則違反の茶髪をクルクルと巻いた女子高生が振り返る。その表情には驚きと落胆の色が浮かんでいる。千里は振り向くと同時に両手を伸ばし、私の両頬を挟み込んだ。
「うん、熱は無さそうだね。紅葉は無理するから、ウチは心配で仕方ないよ」
千里はそう言って頬に伸ばしていた手を背中に回し、ギュッと私を抱き締める。千里にとってはいつもの行動であっても、私にとっては昨日の抱擁シーンを思い出すきっかけにしかならず、吐き気すら覚える。
私は千里との間に腕をねじ込んで、力を入れて突き放した。
「ほら、ホームに入らないと電車が来るよ」
「あ、う、うん」
いつもとは違う雰囲気に千里は一瞬動きを止めたものの、先行して改札口に向かった私の後を追い掛けて来た。
いつもと同じような会話。目の前の千里は制服もギャル寄りの着崩し方で、胸元のボタンも1個分多く開いている。メイクもナチュラルではなく、どこからどう見ても余分に付いている睫毛に、一目でわかるメイクをしている。事なかれ主義の私とは対極に位置する容姿だ。乗降口の前に2人で並んで立っているけれど、知らない人が見れば私が絡まれているようにしか見えないだろう。きっと、幼馴染でなければ生涯関わることはなかったと思う。
私が知らない昨日の出来事を、表情をコロコロと変えながら話し続ける千里。ついでに、若手女優が休養中だの芸能情報を織り交ぜてくる。私はそれを半分以上聞き流しながら相槌を打つ。その裏で、私の心は時間と共に冷めていった。
裏切り者。
この笑顔を向けてきながら、平然と私の彼氏を奪った女。人間の記憶は少しずつでも、確実に薄れていくものだと思う。だから、昨日の昼間に見た悪夢も、時間の経過が少しだけ輪郭を曖昧にしていた。だけど、こうして対象者を目の前にしてしまうと、あの時の映像が鮮明に蘇り、千里の媚びた表情がフラッシュバックして全身が震え始める。昨日のマーダーサイトでの会話を思い出し、一瞬でも躊躇した自分が情けなく思えてくる。赦せるはずがない。あの人達の意見は正しい。私一人であれば泣き寝入りしていたかも知れないが、今は味方が4人もいる。自分が望む未来が掴めそうな気がする。
やがて電車は学校の最寄り駅に到着する。改札を抜けた場所で、反対側のホームを利用する一応まだ彼氏の礼央が待っていた。いつからこうなったのか覚えていないが、私達が合流して3人で一緒に学校に向かうようになっている。
軽音部の礼央はギターケースを背負い、ビジュアル系バンドでもないのに髪を一部分だけ金色に染めているため目立つ。バンドに人生をかけている訳ではなく、ファッションとしてバンド活動をしているだけだ。そんな礼央の元に、彼女であるはずの自分よりも早く千里が駆け寄る。いつもの光景ではあるが関係が発覚した現在となっては、その理由に納得できる。
ああ、2人同時にタクシーに轢かれれば良いのに。
二言三言千里を言葉を交わした後になって、礼央がようやく私の存在に気付く。ヘラリと笑みを浮かべて歩み寄って来た。
「体調が悪くて早退したんだってな。今、千里から話を聞いたぞ。もう、大丈夫なのか?」
礼央の表情に千里と同じ色を見付けて視線を逸らした。
「もう、大丈夫。もしかしたら休むことがあるかも知れないけど、病欠ではないと思うから。それよりも、早く行こう。遅刻しちゃうよ?」
いつもは礼央が真ん中で、左右に私と千里が並んで歩いていた。普通に考えれば、やはりそれはおかしい。礼央は私の彼氏、千里は私の親友なのだから、私が真ん中であるべきだ。そんな当たり前のことにも、私はまったく気が付いていなかった。
一歩引いた位置を歩く私の前を、礼央と千里が歓談しながら歩いている。普通に考えれば有り得ない光景だ。そのビジュアルも自然体で言葉を交わす様子も、関係性を知らない人が見れば100%礼央と千里が付き合っているように見えるだろう。実際、実態はそうなのだろう。
「何で後ろを歩いてるの?」
もう校舎が大きく見える位置になって、振り返った千里がようやく私に気が付いた。その表情には、私の存在を忘れていた罪悪感はまったく見えず、単純な疑問だけが浮かんでいる。その証拠に、千里はすぐに礼央との会話に戻っていった。礼央は千里を同じタイミングで振り向いたものの、ニコリと笑顔を見せて一言も発さずに前を向いた。
どう考えても、あの2人は絶対悪だ、100人に訊ねれば、100人が悪だと答えるに違いない。絶対悪に対峙する私は正義だ。私には鉄槌を下すことが許されている。
校舎は土足厳禁であるため、下駄箱で上靴に履き替える。2組は3階、5組は2階であるため途中で2人を別れ階段を上がる。しかし、今日は上がったふりをして階段を降りて2階の廊下を観察した。
そこには手を繋いで教室に向かう、礼央と千里の姿があった。
自宅の最寄り駅でいつものように千里と合流した。朝起きてからずっと練習していた普通の笑顔を作る。平常心をどうにか維持しつつ、いつもを装って声を掛けた。
「おはよう千里。昨日は体調が悪くって昼から早退したんだ。意識が朦朧としてたからさ、返事できなくてごめんね」
完全に校則違反の茶髪をクルクルと巻いた女子高生が振り返る。その表情には驚きと落胆の色が浮かんでいる。千里は振り向くと同時に両手を伸ばし、私の両頬を挟み込んだ。
「うん、熱は無さそうだね。紅葉は無理するから、ウチは心配で仕方ないよ」
千里はそう言って頬に伸ばしていた手を背中に回し、ギュッと私を抱き締める。千里にとってはいつもの行動であっても、私にとっては昨日の抱擁シーンを思い出すきっかけにしかならず、吐き気すら覚える。
私は千里との間に腕をねじ込んで、力を入れて突き放した。
「ほら、ホームに入らないと電車が来るよ」
「あ、う、うん」
いつもとは違う雰囲気に千里は一瞬動きを止めたものの、先行して改札口に向かった私の後を追い掛けて来た。
いつもと同じような会話。目の前の千里は制服もギャル寄りの着崩し方で、胸元のボタンも1個分多く開いている。メイクもナチュラルではなく、どこからどう見ても余分に付いている睫毛に、一目でわかるメイクをしている。事なかれ主義の私とは対極に位置する容姿だ。乗降口の前に2人で並んで立っているけれど、知らない人が見れば私が絡まれているようにしか見えないだろう。きっと、幼馴染でなければ生涯関わることはなかったと思う。
私が知らない昨日の出来事を、表情をコロコロと変えながら話し続ける千里。ついでに、若手女優が休養中だの芸能情報を織り交ぜてくる。私はそれを半分以上聞き流しながら相槌を打つ。その裏で、私の心は時間と共に冷めていった。
裏切り者。
この笑顔を向けてきながら、平然と私の彼氏を奪った女。人間の記憶は少しずつでも、確実に薄れていくものだと思う。だから、昨日の昼間に見た悪夢も、時間の経過が少しだけ輪郭を曖昧にしていた。だけど、こうして対象者を目の前にしてしまうと、あの時の映像が鮮明に蘇り、千里の媚びた表情がフラッシュバックして全身が震え始める。昨日のマーダーサイトでの会話を思い出し、一瞬でも躊躇した自分が情けなく思えてくる。赦せるはずがない。あの人達の意見は正しい。私一人であれば泣き寝入りしていたかも知れないが、今は味方が4人もいる。自分が望む未来が掴めそうな気がする。
やがて電車は学校の最寄り駅に到着する。改札を抜けた場所で、反対側のホームを利用する一応まだ彼氏の礼央が待っていた。いつからこうなったのか覚えていないが、私達が合流して3人で一緒に学校に向かうようになっている。
軽音部の礼央はギターケースを背負い、ビジュアル系バンドでもないのに髪を一部分だけ金色に染めているため目立つ。バンドに人生をかけている訳ではなく、ファッションとしてバンド活動をしているだけだ。そんな礼央の元に、彼女であるはずの自分よりも早く千里が駆け寄る。いつもの光景ではあるが関係が発覚した現在となっては、その理由に納得できる。
ああ、2人同時にタクシーに轢かれれば良いのに。
二言三言千里を言葉を交わした後になって、礼央がようやく私の存在に気付く。ヘラリと笑みを浮かべて歩み寄って来た。
「体調が悪くて早退したんだってな。今、千里から話を聞いたぞ。もう、大丈夫なのか?」
礼央の表情に千里と同じ色を見付けて視線を逸らした。
「もう、大丈夫。もしかしたら休むことがあるかも知れないけど、病欠ではないと思うから。それよりも、早く行こう。遅刻しちゃうよ?」
いつもは礼央が真ん中で、左右に私と千里が並んで歩いていた。普通に考えれば、やはりそれはおかしい。礼央は私の彼氏、千里は私の親友なのだから、私が真ん中であるべきだ。そんな当たり前のことにも、私はまったく気が付いていなかった。
一歩引いた位置を歩く私の前を、礼央と千里が歓談しながら歩いている。普通に考えれば有り得ない光景だ。そのビジュアルも自然体で言葉を交わす様子も、関係性を知らない人が見れば100%礼央と千里が付き合っているように見えるだろう。実際、実態はそうなのだろう。
「何で後ろを歩いてるの?」
もう校舎が大きく見える位置になって、振り返った千里がようやく私に気が付いた。その表情には、私の存在を忘れていた罪悪感はまったく見えず、単純な疑問だけが浮かんでいる。その証拠に、千里はすぐに礼央との会話に戻っていった。礼央は千里を同じタイミングで振り向いたものの、ニコリと笑顔を見せて一言も発さずに前を向いた。
どう考えても、あの2人は絶対悪だ、100人に訊ねれば、100人が悪だと答えるに違いない。絶対悪に対峙する私は正義だ。私には鉄槌を下すことが許されている。
校舎は土足厳禁であるため、下駄箱で上靴に履き替える。2組は3階、5組は2階であるため途中で2人を別れ階段を上がる。しかし、今日は上がったふりをして階段を降りて2階の廊下を観察した。
そこには手を繋いで教室に向かう、礼央と千里の姿があった。



