ならば憎まれ役になりましょう~傀儡皇帝との秘密の盟約~

 牢屋で無罪を主張していた元宰相は、娘のリンファがミンジュの排除に失敗したと知るや、態度を豹変させた。
 彼にも娘を思う情があったらしい。
『罪をすべて認める代わりに、リンファの命は助けてほしい』
 その中には、十二年前に平民の子どもを残忍に轢き殺した罪も含まれている。
 取引が成立し、彼は処刑された。
 リンファは尼寺へと送られた。そこで一生を過ごすことになるだろう。

 ヤンジンは『元宰相の悪政を正すため、後宮も刷新する』とのお触れを出した。
 皇太后を遠ざけ、後宮から出たい妃嬪たちには慰謝料を支払って実家へ帰した。
 タオシャンも本人の希望で後宮を去り、残ったのはミンジュただひとり。

 静かになった後宮の中庭を、ミンジュとヤンジンは肩を並べて歩いていた。
 ミンジュが初めて後宮を訪れた時に咲いていた蓮は花弁を散らし、今は花托に大きな種を宿している。

(ここでエニスを叱ったのよね)
 数カ月前を思い出して、ミンジュは苦笑した。
 無事に母国へ帰還したエニスは、名前を変え別人として具亜国王の養女になったところだという。
 
「わたし、後宮にいていいのでしょうか」
「いてもらわねば困る。そうでなければ、誰が俺の妻になるんだ」
「でも、わたしは元平民です」

 このままでは、平民出身の皇后が誕生してしまう。
 ミンジュは、本当にそれでいいのかと問うようにヤンジンを見つめる。
 その視線を榛色の瞳がしっかりと受け止めた。

「身分差を気にするなど、おまえらしくもない。知ってるか? 市井では、奇跡の逆転勝利と謳われてミンジュは人気者らしい」
 ミンジュの頬がかあっと熱くなる。
 皇帝の寵愛を勝ち取り悪い宰相親子を追い落とした元平民を、国民たちは英雄視しているのだ。
 誰がそんな噂を流したのか。
 涼しい顔をして根回しを欠かさないヤンジンのことだから、ミンジュの噂も意図的に流したのだろう。

「わたしがいなくても、陛下は宰相親子を排除できたのではないでしょうか」
「さあ、どうだろうな。今の俺にはミンジュが必要だ。裏表がなく大胆な行動で俺を支えてくれるミンジュに惚れ込んでいるのだから」
 ヤンジンの双眸が甘やかな熱を孕む。

「わたしも、平民に分け隔てのない陛下をお慕いしております」
「ふたりの時は名で呼んでくれと言ったはずだが?」
「はい、ヤンジン様」
 
 クスクス笑うふたりの影が重なる。
 それを祝福するかのように、赤く色づいた紅葉の葉が風に揺れていた。