これが普通の恋じゃないなんて、思ってもいなかった。〜家庭崩壊済みの彼女がヤンデレ化したら、俺が1番の被害者になった件〜

 次の日、あの2人は、学校にはいなかった。
 昨日までは元気だったはずなのに⋯⋯。

「はぁ〜」

 容疑者は、両手をピンと伸ばしながら、呑気にあくびをしている。

「な、なぁ結愛」
「ん? どうしたの?」

 俺が声をかけると、椅子から落ちるギリギリまで近づいてくる。ていうか、もうほぼ立ってる。

「ちょ、近いって――」

 結愛は、俺の言葉も聞かず、容赦なく近づいてくる。
 気づいたときには、唇が重なり合っていた。

 しばらく唇が重なり合ったまま、結愛に抱きしめられ、離れたくても離れられなかった。

「知ってる? こうやって、挨拶する国もあるんだよ?」
「知らない。けど、ここは日本」

 ようやく離してくれたかと思えば、いらない知識を語ってくる。

「で、どうかしたの? 私の愛しい優磨くんっ!」
「⋯⋯とりあえず、聞きたいことがあって」

 俺は、結愛の唇が触れていたところを拭った。

「なんで拭うの!? 私そんなに汚い!?」
「あ、ちが、そういうわけじゃ⋯⋯」
「よかった」

 下を向きながら、結愛はそう言った。そしてこう言う。
 
「――なら、もう1回やっても、いいよね?」

 結愛は首をかしげながら、可愛げのない、理性を失ったような顔で、近づいてくる。
 俺は、断れなかった。断りたくなかった。屋上での出来事が、脳裏に蘇る。⋯⋯俺はそのまま、結愛を受け入れた。

 結愛の唇は、心地の良いような、そんな温度だった。

「⋯⋯優磨くん、やっぱ大好きっ!」
「そう、か。はは⋯⋯」

 結愛が離れたあと、俺はすぐに気づいた。周囲の冷ややかな視線に。
 頭を抱えながら、やってしまった。と、反省する。

「ねぇ、優磨くん。私たち、いいカップル、だよね!」

 周りの視線を見てから言ってもらいたい。

「ま、まあ、な⋯⋯」

 俺は断れずに、仕方なくうなずいた。
 そんな俺の態度に、結愛は飛び跳ねる。

「やっぱり!」
「お、おん」

 俺は、結愛に聞きたいことをすっかり忘れていた。

「ねえ、優磨くん、耳、ちょうだい?」

 結愛は手招きしながら笑顔で言ってくる。

「おん」

 俺は短く返事をし、耳を預けた。

「いいこと、思いついたの」
「⋯⋯いいこと?」
「うん」

 結愛の吐く、温かい息が、直接耳に入り込んでくる。

「私が、ずーっと、見ててあげる。私の所有物(かれし)の、優磨くんを」
「⋯⋯? 見てるって、どういう――」
「そのまんまに、決まってるじゃん」

 俺の耳を、その言葉が通過したとき、背筋が凍った。
 結愛の笑顔には、底しれない何かが眠っていた。その目は、()()、だった。
 
「それじゃ足りない? じゃあ優磨くんの、すべてを、管理して――」
「もう、いいよ。わかったから」

 これ以上、聞きたくなかった。これ以上、愛情がエスカレートする、⋯⋯考えないでおこう。

「全部私に任せてくれれば、いいんだよ? ぜーんぶ、お世話してあげるから」

 俺は、背筋の冷たさを誤魔化すように、机に突っ伏した。
 このときまでも、結愛の視線を、常に感じていた。


 ******


 俺はガチャリ、とドアを開く。俺の前に、誰かが家に入る。
 誰かは、靴を乱暴に脱ぐと、急ぐようにリビングへ向かった。
 その靴を、俺がしれっと直す。それが、いつしか当たり前になっていた。
 
「おかえり。優磨と、結愛ちゃん」

 家に帰ると、母が1人、キッチンで立っていた。トントントン、という音を響かせている。

「ただいまー! 今日の夜ご飯は!?」

 ドタドタと、足音を立てながら、キッチンへ向かう結愛。俺にはそれが、未だに新鮮でならなかった。

「そっか。いる、のか」

 まだ慣れないこの日常。学校のアイドルが、――結愛が、こんなところにいるなんて、()()()では、見当すらつかないことだった。
 あの日、結愛を迎えた、あの日。あれは、何時(いつ)だっただろうか――。