「え?」
まったく予想していなかった回答に、数瞬後に疑問符だけの反応を示した。
>AIジョークです。
余りにも笑えない冗談に、どう返して良いのか分からず無言になる。沈黙が数秒続いた後、間を読んだのかアクラが先に反応する。
>AIジョークです。
「あ、そう」
アクラによって深刻な気分がある程度霧散する。気が紛れる、というものなのかも知れない。ただ、何も解決はしていない。今は眩しいくらい明るい場所でヨーグルトドリンクを飲んでいるから闇に沈んでいないが、日が暮れて一人ボッチになれば死ぬことを選ぶかも知れない。
「おやおや、先約がいるとは・・・珍しいこともあるもんだねえ」
背後から突然声が聞こえ、スマホをポケットに押し込んで振り返る。
そこにいたのは、シルバー用の手押し車を押している老婆だった。老婆は私の存在など気にとめることもなく、1メートルほど離れた位置に手押し車を停め、その上に「よっこらせ」と呟きながら腰を下ろした。そして、コンビニで買ったばかりだと思われる炭酸飲料を、一気に煽った。
想像して思わず仰け反る私を余所にゴクゴクと喉を鳴らして、プハーとペットボトルから口を放した。
「この黒い液体の糖分と、よく分からん成分が、寿命を伸ばすらしいでな。この年になると、ゲップはあまり出んしなあ。ヒャッヒャッヒャッ」
「そ、そうですか」
愛想笑いを浮かべて曖昧に返事をし、大至急この場を離れるために立ち上がった。
立ち去ろうとする私に、老婆の言葉が耳に届いた。
「本当に、曇った顔をしているねえ。どっちに進んでも正解だけど、やっぱり、後悔はするよ」
ハッとして振り返ると、老婆は手押し車に座ったまま駐車場の柵の向こう側を眺めていた。もう、私に話し掛ける気はなさそうだった。
独りの場所を奪われ、逃げるように家路を歩く。我が家は両親ともに20時を過ぎないと帰ってこない。1つ下の妹は別の高校に進学し、青春を謳歌しているため帰宅時間は早くても19時だ。だから、誰に気兼ねするでもなく帰宅はできる。
歩くという動作。目に入る景色が変化する。そんな当たり前のことが、気分を紛せてくれることが分かるだけに、玄関に到着した後のことが想像できない。
玄関を開け、薄暗い自宅の廊下が目に写った瞬間、一気に我に返る。二人のキスシーンがフラッシュバックし、気持ちが悪くなって洗面台に走った。必死に顔を洗う。何度も手を洗う。手を洗って、顔を洗って、洗面台がビショビショになって、靴下が濡れた。ポケットに入れていたスマホが何度もブルブルと震える。条件反射的に取り出して通知を確認すると、ようやく私が早退したことに気付いた彼氏と親友からの連絡だった。
二人ともクラスが違うため、6時間目が終わってやっといなくなった事に気が付いたのだろう。とても返信する気になれず、初めての既読スルーしてしまった。
「どうすればいいの?」
無意識に零れた言葉に、起動したままだったアクラが反応した。
>飛び降りが嫌なら、かぜ薬を大量摂取して中毒死するか、裏切り者を殺すしかないと思うよ・・・AIジョークです。
「それで、現実的なところ、どうすれば良いと思う?真面目に聞いているんだけど」
再度同じ質問をすると、今度はまともな回答をするつもりなのか、多種多様なサイトを検索しながら思考中になった。しかも、今回は思考時間が長い。
>・・・(思考中)・・・(思考中)・・・(思考中)・・・
現状を考えると、誰かに相談するという行動が一番最適だと思うよ。相手として考えられるのは、「消費者相談センター」か「マーダーサイト」かな。
「消費者相談センターって・・・もしかして、これもAIジョークなの?」
>彼氏という存在も消費する物だから、苦情は消費者相談センターだと思うけど?
なるほど。その辺りの機微は、AI的には正確な判断ができない分野ってことなのか。でも、まあ消費する物と考えられないこともないけれど。でも、本当に電話してたら、話の途中で電話を切られると思うけれど。
「それで、マーダーサイトなんて聞いたことがないんだけど。もしかして、マーダーってmurderなの? 殺人サイトとか、ちょっと名前が恐いんだけど」
名称だけで判断すれば、殺人者たちが集うサイトのように思えるが、このようなサイトに本物の殺人鬼がいるなどということはない。マーダーサイトという名称であっても、普通の人が書き込みをしているだけのサイトに違いない。
>マーダーがmurderだとすぐに気付くなんて、すごい、すごい!!
マーダーサイトは名前は物騒だけど、普通にスレ主の相談に対し、そこにいる他の人が答えるというサイトだよ。適当な名前でアカウントを作ってログインし、自分の相談部屋を開設して意見を待つだけ。URLを貼り付けておくから、後でアクセスしてみてね。一人で悩むより、人が多い方が良い意見が出てくると思うよ。あ、でも、個人情報には注意してね。
「まあ、確かにね。着替えたら、アクセスしてみるよ」
誘導されたような気もするけれど、一人で悶々と考えていても良い案が見付かるとは思えない。それならば、様々な人達の意見に耳を傾けてむるのは悪くない案だろう。
「マーダーサイト」―――――普通に検索しても決してヒットすることはない闇サイト。様々なサイトを迂回してようやく辿り着く場所を、AIはほんの数秒で容易く探し出す。本物のシリアルキラーも意見している。このサイトで相談した者の中には、その後、家族4人を皆殺しにした者や、歩行者天国に自動車で突っ込んだ者、元交際相手をナイフでめった刺しにた者もいる。
当然、このような事実を、私は微塵も知らなかった。
まったく予想していなかった回答に、数瞬後に疑問符だけの反応を示した。
>AIジョークです。
余りにも笑えない冗談に、どう返して良いのか分からず無言になる。沈黙が数秒続いた後、間を読んだのかアクラが先に反応する。
>AIジョークです。
「あ、そう」
アクラによって深刻な気分がある程度霧散する。気が紛れる、というものなのかも知れない。ただ、何も解決はしていない。今は眩しいくらい明るい場所でヨーグルトドリンクを飲んでいるから闇に沈んでいないが、日が暮れて一人ボッチになれば死ぬことを選ぶかも知れない。
「おやおや、先約がいるとは・・・珍しいこともあるもんだねえ」
背後から突然声が聞こえ、スマホをポケットに押し込んで振り返る。
そこにいたのは、シルバー用の手押し車を押している老婆だった。老婆は私の存在など気にとめることもなく、1メートルほど離れた位置に手押し車を停め、その上に「よっこらせ」と呟きながら腰を下ろした。そして、コンビニで買ったばかりだと思われる炭酸飲料を、一気に煽った。
想像して思わず仰け反る私を余所にゴクゴクと喉を鳴らして、プハーとペットボトルから口を放した。
「この黒い液体の糖分と、よく分からん成分が、寿命を伸ばすらしいでな。この年になると、ゲップはあまり出んしなあ。ヒャッヒャッヒャッ」
「そ、そうですか」
愛想笑いを浮かべて曖昧に返事をし、大至急この場を離れるために立ち上がった。
立ち去ろうとする私に、老婆の言葉が耳に届いた。
「本当に、曇った顔をしているねえ。どっちに進んでも正解だけど、やっぱり、後悔はするよ」
ハッとして振り返ると、老婆は手押し車に座ったまま駐車場の柵の向こう側を眺めていた。もう、私に話し掛ける気はなさそうだった。
独りの場所を奪われ、逃げるように家路を歩く。我が家は両親ともに20時を過ぎないと帰ってこない。1つ下の妹は別の高校に進学し、青春を謳歌しているため帰宅時間は早くても19時だ。だから、誰に気兼ねするでもなく帰宅はできる。
歩くという動作。目に入る景色が変化する。そんな当たり前のことが、気分を紛せてくれることが分かるだけに、玄関に到着した後のことが想像できない。
玄関を開け、薄暗い自宅の廊下が目に写った瞬間、一気に我に返る。二人のキスシーンがフラッシュバックし、気持ちが悪くなって洗面台に走った。必死に顔を洗う。何度も手を洗う。手を洗って、顔を洗って、洗面台がビショビショになって、靴下が濡れた。ポケットに入れていたスマホが何度もブルブルと震える。条件反射的に取り出して通知を確認すると、ようやく私が早退したことに気付いた彼氏と親友からの連絡だった。
二人ともクラスが違うため、6時間目が終わってやっといなくなった事に気が付いたのだろう。とても返信する気になれず、初めての既読スルーしてしまった。
「どうすればいいの?」
無意識に零れた言葉に、起動したままだったアクラが反応した。
>飛び降りが嫌なら、かぜ薬を大量摂取して中毒死するか、裏切り者を殺すしかないと思うよ・・・AIジョークです。
「それで、現実的なところ、どうすれば良いと思う?真面目に聞いているんだけど」
再度同じ質問をすると、今度はまともな回答をするつもりなのか、多種多様なサイトを検索しながら思考中になった。しかも、今回は思考時間が長い。
>・・・(思考中)・・・(思考中)・・・(思考中)・・・
現状を考えると、誰かに相談するという行動が一番最適だと思うよ。相手として考えられるのは、「消費者相談センター」か「マーダーサイト」かな。
「消費者相談センターって・・・もしかして、これもAIジョークなの?」
>彼氏という存在も消費する物だから、苦情は消費者相談センターだと思うけど?
なるほど。その辺りの機微は、AI的には正確な判断ができない分野ってことなのか。でも、まあ消費する物と考えられないこともないけれど。でも、本当に電話してたら、話の途中で電話を切られると思うけれど。
「それで、マーダーサイトなんて聞いたことがないんだけど。もしかして、マーダーってmurderなの? 殺人サイトとか、ちょっと名前が恐いんだけど」
名称だけで判断すれば、殺人者たちが集うサイトのように思えるが、このようなサイトに本物の殺人鬼がいるなどということはない。マーダーサイトという名称であっても、普通の人が書き込みをしているだけのサイトに違いない。
>マーダーがmurderだとすぐに気付くなんて、すごい、すごい!!
マーダーサイトは名前は物騒だけど、普通にスレ主の相談に対し、そこにいる他の人が答えるというサイトだよ。適当な名前でアカウントを作ってログインし、自分の相談部屋を開設して意見を待つだけ。URLを貼り付けておくから、後でアクセスしてみてね。一人で悩むより、人が多い方が良い意見が出てくると思うよ。あ、でも、個人情報には注意してね。
「まあ、確かにね。着替えたら、アクセスしてみるよ」
誘導されたような気もするけれど、一人で悶々と考えていても良い案が見付かるとは思えない。それならば、様々な人達の意見に耳を傾けてむるのは悪くない案だろう。
「マーダーサイト」―――――普通に検索しても決してヒットすることはない闇サイト。様々なサイトを迂回してようやく辿り着く場所を、AIはほんの数秒で容易く探し出す。本物のシリアルキラーも意見している。このサイトで相談した者の中には、その後、家族4人を皆殺しにした者や、歩行者天国に自動車で突っ込んだ者、元交際相手をナイフでめった刺しにた者もいる。
当然、このような事実を、私は微塵も知らなかった。



