これが普通の恋じゃないなんて、思ってもいなかった。〜家庭崩壊済みの彼女がヤンデレ化したら、俺が1番の被害者になった件〜

「なぁおい、あいつに何した?」
「⋯⋯えっとぉ。⋯⋯誰?」

 ちょうど結愛が席を外したとき、誰かが話しかけてきた。

「おいおい、もう名前忘れたのか?」

 俺はコクリとうなずく。

「まじかよ」

 誰かはやれやれというかのように、頭を抱えた。

「俺は東郷千鶴(とうごうちづる)だ。覚えとけ」
「⋯⋯あー」
 
 俺は目を細めながらそいつ、千鶴を見る。――覚えてねぇ。

「まぁいい。で、あいつはどうした?」
「あぁ、結愛? あいつは確か――」
「ちげぇよ。武蔵だ。武蔵稜峨(むさしのりょうが)

 うーん、誰だっけな。なんか聞いたことあるような⋯⋯。
 俺はあごを手に置きながら考えた。

「覚えてねぇのか?」
「えっと――」
「覚えてないに決まってるじゃん?」

 俺でも千鶴でもない声が、鼓膜を通過した。
 そこに響くは、すごく甘いような、冷酷なような声だった。

「だって、優磨くんの記憶は、私で埋め尽くされてるんだもん」

 渾身の笑顔でそう言う結愛。とても反応しづらい。

「ねぇ、千鶴くん、だっけ?」

 千鶴は、この世の終わりのような顔をしていた。

「ゆ、結愛、様⋯⋯」
「あぁ結愛、戻ったのか?」

 結愛は、俺に満面の笑みを向けたあと、千鶴にはそれとは真反対の表情を見せる。

「ねぇ、千鶴くん? 放課後、空いてる?」
「⋯⋯き、今日は、無理――」
「空いてるよね?」

 結愛は、すべてを圧迫するような声を放つ。

「⋯⋯空いてます」

 さすがの千鶴でも、結愛には負けた。

「だよねっ! よかった!」

 結愛はそう言って俺に視線を向ける。

「ぜーんぶ、私が()()、してあげるから」

 そう言いながら、結愛はウインクをした。


 ******


 放課後、千鶴は結愛につかまっていた。
 
「優磨くんは、先行ってて?」

 結愛は千鶴の腕をガシッと掴みながら、俺に言った。
 そのときの千鶴は、なぜか顔が赤くなっていた。相当痛いのか?
 
「おん」

 俺は短く返事だけして、家に帰る。
 

 家に着き、玄関を開けた。

「ただいまー」

 俺がそう言っても、返事はない。

「そうか。今日は俺だけか」

 結愛のいない下校は、かなり久しぶりだった。
 散らかっている靴もなければ、あの高い声も聞こえない。そんな帰宅が、不思議でならなかった。

「ふぅ」

 俺は自分の部屋で一息つき、ベッドに横たわった。


 ******


「優磨くんっ! ただいまー!」
「ん、あぁ。おかえり」

 今までなら、俺にこう言ってくる存在はなかった。だが、今は違う。

「ねぇ、私さ、優磨くん以外の男の子とたくさんしゃべっちゃった」

 結愛は、なぜかかしこまりながら言った。
 そんなにかしこまる必要を一切感じない。

「だからさ、()()()()、して?」
「お仕置きって、別に怒ってねぇよ」

 何を言ってるんだ、結愛は。俺にはわけがわからない。

「だめ! もっと怒ってよね! じゃないとお仕置き受けれないじゃんっ!」

 結愛は、なぜかお仕置きを受けたがってる。

「はぁ? そんなの、ない方がいいだろ?」
「じゃあ私がお仕置き、してあげるよっ!」

 結愛は満面の笑みで言う。それが逆に怖いのだが。

「お、お仕置き?」

 俺はゴクッと口の中のつばを飲み込む。ってか、なんで俺がお仕置きされるんだ?

「えーっと、よしっ、決めたっ!」

 結愛はそう言いながら、俺に抱きついてくる。

「今日から、ずーっと――だね!」
「え、お、おん⋯⋯」

 俺は、それを認めたくなかった。ただ、認めざるを得なかった。