17歳、住所不定。

 公園のベンチには先客がいて、次の公園には酔っ払いがいて、その次は風貌の悪い男たちがたむろしていた。腰を下ろせる場所すら見つからず、歩き続けるしかなかった。
 改札を出た先にネットカフェの看板あり、ひとまずはそこで眠ろうと店に入った。受付へ向かい、利用の手続きをしようするも、「身分証を確認できますか?」と淡々とした店員の言葉に、僕は黙り込んだ。ポケットの中に手を突っ込み、指先で薄い財布の感触を確かめた。中には数枚の札と学生手帳が入っている。店員はそれを受け取り、写真と名前を確認する。そして、ほんの少しだけ表情を曇らせると、申し訳なさそうに学生手帳を返してきた。
「すみません。当店は深夜時間帯のご利用が十八歳以上の方のみになっていまして」
 責めているわけではない。ただ店の決まりを伝えているだけだ。それが分かるからこそ、僕はそれ以上食い下がれずに「分かりました」とだけ言って重い足を引きずるように店を出た。
 カラオケもビジネスホテルも近くにはあった。けれど、どこも同じだった。お金がないわけじゃない。ただ、年齢という数字だけで、入れる場所と入れない場所が分けられていた。
 財布の中の札を握りしめる。使う場所すら見つからない金なんて、持っていても意味がないように思えたのだ。
 結局、朝が来るまで歩くしかなかった。
 初めて訪れた街の明かりは、夜が深くなるほど遠いものに感じられた。もし誰かに「大丈夫?」と声をかけられたら、あるいは警察に呼び止められたら、僕は何と答えればいいのか。
 携帯の画面を確認する。まだ夜中の二時だった。朝まで、あと何時間あるのか考えるだけで気が遠くなる。
 足はもう痛かった。歩き始めた頃は、夜の暑さから逃れるために動いていた。けれど、時間が経つにつれて夜風が少しずつ心地よく感じられるようになり、気づけば暑さを忘れるほど疲労が身体に溜まっていた。今はもう、暑さから逃げるためでも、何かを紛らわせるためでもない。ただ、立ち止まる場所がないから歩いているだけだった。
「……お腹すいたな」
 思わず口からこぼれた。空腹を意識した途端、急に身体に力が入らなくなった。最後に何かを食べたのがいつだったのか、もう曖昧だった。
 コンビニの明かりを見つけたのは偶然だった。暗闇の中で浮かぶ白い光は、まるでそこだけ別の世界のようだった。自動ドアが開くたびに漏れる冷気に引き寄せられるように、僕の足は自然とそちらへ向かっていた。店内に入った瞬間、冷房の風が汗ばんだ肌を撫でた。
「……涼しい」
 中年男性の店員がちらりとこちらを見る。だが興味なさそうに「いらっしゃいませ」とだけ言うと、すぐにレジへ視線を戻した。その反応に安堵した。棚の前で立ち止まり、しばらく商品を見つめる。弁当は買っても座って食べれる場所はなさそうだし、カップヌードルはそもそもお湯を入れる場所がない。普段なら何気なく選んでいるはずの食事が、小さな問題の積み重ねになっていた。食べたいものではなく、今の自分が食べられるものを探している。そんなことに気づいて、少しだけ惨めな気持ちになった。
 結局、手に取ったのは幾つかの菓子パンとおにぎり、数本のペットボトルの水。それと油性ペンだった。会計を済ませて、商品の詰まった袋を受け取ると、軽く会釈を返して、すぐに出口へ向かった。
 別に、何か悪いことをしたわけじゃないのに、小走りでその場から離れて、物陰に膝を抱えるようにしてしゃがみ込む。自分の物なのに、カラスがゴミを漁るように、周囲を気にしながら袋の中身を確認している自分がいた。
 袋から菓子パンを取り出す。包装を開ける音が、夜の静けさの中で妙に大きく響いた。一口齧る。甘さが口に広がる。それだけだった。特別おいしいわけでもない。今度はペットボトルを取り出してキャップを開ける。冷たい水が喉を通る。
 それだけのことなのに、帰りたくなった。
 菓子パンをもう一口齧る。乾燥した口内を水で潤す。また齧る。また潤す。そして、また一口齧った時、パキッと欠けるような音と共に、口の中に硬い感触が転がった。反射的に吐き出すと、掌の上に小さな白い欠片が落ちた。舌で左奥歯を確かめる。
 あの時のものだ。頬に大きな掌が振り下ろされ、視界が揺れて、口の中に鉄の味が広がった。その衝撃で欠けた歯だと、僕は悟った。