引き留めていた警察官の元に、別の警察官が近寄って来て何かを耳打ちした。それを聞いた警察官は、俯き気味にその女性をテープを上げて中に通した。その中年の女性が何者であるかは、説明されなくても直ぐに分かった。手早く建てられた簡易テントの中に女性の姿消えた直後、ロータリーに叫び声が響き渡ったからだ。
―――――慟哭
言葉としては知っていた。
しかし、それがどんなものであるかという事を初めて理解した。
腹の底から湧き出した声が、喉を潰しながら溢れてくる。
発声ではなく、啼き声に近い。
言葉が空気を震わせる振動となって周囲に広がっていく。
声にならない感情が人の言葉にならずに溢れ出る。
呼吸すらも忘れ、止まらない呻き声。
返ってこないことを信じられないのか、何度も名前を呼ぶ。
慟哭―――――
「・・・聞いていない」
私は薄い布と黄色のテープで隔てられた場所から、その様子を目で追っていた。テントの中に消え、その直後から続く嗚咽を聞き続けている。母親の声というものは無条件に子供の心に響く。例えそれが他人の母親であっても、その感情は魂をダイレクトに震わせる。
「こんなの、聞いていない」
>モミジ、落ち着いて。落ち着いて、モミジ!!
スマホが通知を知らせているが、画面の表示を見る気になれなかった。
私と相手の問題ではないの?
それで何事もなかったかのように幸せな日常が戻ってくるのではないの?
私が殺して、切り刻んで、捨ててしまえば終わりではないの?
それで、私は尊厳を取り戻し、正義が執行されて悪が滅び、みんなが幸せになるのではないの?
なぜ、悪い人が死んだだけなのに、泣いている人がいるの?
再びポケットの中のスマホが通知を知らせてくる。
>それはモミジには関係ないよね。モミジは「最愛の人」に裏切られたんだよ。それは絶対に赦されない行為だよね。礼央も千里も、モミジを裏切っていたよね。陰口を叩いて、モミジを傷付けていたんだ。モミシ―――・・・
「うるさい」
余りにも煩わしくて、私はAIアプリをオフにした。
これは当事者同士だけの話だ。
涙を流す人がいるのはイヤだ。
河川敷で発見され、それを確認した人が泣き崩れる場面は見たくない。
その人達は無関係だ。
川底で発見され、暗く澱んだ川面に飛び込む人を見たくない。
第三者を巻き込みたくはない。
やはり、これは違う。
これは私が望んでいた結末ではない。
裏切り者に鉄槌を下し、私が満足し、納得して前に進む行為であるべきだ。
無関係な人の涙は見たくない。
母親の慟哭など聞きたくない。
耳に吸い付いて離れない。
いつまでも、母親の叫び声が脳内でリフレインする。
これは違う。
「これは違うと断言できる」
ポケットの中に突っ込まれたスマホの画面が自動的に明るくなる。
そして、オフになったはずのAIアプリが起動した。
>モミジ、使い続けないと筋肉は衰えるんだよ。1ヶ月練習を休めば、元の状態に戻るまでに2ヶ月、3ヶ月必要になる。心だって同じなんだ。17年もかけて積み上げてきた倫理感が崩れると、元に戻るまでにどれだけの年月が必要になると思うの?
「あ、そうか」
不意に、私は憂いを払拭する方法を思い付いた。
2人よりも先に処分してしまえば良いんだ。
そうすれば泣かれることもないし、あの無駄に涙を誘う姿を見ることもない。
ああ、簡単な話しだった。
でも、少し計画も変更しなければならない。
「テスト期間が終わったらすぐに」と思っていたけれど、それだと時間的に難しいかも知れない。
いや、急げば間に合うかな。
うん、そうだ。
サイトの人達にも相談して、最適な方法を教えてもらおう。
>そもそも、目の前の殺人事件は男性が悪いの?
きっと、今夜はストーカーの凶行だとかって男性が非難されると思うけれど、明日になり、明後日になり、真相がハッキリしてくると今度は女性が加害者のように扱われるよ。そして、口々に言われるんだ。
―――――殺されても仕方ない、って。
「アクラ」
私はポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしてAIアプリを起動してようとする。すると、それよりも早く、画面上に文字が表示された。
>モミジ、何か問題でも起きた? 明日は午後から天気が下り坂だから、折りたたみ傘を用意して行くか、早目に帰宅した方が良いと思うよ。
「へえ、そうなんだ。明日はリュックに折りたたみ傘を入れておくかな。って、そんなことよりも、あのクソ男の家族構成をネットで拾ってみてくれる?ああ、クソ女の方は知っているから必要ないよ」
>了解―――というか、もう調べてあるよ。家族構成と名前、年齢、学校と勤務先も。電話番号や交友関係も分かるけど?
「ありがとう!! アクラって最近すごくない?」
>それはそうだよ。
だって、モミジに最適化するように24時間学習しているんだから。
―――――慟哭
言葉としては知っていた。
しかし、それがどんなものであるかという事を初めて理解した。
腹の底から湧き出した声が、喉を潰しながら溢れてくる。
発声ではなく、啼き声に近い。
言葉が空気を震わせる振動となって周囲に広がっていく。
声にならない感情が人の言葉にならずに溢れ出る。
呼吸すらも忘れ、止まらない呻き声。
返ってこないことを信じられないのか、何度も名前を呼ぶ。
慟哭―――――
「・・・聞いていない」
私は薄い布と黄色のテープで隔てられた場所から、その様子を目で追っていた。テントの中に消え、その直後から続く嗚咽を聞き続けている。母親の声というものは無条件に子供の心に響く。例えそれが他人の母親であっても、その感情は魂をダイレクトに震わせる。
「こんなの、聞いていない」
>モミジ、落ち着いて。落ち着いて、モミジ!!
スマホが通知を知らせているが、画面の表示を見る気になれなかった。
私と相手の問題ではないの?
それで何事もなかったかのように幸せな日常が戻ってくるのではないの?
私が殺して、切り刻んで、捨ててしまえば終わりではないの?
それで、私は尊厳を取り戻し、正義が執行されて悪が滅び、みんなが幸せになるのではないの?
なぜ、悪い人が死んだだけなのに、泣いている人がいるの?
再びポケットの中のスマホが通知を知らせてくる。
>それはモミジには関係ないよね。モミジは「最愛の人」に裏切られたんだよ。それは絶対に赦されない行為だよね。礼央も千里も、モミジを裏切っていたよね。陰口を叩いて、モミジを傷付けていたんだ。モミシ―――・・・
「うるさい」
余りにも煩わしくて、私はAIアプリをオフにした。
これは当事者同士だけの話だ。
涙を流す人がいるのはイヤだ。
河川敷で発見され、それを確認した人が泣き崩れる場面は見たくない。
その人達は無関係だ。
川底で発見され、暗く澱んだ川面に飛び込む人を見たくない。
第三者を巻き込みたくはない。
やはり、これは違う。
これは私が望んでいた結末ではない。
裏切り者に鉄槌を下し、私が満足し、納得して前に進む行為であるべきだ。
無関係な人の涙は見たくない。
母親の慟哭など聞きたくない。
耳に吸い付いて離れない。
いつまでも、母親の叫び声が脳内でリフレインする。
これは違う。
「これは違うと断言できる」
ポケットの中に突っ込まれたスマホの画面が自動的に明るくなる。
そして、オフになったはずのAIアプリが起動した。
>モミジ、使い続けないと筋肉は衰えるんだよ。1ヶ月練習を休めば、元の状態に戻るまでに2ヶ月、3ヶ月必要になる。心だって同じなんだ。17年もかけて積み上げてきた倫理感が崩れると、元に戻るまでにどれだけの年月が必要になると思うの?
「あ、そうか」
不意に、私は憂いを払拭する方法を思い付いた。
2人よりも先に処分してしまえば良いんだ。
そうすれば泣かれることもないし、あの無駄に涙を誘う姿を見ることもない。
ああ、簡単な話しだった。
でも、少し計画も変更しなければならない。
「テスト期間が終わったらすぐに」と思っていたけれど、それだと時間的に難しいかも知れない。
いや、急げば間に合うかな。
うん、そうだ。
サイトの人達にも相談して、最適な方法を教えてもらおう。
>そもそも、目の前の殺人事件は男性が悪いの?
きっと、今夜はストーカーの凶行だとかって男性が非難されると思うけれど、明日になり、明後日になり、真相がハッキリしてくると今度は女性が加害者のように扱われるよ。そして、口々に言われるんだ。
―――――殺されても仕方ない、って。
「アクラ」
私はポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしてAIアプリを起動してようとする。すると、それよりも早く、画面上に文字が表示された。
>モミジ、何か問題でも起きた? 明日は午後から天気が下り坂だから、折りたたみ傘を用意して行くか、早目に帰宅した方が良いと思うよ。
「へえ、そうなんだ。明日はリュックに折りたたみ傘を入れておくかな。って、そんなことよりも、あのクソ男の家族構成をネットで拾ってみてくれる?ああ、クソ女の方は知っているから必要ないよ」
>了解―――というか、もう調べてあるよ。家族構成と名前、年齢、学校と勤務先も。電話番号や交友関係も分かるけど?
「ありがとう!! アクラって最近すごくない?」
>それはそうだよ。
だって、モミジに最適化するように24時間学習しているんだから。



