これが普通の恋じゃないなんて、思ってもいなかった。〜家庭崩壊済みの彼女がヤンデレ化したら、俺が1番の被害者になった件〜

 教室に戻るまで、数多(あまた)の壁が訪れた。

「私の優磨くんに触れないで。邪魔」

 廊下を少し進むたびに現れる、生徒の壁。うるさい壁。

「結愛様ー!」
「まさか、結愛様を取られた!?」

 結愛は、そんなやつらにも、一瞥し、暴言をぶつける。
 
「どけ。邪魔」

 結愛のそんな冷たい返事に対しても、そのままの意味で捉えないやつもいるようで――。

「きゃー! 結愛様に返事をされた!?」

 まるで推し活だな。確か噂では、ファンクラブまであるとか。

「優磨くん、私、暴れちゃっていい?」

 その声に、冗談はまったく感じられない。この目、ガチなやつだ。
 さすがの俺でも、簡単には了承できなかった。

「暴れるって、どう?」
「ん? その名の通り、だよ? 詳しくいうとね――」
「いい。とりあえず、暴れないことを強く勧める」

 多分、結愛が暴れたとき、この廊下は、しんみりする。信者たちが、一瞬で亡き者にされる。

「優磨くんがそう言うなら、そうする」

 よかった。止まってくれた。
 
「邪魔。どけ。クズどもが」

 なぜだろう。いつもより、結愛の言葉が鋭い。

「結愛様! わかりました!」

 結愛がそう言うと、壁たちは一斉に両壁へ避けた。まるで、部下を大量に引き連れた女王のようだった。

「優磨くん、これで通りやすくなったね?」
「⋯⋯そう、だね」

 結愛は俺の手を握りながら、ズカズカと歩き始めた。

「なんで優磨なんだよ」

 教室までもう少し、というところで、そんな言葉がした。
 もちろんその言葉に、結愛が反応しないわけなかった。

「お前、今なんつった?」

 おそらく、軽い気持ちでそうつぶやいたのだろう。
 俺でも、こんなことになるとは思っていなかった。

 その生徒、西宮昭仁(にしみやあきと)は、胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。

「あ、いや、な、なんでも⋯⋯」
「あぁ? 嘘つくんじゃねぇ」

 その声は冷酷で、残酷だった。胸ぐらを掴む手に力が入ると同時に、俺の手を握る力も強くなる。

「そこ! 何してるの!」

 先生だ。廊下の端から、主任の声がする。

「チッ。あいつか」

 結愛はそう吐き捨てると、胸ぐらを掴んでいた手を離す。

「放課後、校舎裏。来いよ?」

 結愛のその声は、誰をも脅かすほどだった。
 その生徒は、返事をする余力すら、削ぎ落とされているほどになってた。

「⋯⋯ごめん」

 俺は生徒に向けて、結愛の代わりに、そう言った。

「優磨くんが謝る必要は、ないんだよ? 全部そいつが悪いんだもん」
「⋯⋯あ、あぁ」

 俺も、そんな結愛を見るのは初めてだった。こんな、暴力的な結愛を。

「優磨くんに近づく人間は、みーんな、()()、してあげるから」

 結愛は、明るい声で、とんでもないことを言う。

「結愛、そこまでしなくても⋯⋯いいじゃないか」

 俺がそう言うと、結愛の周りは暗く、重たい雰囲気に彩られた。
 まずいことを言ったな。さすがに謝るか。
 
「ごめ⋯⋯」
「もう、失いたく、ないから」

 結愛は、俺の言葉を遮ってまで言った。そう言って、俺の胸に顔を埋めてくる。
 小さな声でつぶやいていた。まるで、蚊の鳴き声のように。

「失うって――」

 俺の言葉は、途切れた。いや、途切れざるを得なかった。
 結愛は、どこか遠くを眺めていた。それも、憎しみを訴えるような、そんな目で。

「もう、1人に、なりたくない。1人が――」

 結愛はそこで、言葉を切った。もう一度、俺の胸に顔を埋めた。そして、小さくつぶやく。

「――()()

 結愛は、どこか寂しさを覚えるような空気をまとっていた。
 そんな結愛を、俺は静かに受け入れた。

 周りの空気など、一切気にしなかった。それが、俺の日常を壊すことになるなんて、このときの俺には、わからないことだった。