17歳、住所不定。

 「お腹が空いた」と少年が言うので、コンビニまで行って何か買ってこようかと提案したが、手持ちが少ないからと、申し訳なさそうにそう言って、首を横に振る。
「じゃあ、私がおごってあげる」
「いや、悪いから」
「悪くないよ。私も朝ごはん、まだだし」
 とっさについた小さな嘘だった。本当は家で食べてきたのに、なぜそんなことを言ったのか、自分でもよくわからない。少年は少し迷ったあと、「……ありがとう」と呟いた。
 自動ドアが開く音と一緒に、コンビニ特有の涼しい空気が流れてくる。棚には色とりどりのおにぎりやサンドイッチが並び、レジ横のホットスナックからは香ばしい匂いが漂っていた。
「好きなの選んで」
 促しても、少年は中々手を伸ばさない。棚に並ぶ商品を眺めては、値札と何度も見比べ、選んだのは一番安いおにぎりだった。
「それだけ?」
「……十分だから」
 同い年くらいに見えるのに、妙に大人びた言い方をする。私は何も言わず、鮭のおにぎりと玉子サンド、それから温かいコーンスープを買い物かごへ入れた。少年が「そんなに」と慌てた声を上げた。
「半分は私の分」
 少年はまだ納得していないような顔をした。買い物かごの中を気にするように視線を落とし、そのたびに何か言いたそうに口を開きかける。でも、結局何も言わず、少し離れたところから、私の後ろについてレジまで歩いてくる。その姿が、警戒しながらもついてくる小動物みたいで、少しだけおかしかった。
「そんなに気にしなくてもいいのに」
 思わずそう漏らすと、少年は聞こえたのか聞こえなかったのか、わずかに顔を上げるだけだった。
 橋に戻ると、草の生えた斜面に腰を下ろして、同じ具のおにぎりを食べながら川を眺めた。少年は驚くほど豪快な食べっぷりだった。おにぎりが一つなくなるたび、ためらうことなく袋へ手を伸ばした。次のおにぎりを掴みかけたところで、ようやく私の存在に気づいたらしい。
 「あっ」と小さく声を漏らし、おにぎりを持ったまま固まり、ばつが悪そうに私と目を合わせた。
「全部食べていいよ。私もうお腹いっぱいだから」
 少年は私の顔とおにぎりを交互に見比べた。
「……ほんと?」
「うん。本当」
 一瞬だけためらうような素振りを見せた。しかし次の瞬間には堰を切ったようにおにぎりへかぶりつく。頬いっぱいに米を詰め込み、まだ飲み込みきらないうちから次のおにぎりへと手を伸ばした。まるで空腹そのものに取りつかれたように、食べ続ける。袋の中身は、見る間に減っていった。
 私は少年が寝ていたコンクリートに目を向ける。そこには薄汚れた段ボールが一枚、敷かれているだけだった。毛布も、荷物らしいものもない。ここで夜を過ごしているのだとしたら、あまりにも寂しい場所だった。隣では、包み紙の擦れる音だけが規則正しく響いていた。
 いったい、どれくらい何も食べていなかったのだろう。そんな疑問が浮かんだが、すぐには聞けなかった。今の少年に必要なのは、理由を尋ねることではなく、目の前にある食べ物を安心して食べられる時間なのだと思った。
 橋の上を車が通りすぎるたび、低い振動が頭上から降ってくる。川は何事も無いように流れ続け、日の光を受けて緩やかに煌めいていた。やがて袋の中は、空になった。
「お腹、空いてたんだね」
 かけられた声に、少年はっと顔を上げる。図星を突かれたような顔だった。自分でも驚くほど夢中になっていたらしい。少し気まずそうに視線をそらし、握っていた袋を名残惜しそうに、それでも丁寧に畳んだ。その指先は、触れれば壊れてしまいそうなほど綺麗で、そんな些細な仕草にさえ、どうしようもなく惹きつけられていた。
「……ごめん」
「謝ることじゃないよ。食べてほしくて買ったんだから」
「……ありがとう」
 沈黙が落ちる。このまま「それじゃ」と立ち去ってしまえば、それで終わりだ。もう二度と会えない。それだけは、どうしても嫌だった。
「あの……名前、聞いてもいい?」
 咄嗟に出た私の言葉に、少年はすぐには答えなかった。迷っているように見えた。まるで、言わなくても知っているんじゃないかと確かめるような目で視線を合わせてくる。数秒の沈黙のあと、少年は観念したように肩の力を抜く。
「……雄二」
「雄二か、いい名前だね」
「この名前、嫌いなんだよね」
 思わず聞き返そうとしたが、雄二はそれ以上何も言わなかった。ただ、自分の名前を口の中で転がすように、小さくつぶやく。
「……好きになれないんだ」
 雄二の声音には、簡単には話せない過去が滲んでいるようだった。
 突如、制服のスカートを翻しそうなほどの強い風が吹き抜けた。慌てて裾を押さえると、髪まで乱されて視界が一瞬白くなる。顔にかかった髪を手で払いながら、隣を見ると、少年は、そんな私の慌てた様子をじっと見ていた。さっきまで必死におにぎりを頬張っていた姿とは別人のように静かだった。
「……なに?」
「いや、学校に行かなくていいのかなって」
「今日は自習だったから、別に行ってもやることなかったんだよ」
 また一つ、小さな噓をついた。