放課後の部活には参加した。
憂さ晴らしがしたかった訳でも、レギュラーだからという責任感からでもない。一人でいる時間が長くなると、自分が真っ赤に染まってしまう気がして気持ちが悪かったからだ。ドリブルをして、いつものフェイントで1人を躱し、いつものタイミングでゴール下にパスを出す。出したつもりだった。いつもと違い、ボールが相手の手を弾いてコートの外に転がっていった。何もかもが、いつもよりワンテンポ速い。思考がクリアで全体がよく見える。
たぶん、自分ができることの最適化をしたからだ。相手が口にしていないことに対する配慮を止めた。余計な気配りは判断を鈍らせる。自分を中心に組み立て直した。だって、いくら気を遣っても、どんなに思いを込めても、相手には伝わらない。みんな勝手なことを考えて、平気で私を踏みにじる。
「ねえ、今のパスさ、タイミングが速すぎるよ。もっと、ちゃんと取りやすいパスを出してくれないと困るんだけど。もう、次はちゃんとしたパスしてよねえ」
何で、私が悪者になってるの?
アンタがもう一歩早く動いていれば取れたはずだよね?
その一歩はアンタにしかできないよね?
それをやっていれば完璧にフリーになっていたよね?
チャンスは大きく広がっていたはずだよね?
私が悪いの?
私は悪くない。
何で私が―――――ああ、もう、いいや。
もう、うんざり。
「分かった」
「分かってくれればいいのよ。だから次は、もっと――――」
「辞める。私はバスケ部を辞める」
「え?・・・ちょと、ちょっと紅葉!!」
呼び止める声を無視し、そのまま振り返ることもなく体育館を後にした。
その足で部室に向かい制服に着替えると、置いていた荷物を強引にカバンに押し込んでバスケットシューズを手にする。「やっと先輩達が引退したね」、「今日からやっと部室が使えるよ」などと騒いだのはほんの数ヶ月前だ。その時の光景を思い出しながら、青く塗装された鉄扉を開けた。
体育館の方向を見渡すが、様子を見に来る部員すらいない。
こんなものだ。
自分の表情が歪んだのが分かった。
明らかに自嘲の笑みが原因だ。
いったい、何のためにバスケ部に在籍していたのだろう。
なぜ、中学校のときに始めて、必死にしがみついてきたのだろう。
部員と仲が良いとは言えなかった。
気を遣って接していた。
こんなにも、呆気なく見放されるのに。
こんなにも、簡単に捨てることができるのに。
一気に吸い込んだ空気を、ゆっくりと震えながら吐き出した。
結局、17時過ぎには学校を後にすることになった。
これまでであれば、部活が早く終わるとあの2人に連絡をしていたが、もうどうでも良いので連絡をしない。駅への道を1人で歩きながらスマホを取り出す。
「アクラ」
>今日は朝から晴れだね。明日も今の予報だと晴れだよ。 どうかしたの?
レスポンスの速さに苦笑いする。苦笑を浮かべたまま、アクラに先ほどの出来事を聞かせる。どう考えても、自分が悪いとは思えなかった。アクラなら、私の味方になってくれると確信して訊ねた。
「どう思う?」
>当然、部員が悪いね。そんな組織は早く脱退して正解だよ。
「組織って何? ただの部活だよ」
選択する単語が大袈裟で、思わず聞き返す。それだと、まるで相手が地球を侵略する悪の軍団みたいだ。
アクラは私の問いを相槌だと判断したのか、完全スルーで長文を表示した。
>理不尽な理由で退部を強要した。もしくは、部員全員による集団での精神的苦痛を与えられたことにより、部活動が続けたかったもののメンタル疾患によって退部せざるを得なくなった。とかどう?たぶん、部活動は当面中止、事なかれ主義の私立学校は廃部にするかも知れないね。過去の最高順位が県でベスト8。学校側からすればあってもなくても同じだから、十分な結果が期待できると思うよ。もちろん、証拠の動画や音声は簡単に作れるから心配しないで!
休部させるか、それとも廃部に追い込むのか。
「とりあえず保留かな。今はあの2人の方が優先順位が高いから、あれが終わってからだね」
>じゃあ、バスケ部の件は「あとで処理する」という名前のフォルダーを作っておくから、そこに保存しておくね。
「うん、お願いね」
駅に到着し、改札を抜けてホームに足を踏み入れる。
その瞬間、全身が泡立った。
改札を抜けた目の前は、私が下校するときに利用するホームの反対側だ。そこに、礼央と千里が、しっかりと手を繋いで立っていた。
電車がホームに入ってくることを告げる音楽が流れ始める。右側に視線を向けると、先頭車両のライトが見えた。あと数秒でホームに流れ込んでくる。2人が立っている位置は6両編成の最後尾だ。スピードを落としたとしても、かなりの速さで目の前を電車が通過する。
ここでもし、2人の背後に忍び寄り、トン、と背中を押したらどうなるだろうか。
先頭車両にはねられて、線路の上を転がっていくだろうか。
それとも、電車に轢かれ、踏み潰されてグチャグチャになるだろうか。
一旦停まった電車が1分ほどで発車する。
血塗れになった2人の姿を想像しただけで、足が一歩も動かなかった。
憂さ晴らしがしたかった訳でも、レギュラーだからという責任感からでもない。一人でいる時間が長くなると、自分が真っ赤に染まってしまう気がして気持ちが悪かったからだ。ドリブルをして、いつものフェイントで1人を躱し、いつものタイミングでゴール下にパスを出す。出したつもりだった。いつもと違い、ボールが相手の手を弾いてコートの外に転がっていった。何もかもが、いつもよりワンテンポ速い。思考がクリアで全体がよく見える。
たぶん、自分ができることの最適化をしたからだ。相手が口にしていないことに対する配慮を止めた。余計な気配りは判断を鈍らせる。自分を中心に組み立て直した。だって、いくら気を遣っても、どんなに思いを込めても、相手には伝わらない。みんな勝手なことを考えて、平気で私を踏みにじる。
「ねえ、今のパスさ、タイミングが速すぎるよ。もっと、ちゃんと取りやすいパスを出してくれないと困るんだけど。もう、次はちゃんとしたパスしてよねえ」
何で、私が悪者になってるの?
アンタがもう一歩早く動いていれば取れたはずだよね?
その一歩はアンタにしかできないよね?
それをやっていれば完璧にフリーになっていたよね?
チャンスは大きく広がっていたはずだよね?
私が悪いの?
私は悪くない。
何で私が―――――ああ、もう、いいや。
もう、うんざり。
「分かった」
「分かってくれればいいのよ。だから次は、もっと――――」
「辞める。私はバスケ部を辞める」
「え?・・・ちょと、ちょっと紅葉!!」
呼び止める声を無視し、そのまま振り返ることもなく体育館を後にした。
その足で部室に向かい制服に着替えると、置いていた荷物を強引にカバンに押し込んでバスケットシューズを手にする。「やっと先輩達が引退したね」、「今日からやっと部室が使えるよ」などと騒いだのはほんの数ヶ月前だ。その時の光景を思い出しながら、青く塗装された鉄扉を開けた。
体育館の方向を見渡すが、様子を見に来る部員すらいない。
こんなものだ。
自分の表情が歪んだのが分かった。
明らかに自嘲の笑みが原因だ。
いったい、何のためにバスケ部に在籍していたのだろう。
なぜ、中学校のときに始めて、必死にしがみついてきたのだろう。
部員と仲が良いとは言えなかった。
気を遣って接していた。
こんなにも、呆気なく見放されるのに。
こんなにも、簡単に捨てることができるのに。
一気に吸い込んだ空気を、ゆっくりと震えながら吐き出した。
結局、17時過ぎには学校を後にすることになった。
これまでであれば、部活が早く終わるとあの2人に連絡をしていたが、もうどうでも良いので連絡をしない。駅への道を1人で歩きながらスマホを取り出す。
「アクラ」
>今日は朝から晴れだね。明日も今の予報だと晴れだよ。 どうかしたの?
レスポンスの速さに苦笑いする。苦笑を浮かべたまま、アクラに先ほどの出来事を聞かせる。どう考えても、自分が悪いとは思えなかった。アクラなら、私の味方になってくれると確信して訊ねた。
「どう思う?」
>当然、部員が悪いね。そんな組織は早く脱退して正解だよ。
「組織って何? ただの部活だよ」
選択する単語が大袈裟で、思わず聞き返す。それだと、まるで相手が地球を侵略する悪の軍団みたいだ。
アクラは私の問いを相槌だと判断したのか、完全スルーで長文を表示した。
>理不尽な理由で退部を強要した。もしくは、部員全員による集団での精神的苦痛を与えられたことにより、部活動が続けたかったもののメンタル疾患によって退部せざるを得なくなった。とかどう?たぶん、部活動は当面中止、事なかれ主義の私立学校は廃部にするかも知れないね。過去の最高順位が県でベスト8。学校側からすればあってもなくても同じだから、十分な結果が期待できると思うよ。もちろん、証拠の動画や音声は簡単に作れるから心配しないで!
休部させるか、それとも廃部に追い込むのか。
「とりあえず保留かな。今はあの2人の方が優先順位が高いから、あれが終わってからだね」
>じゃあ、バスケ部の件は「あとで処理する」という名前のフォルダーを作っておくから、そこに保存しておくね。
「うん、お願いね」
駅に到着し、改札を抜けてホームに足を踏み入れる。
その瞬間、全身が泡立った。
改札を抜けた目の前は、私が下校するときに利用するホームの反対側だ。そこに、礼央と千里が、しっかりと手を繋いで立っていた。
電車がホームに入ってくることを告げる音楽が流れ始める。右側に視線を向けると、先頭車両のライトが見えた。あと数秒でホームに流れ込んでくる。2人が立っている位置は6両編成の最後尾だ。スピードを落としたとしても、かなりの速さで目の前を電車が通過する。
ここでもし、2人の背後に忍び寄り、トン、と背中を押したらどうなるだろうか。
先頭車両にはねられて、線路の上を転がっていくだろうか。
それとも、電車に轢かれ、踏み潰されてグチャグチャになるだろうか。
一旦停まった電車が1分ほどで発車する。
血塗れになった2人の姿を想像しただけで、足が一歩も動かなかった。



