深夜帯を避けたところで、未成年の自分が利用できるネットカフェやカラオケは限られていた。それでも、夜をやり過ごせる場所は必要だった。ほかに方法が思い浮かばないまま、ポケットから油性ペンを取り出し、学生手帳を開く。しばらく生年月日の欄を見つめたあと、意を決して数字をなぞり直した。インクが乾く頃には、そこには本当の年齢ではない数字が並んでいた。
あとは、それを信じてもらえればいいだけだった。わずかなためらいは確かにあったが、それでも、その感情ごと学生手帳を閉じ、ポケットへ押し込んだ。
佐伯が教えてくれたネットカフェは、もう使えない。店員に顔を覚えられてしまったはずだ。だから、別の場所を探すしかなかった。
当てもなく歩きながら、営業時間の看板を一つずつ眺める。終電を逃した会社員や大学生が行き交う中、私服姿の自分だけが場違いに思えた。
ようやく見つけたのは、駅から少し離れた雑居ビルの三階にあるネットカフェだった。階段を上る足取りは自然と重くなる。ポケットの中では、書き換えた学生手帳の角が指先に触れていた。
受付の前に立つと、店員が事務的な笑顔を向ける。
「会員証はお持ちですか」
首を横に振ると、申込用紙と一緒に身分証の提示を求められた。
心臓が嫌になるほど脈打つ。逃げるなら今だ、という声が頭のどこかで響く。それでも、ポケットから学生手帳を取り出し、何食わぬ顔でカウンターへ差し出した。
それからは簡単だった。数日泊まれば次の店へ移り、また数日経てば別の店を探す。その繰り返しだった。
繁華街には、夜を明かせる場所はいくつもあった。一軒に長く居続けなければ、不審に思われることもない。そう自分に言い聞かせながら、知らない街へ足を伸ばしては時間をやり過ごした。
家を出てから一か月が経つ頃には、どの店も似たような景色に見えるようになっていた。受付の明かり、狭い個室、空調の音。朝になれば店を出て、人通りが増えるまで適当な場所を歩く。眠気も空腹も、いつしか時計を見るように淡々と受け流すようになっていた。
最初の頃に感じていた後ろめたさや緊張は、日を追うごとに薄れていく。それが慣れなのか、感覚が麻痺しているだけなのか、自分でもわからなかった。ただ一つ確かなのは、「今日を乗り切ること」だけを考える生活が、少しずつ当たり前になっていたということだった。
しかし、持ち合わせにも限界があった。どれだけ切り詰めても、泊まるたびに金は減っていく。食事を抜き、飲み物だけで空腹をごまかしても、その流れだけは変えられなかった。
財布の中身を数える回数が増えるにつれ、残りの日数まで計算する癖がついた。このままでは、遠くないうちに金が尽きる。その事実だけが、日に日に重くのしかかってくる。
街を離れよう。そう決心し、駅に辿り着いた時だった。
「……お前」
低く押し殺した声に足を止める。振り向くと、駅前から少し外れた路地裏の暗がりに、一人の男が立っていた。街灯の光が横顔を照らした瞬間、その顔に見覚えがあることに気づく。
佐伯だった。
無精ひげは以前より伸び、疲れ切ったような表情を浮かべている。それでも、その目だけはまっすぐこちらを見据えていた。
あとは、それを信じてもらえればいいだけだった。わずかなためらいは確かにあったが、それでも、その感情ごと学生手帳を閉じ、ポケットへ押し込んだ。
佐伯が教えてくれたネットカフェは、もう使えない。店員に顔を覚えられてしまったはずだ。だから、別の場所を探すしかなかった。
当てもなく歩きながら、営業時間の看板を一つずつ眺める。終電を逃した会社員や大学生が行き交う中、私服姿の自分だけが場違いに思えた。
ようやく見つけたのは、駅から少し離れた雑居ビルの三階にあるネットカフェだった。階段を上る足取りは自然と重くなる。ポケットの中では、書き換えた学生手帳の角が指先に触れていた。
受付の前に立つと、店員が事務的な笑顔を向ける。
「会員証はお持ちですか」
首を横に振ると、申込用紙と一緒に身分証の提示を求められた。
心臓が嫌になるほど脈打つ。逃げるなら今だ、という声が頭のどこかで響く。それでも、ポケットから学生手帳を取り出し、何食わぬ顔でカウンターへ差し出した。
それからは簡単だった。数日泊まれば次の店へ移り、また数日経てば別の店を探す。その繰り返しだった。
繁華街には、夜を明かせる場所はいくつもあった。一軒に長く居続けなければ、不審に思われることもない。そう自分に言い聞かせながら、知らない街へ足を伸ばしては時間をやり過ごした。
家を出てから一か月が経つ頃には、どの店も似たような景色に見えるようになっていた。受付の明かり、狭い個室、空調の音。朝になれば店を出て、人通りが増えるまで適当な場所を歩く。眠気も空腹も、いつしか時計を見るように淡々と受け流すようになっていた。
最初の頃に感じていた後ろめたさや緊張は、日を追うごとに薄れていく。それが慣れなのか、感覚が麻痺しているだけなのか、自分でもわからなかった。ただ一つ確かなのは、「今日を乗り切ること」だけを考える生活が、少しずつ当たり前になっていたということだった。
しかし、持ち合わせにも限界があった。どれだけ切り詰めても、泊まるたびに金は減っていく。食事を抜き、飲み物だけで空腹をごまかしても、その流れだけは変えられなかった。
財布の中身を数える回数が増えるにつれ、残りの日数まで計算する癖がついた。このままでは、遠くないうちに金が尽きる。その事実だけが、日に日に重くのしかかってくる。
街を離れよう。そう決心し、駅に辿り着いた時だった。
「……お前」
低く押し殺した声に足を止める。振り向くと、駅前から少し外れた路地裏の暗がりに、一人の男が立っていた。街灯の光が横顔を照らした瞬間、その顔に見覚えがあることに気づく。
佐伯だった。
無精ひげは以前より伸び、疲れ切ったような表情を浮かべている。それでも、その目だけはまっすぐこちらを見据えていた。



