これが普通の恋じゃないなんて、思ってもいなかった。〜家庭崩壊済みの彼女がヤンデレ化したら、俺が1番の被害者になった件〜

「黙想――」

 体育館のスピーカーからは、無機質な声が流れる。
 俺も少し頭を下げ、まぶたを閉めた。あたりには、時計の秒針の音だけが響く。

 事件の次の次の日ぐらい。すぐに休校ではなくなった。完全普通日課で過ごす。
 この黙想は、いなくなった2人へ、思いを届けるためだとか。意味があるのか⋯⋯微妙。

「黙想、やめ」

 しばらくの黙想の後、ようやく終わった。黙祷ではなく、黙想だった。

「これマジなんの意味があんの?」
「それなー! 本当無意味すぎる〜」
「意味ないんちゃう〜?」

 周りからは、少しギャルっぽいような会話が聞こえる。ここは体育館だってのに。

「ふふんっ!」

 突然聞こえたその笑い声とともに、俺の耳に指が突っ込まれた。

「結愛、何すんだ」

 目の前には、満面の笑顔で見つめてくる結愛がいた。

「⋯⋯」

 結愛は何か言っているようだが、まったく聞こえない。ただ、口をパクパクさせているだけにしか、見えない。

「聞こえないから。離して」

 俺がそう言うと、結愛は口を尖らせた。
 結愛は、なぜか口を尖らせたまま、何かを思いついたかのように、目を丸くする。
 そして結愛は、ニコッと微笑みながら、俺の顔に近づいてくる。

「ん♡」

 結愛は、俺の唇を奪い、強引に唇同士を重ね合わされた。
 ――どうしよう、少し、慣れてしまっている自分がいるのは、気のせいだろうか⋯⋯。

「ん〜! やっぱ、優磨くんのは、気持ちいいねっ!」

 唇と同時に、俺の耳から、結愛の指が離れていた。

「気持ちいいって、なわけねえ」
「ふ〜ん?」

 結愛は、俺を見下すかのように見つめてくる。くっそ、俺の方が背は高い、はずなのに⋯⋯。

「じゃあ、もう1回、試してあげるよ?」

 と、期待を込めたような顔で俺を見てくる。

「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」

 俺と結愛の間で、かなり長い沈黙が、通り過ぎた。冷たいような、温かいような、微妙な温度が2人の肌に触れる。

「⋯⋯もう、ずるいなぁ!」

 結愛は、俺のすぐ近くまで走ってきた。そして俺の胸に顔を埋める。

「優磨くんは、私がもらってあげる⋯⋯!」

 ⋯⋯いや、怖いんですが!? もらってあげるって、え?
 結愛は俺を見上げるような目で見てくる。そんな目で見ても、無駄ですよ?

「それでは各自、教室に戻ってください」

 またしてもスピーカーから、無機質な音が流れた。

「さ、ほら、行こ?」

 俺の手は奪われ、指同士を絡めるように繋いでくる。

「ねぇ、やっぱさ、あそこ、デキてるよね⋯⋯?」

 周りのやつらのヒソヒソ声が、俺の耳に大音量で流れてくる。なんでこんな地獄耳になってしまったのか⋯⋯。

「それな。多分デキてる。あの子、可哀想」
「絶対なんか弱み握られて、あんな感じになってるよね⋯⋯? ほんと可哀想。あんなクソ陰キャと」

 耳が痛い。聞いてるだけで、俺のメンタルがゴリゴリ削られてゆくような気がする。誤解のはず、なのに。


 ******


「ただいまー!」
「ただいま」

 俺は家の扉を開けながら言った。
 いつもの、靴を揃えて、リビングに上がる。

「あれー? 誰もいないの?」
「⋯⋯そう、みたいだね」

 いつもなら、この時間は母親がいるはず⋯⋯。

「まぁ、なんか買い物でも行ってるんじゃねぇのか?」

 そう言っても、しょぼんとしている結愛。俺も、元気付けるために言ったが、自信はない。

「⋯⋯私には、優磨くんしか、いなくなっちゃう⋯⋯」

 結愛は、しょぼんとしながら言った⋯⋯。
 え? そもそも⋯⋯まぁいいや。

『ピンポーン』

 そのとき、突然インターホンが鳴った。

「はーい! 誰だろうっ?」

 結愛は、なぜか元気を取り戻し、飛び出ていこうとしている。
 不審な人かもしれないのでは?