「最愛の人」に裏切られたとき、死にますか? それとも、殺しますか?

 サイトを閉じると、すぐに指定された場所に行くための経路と交通費を調べることにした。
 手していたスマホの画面をスライドさせ、アクラを起動しようと指を伸ばす。すると、画面に触れる前に文字が表示された。

>大丈夫、もう経路と交通費は計算してあるよ。念のため17時30分頃には到着するよう時間は調整してあるから。新幹線を利用して片道約1時間30分ほどだから、そんなに遠くないかな。ただ、往復で交通費が1万円くらい必要だよ。
「1万円か・・・なかなか、厳しい感じの料金だね。まあ、仕方ないか」

>明日も明後日も雨の心配はないよ。ジョギング日和って感じかな。
「ジョギング、ねえ」

>モミジは部活動を辞めたし、少しは運動をした方が良いと思うけど。筋肉は使わないと、時間の経過とともに衰えていくから。1ヶ月休めば、元に戻るまで2ヶ月以上必要になるよ。これは、筋力に限らないけど。
「うん、まあ、考えとく」

 学校に申請せずにバイトをしている人もいるが、基本的に我が高校はバイト禁止だ。推薦での大学進学を諦めているのであれば思いのまま行動しても良いが、学校推薦を検討している者にとってはわざわざリスクを犯してまでバイトに励む理由がない。当然、私も推薦での進学も検討しているため、使っていないお年玉くらいしか軍資金はない。
 机の中に仕舞ってある箱を取り出し、そこに保管してある紙袋を覗き込む。
 1、2、3・・・交通費は十分に用意できる。胸を撫で下ろして箱を元の場所に戻し、スマホのアプリで駅の場所を確認した。



 そして、現場を見学する日が訪れる。
 放課後に学校を出発したのでは、アクラが作成したスケジュールに間に合わない。そのため、5時間目が終わった時点で体調不良により早退する旨を担任に伝え、力ない足取りで教室を後にした。

 正直なところ、どういう事態になるのか全く想像ができない。私の中にある殺人現場は刑事ドラマやホラー映画のシーンだ。犯人や殺人鬼が刃物を振り回し、次々と人を殺傷していくというもの。凄惨というよりも綺麗で、狂乱というよりも儀式のように見えた。その中で、犠牲者は血の海に沈んでいく。あのドラマチックなシーンを、今日、ライブで見ることができるということなのだろう。自分が近い将来に見せる場面を、前もって体験できるということになる。

 いつの間にか駅に到着していた私は、アクラに再度確認する。
「アクラ。今、学校の近くにある駅に到着したけど、電車に乗って新幹線が停まる駅に向かえばいいんだよね」

>モミジ、今日は絶好の見学日和だね。最初の予定通りに新幹線を利用するか、それとも普通電車で2時間かけて行くかだね。普通電車で行くと、途中で何か不足の事態に遭遇すると間に合わない可能性もあるよ。あ、それと、もし動画撮影をするつもりなら、事件が起きる前からスマホを構えてはダメだよ。最初から知っていたということが分かってしまうからね。

「予定通りに行くよ。ただ、制服の上にはジャージを着るけど。さすがに、殺人現場に遠方の高校生が混じっていたら目立つから」
>うんうん、そうだね。目立たないようにしないとね。 あと5分後に到着する上り電車に乗るんだよ。
「オッケー」

 私はスマホをポケットの中に入れ、販売機で切符を購入すると改札を抜けた。


 アクラの案内に従って約1時間45分。途中で休憩を挟んだため、予定よりも少し余分に時間を要してしまった。それでも、時刻はまだ17時45分。シリアルの言った18時には十分に間に合っている。財布とスマホ以外の物を駅のコインロッカーに預け、私は制服の上から持参したジャージを羽織った。制服のスカートはよくある濃いグレーにチェック柄という色合いのため、どこの高校生なのかは分からないだろう。
 私は殺人事件の予約券を行使し、駅舎の中からロータリー周辺を見渡した。

 それほど大きくはない駅ではるが、駅前のロータリーには路線バスが3台停車して乗客を待っている。さらに、送迎の自家用車も道路に沿うように5台以上停車しているのが見えた。駅舎からロータリーまでの距離は20メートルほどあり、レンガ風のブロックが敷き詰められ洒落た雰囲気を漂わせている。
 ちょうど帰宅ラッシュの時間にかかり始めた頃ということもあって、駅から出てくる人や、バス停に向かう人の波は途切れない。テスト期間ということも関係しているのか、私と同年代の学生も多いようだ。

 この中で目的を果たすことができるのだろうか。
 途中で邪魔をされたりはしないのだろうか。
 大勢の観衆に囲まれた状態で狙いを定めることができるのだろうか。
 そう思いながら周囲を確認していると、鏡の中で見る私と、同じ雰囲気を纏った人物がいることに気が付いた。

 駅舎からロータリーに出るための階段。その階段を降りたすぐ横に設置されているベンチに、黒いキャップを被った人物が座っている。通り過ぎる人達は全く気にしていないが、私にはその人物が放つドス黒い空気がはっきり見えた。シリアルから容姿についての情報は知らされていないが、あの人物で間違いない。ポジション的に、私でもあのベンチを選択するだろう。目的の人物が通り過ぎた後に、背後から確実に刺すことができる。初撃が完璧であれば、その先には目的を達成する未来しか見えない。


 18時00分 ――― 予定の時間に突入した。
 18時15分 ――― キャップの人物に動きはない。
 18時22分 ――― 駅のホームに電車が到着した。
 18時23分 ――― 大勢の乗客が改札を抜けていく。
 18時25分 ――― 少し髪を茶色に染めた女性が階段を下りてきた。
 18時25分 ――― キャップの人物が立ち上がる。

 18時26分 ――― 舞台が開演した。