「最愛の人」に裏切られたとき、死にますか? それとも、殺しますか?

 月曜日の朝、洗面台か、甲高い奇声が響いた。
 位置的に直接見えなかったため、一日遅れて髪の一部が短くなっていることに気付いたらしい。
 ちょうど洗面台に用があったため様子を見に行くと、朱音は鏡を見詰めながら呆然としていた。いつの間にか一部の髪が短くなっていたのだ。驚かない方が難しい。しかし、いつ、どこで、切れたのか、切られたのか、それが特定できないため「短くなった」という事実だけしかない。鏡越しに朱音と目が合ったものの、その顔に私に対する疑念は全く感じられなかった。寝ているとき私が切った―――という事実を、その可能性すら検討していないように見えた。

 最終的に、朱音は髪をまとめて結び、どうにか誤魔化して家を出て行った。
 私はその姿を観察したあと、クソ女が待つ駅へと向かった。もしかすると、待っていると思っているのは勘違いかも知れない。単に、クソ男との待ち合わせ時刻に合わせた電車が、たまたま一緒になっているだけの可能性がある。例えそれが事実だとしても、今さらこの習慣を止める訳にはいかない。

 しかし、今日はいつもとは違い、積極的に話し掛けられた。電車に乗っている間も、煩いくらいに話題を振ってくる。学校の最寄り駅に到着した後、珍しくクソ男から声を掛けられる。その理由はすぐに判明する。

「なあ、今日の勉強会、何時からにする?近いし、駅前のファーストフードにするか?」
 そこは、2人で仲良く座っていたお店だよね?もしかして、あれは2人で下見にでも行ったのかな?そもそも、勉強会をすることについて承諾なんてしていないんだけど。
「4時30分とか?」
「4時半な、了解。じゃあ、現地集合な。オレと千里は同じクラスだから一緒に行くわ」
「そうね、その方が効率がいいと思う。紅葉も私達を待たなくてもいいから、楽だよね。現地集合でいいよね」

 時間と場所が決ると2人はいつもの空気感に戻り、私の2メートルほど先を2人が並んで歩き始める。
 そんな2人を眺め、安堵のため息を吐いた。
 そうだよ。クズはそうでないとね。


 最近は弁当を用意する気になれないため、今日も学食に足を運んだ。何日も続けばさすがに要領が分かってくるため、今日はカレーパンとチーズパンを購入することができた。喜びの余り、つい自動販売機でパックのヨーグルトドリンクを買ってしまった。余計な出費ではあるが仕方がない。
 薄いビニール袋にパン2個とパックを入れ、いつもの階段下に移動する。最近はすっかり私のランチスペースになっている。しかし、その場所に移動した私は愕然とする。2人の男子生徒が、そこに座って談笑していたのだ。「そこは私の場所なんだけど」と言う権利は私にはない。

 先客がいるとなれば、別の場所を探すしかない。
 ビニール袋をぶら下げたまま、どこか落ち着ける場所を考える。校舎の反対側にも同様の非常階段があることを思い出し、そちら側に移動することにした。校舎の壁伝いに移動し、反対側の非常階段に辿り着くとそこに人の姿は無かった。私は2階の踊り場部分の真下に座り、ヨーグルトドリンクに付属のストローを突き刺した。
 初めて勝ち取ったカレーパンを頬張ると、その満足感に思わず笑みが溢れる。さすがに、毎日味気ないパンだとゲンナリしてしまう。カレーパンを完食し、チーズパンに手を伸ばしたときだった。2階の踊り場から声が聞こえてきた。その騒がしくて高い声は、クソ男達がいる下品な集団のものではなかった。

「ねえねえ、これからどうするつもりなの?」
「え? 何?」
「はあ?何、じゃないわよ。なんちゃってイケメンの」
「ああ、礼央君のこと?」

 クソ男の名前が聞こえ、チーズパンを持ったままた動きが止まる。

「そうそう。千里さあ、あの子の彼氏だと分かってたくせに落としたでしょ。ホントに、悪い女だよねえ」
「親友の彼氏を落とした上で、陰でコソコソ付き合って笑ってるんだもんね。最悪だよ」
 女子生徒が笑いながら追求する。本気で責めていないことは、その口調や雰囲気で分かる。
「親友って、なに言ってるの?自宅が近くて、ずっと学校が一緒だってだけよ。今も、たまたま同じ電車になってるだけで、会話なんてすることもないけど。そもそも、私とあの子じゃ話が合うはずないでしょ。コスメの新商品なんて知らないし、SNSもやってないから、最新の話題なんて何も分からないしさ。だって、高3にもなってスッピンで登校してるんだよ?最近は小学生でもリップくらい使ってるのに、ノーメイクよ。有り得なくない?一緒に歩くなんて恥ずかしいし、親友とか、冗談でもやめてくれる?」

 少し前の私であれば、ショックの余り泣き出していたかも知れない。だけど、今の私にとっては、予想が当たっていただけに過ぎない。それを受け止めて嗤う余裕さえある。

「ヒドいなあ。あの子が可哀想すぎない?」
「今の告白を聞いたら、アタシなら学校の屋上から飛び降りちゃいそう」
「だってさ、あの子、小学3年生のときに好きだった男の子と、私より仲が良かったんだよ。赦せないよねえ。その男の子がさ、私の方が可愛いのに、あの子の方が好きだって言うんだよ。赦せるはずがないよ。女としてのプライドの問題だからね。だからさ、あの子の妹に思い切り優しくして、ギャルっぽいメイクも教えて、あの子の悪口をいっぱい聞かせたんだよ。今じゃあ、すっかり姉のアンチになってるよ。そして、トドメは彼氏の寝取り。大した男じゃないけど、まあ、ヒマ潰しにはちょうどいいけどね」

 非常階段の踊り場に笑い声が響く。

 最初から、親友ではなかった。
 妹に私の悪口を吹き込んで関係を捻じ曲げた。
 わざわざ私の彼氏だと知っていた上で寝取った。

 なるほど、十分に理解したよ。