好きな人の、その隣で  〜片想い同盟〜

牡丹高等学校2年、葵雫(あおい しずく)は全速力で走っている。

(こんな事になるなら昨日ゲームしなかったら良かったぁぁ)

今日は牡丹高等学校、恒例行事月に一回の宿泊学習♡レク、ご飯作り、しかも最終消灯時間が夜の12時。牡丹学校は敷地が大きいため、近くに住宅がないのではしゃぎ放題!みんながこのイベントを好きな理由はもう一つあり、カップルが出来やすい!
1年生は第2土曜日と日曜日。2、3年生は第3土曜日と日曜日に行われる。

(そして高二になって初めての宿泊学習。絶対に源くんに告るんだから!)

源伊月(みなもと いつき)くんとは1年の時から想いを寄せている、超モテモテ男子だ。

ただ、今はそれどころではなく…
キーンコーンカーンコーン、廊下を全力疾走中の雫の耳に虚しく、チャイムがなる。

この学校は、2年が4階、3年が3階なのだ。1階が職員室と1年の教室がある。2階には何があるのかと言うと、宿泊学習用の階なのだ。ちなみに別館Aが特別棟、別館Bが部活棟になる。1番大変なのは、2年生と言う事になるのだ。なので、よほどの事がない限り4階まで走ってくる人はいないだろう。幸い、雫は陸上部と美術部を兼部しているため、運動神経には自信があった。

(遅刻したら私の花盛りに泥を塗る事になるぅぅ)

階段を上り切り、そのまま左に曲がる。
やっとのことで、4階の2年B組が見えてきた。

(よくよく考えると4階まで全力疾走してるバカは私だけじゃん!先生いないといいなぁ…)
ぴょんぴょん跳ねてるであろう髪の毛を押さえ付けながら、思いっ切り教室のドアを横に引く。

「おっ、おはようございます!」

先生がいると予想して自然と声が大きくなる。その声は静かに教室のはしゃぎ声によってかき消された。先生はまだ来てないようだった。

(え?先生が来てないのは良かったんだけど、ちょっとぐらい私の挨拶気にしてくれても良くない?)

せっかく大きな声出したのにと思えば思うほど苛立ちが増してくる。
思わず疲れと緊張でその場に座り込む。こんなところに座り込んで迷惑かとも思ったが、疲れが優先されてしまう。

そうすると真上から。

「おはよう。雫ちゃん。今日に限って寝坊しちゃったの?まだ先生来てないよ。」

物腰柔らかな天使のような声が、座り込んでいる雫の目の前の机に座る少女に話しかけられる。
雫の大親友、超絶美少女神崎朱音(かんざき あかね)。一見「しゅおん」と読んでしまいがちだが、「あかね」と読む。雫も初対面の時「しゅおんちゃん」と読んでしまった。突然現れた親友の登場により、安堵する。

「おはよ〜。ねぇ聞いてよ、昨日ね。ちょうどキリが悪くてずっとゲームしてたら12時でさぁー朝起きたら8時で飛んで来たよー」

苦笑いをしながら同情したようなまなざしを浮かべ雫の話を聞いてくれる親友の姿は誰が見ても美しいと言うだろう。その美しさに少し嫉妬してしまい、少々嫌な事を想像してしまう。

(源くんの好きな人って、あかねっていう噂流れてたもんね。しかもあかねの好きな人も源くんって言う噂あるしぃ。2人が結ばれたら、美男美女じゃん!)

雫は好きな人が誰かを伝えたことはあるが、朱音は恋バナになるといつも「私はいないなぁ」と言うので、男女問わず好きな人の推測が進められているらしい。
十分あるのだ。朱音の好きな人が伊月という可能性も。

そう考え事をしていると、今まではしゃいでいた人たちがぞろぞろと席について行く。何事かと思い、雫が上を見上げると同時に、「雫ちゃん早く席着いて!」と朱音が悲鳴混じりにいう。見上げた先にはなんとも言えぬ顔の先生がいた。ただ、疲れ果てて座り込んでいる雫は一瞬のうちに動けるはずもなく、先生を前にして座り込んでいる状態になってしまう。雫は苦笑いを浮かべた。

(ちょっとやばいかも)

すると焦りで口が自然と動く。

「あ、先生。おはよーございます。今日はいいお天気ですね⁉︎イケメン大量発生しちゃったりして⁉︎あははは…」

途中から変なことを言い出して、挙げ句の果てに最後は願望を言うと言う。さすがに雫等本人も固まってしまったが、先生いや、生徒達も固まってしまう。

(やばいどころじゃなくなった…)

3秒の沈黙の後…。
いきなり大きな声が上がる。

「アハハ。超笑えんじゃん!バカなの?先生に『イケメン大量発生しちゃったり』って」

1人が言い出した。ただいつもならバカと言われて怒るところだが、先生の目の前で反論できるすべもなく余計に固まってしまった。ただバカと言ってきたのが誰かと気になり、教室中をグルリと見渡す。1人机に突っ伏して笑ってる奴がいる。

隠遁翠(いんとん すい)だ。

(翠が犯人説濃厚だぁー!て言うかそうでしょ!)

ただ彼以外にもクラスメート全員が笑いをこらえようと頑張っていた。そうしてついに笑いがこらえられなくなったのかクラスの男子が「アハハ」と笑いこけ、女子でさえも声を抑えながら笑っていた。

(源くんとあかねまで笑ってるじゃんかぁぁ〜)

そちらにばかり気を取られ、気づくと今までずっと黙っていた先生が口を開く。思わず、雫は身構える
その瞬間クラス全員のつばを飲み込む音が聞こえた。朝晩逆転したように静かになる。

「シズク座ろっか。」

あっさりとした言葉は意外にもあっけない。静かに一言言われるのが、ここまで怖い事だったのだと実感させられる。雫の担任の先生森暁美(もり あけみ)は、美女だがその美しさ今では逆に怖い。

(怖い何を考えてるのかわからない。)

もう雫は頷くしか出来ない。早く座りたくて思いっ切り足を動かそうとするが動けずに固まってしまう。
思わず涙が溢れる。

(別に対して泣く場面じゃないのに…。)

涙目になったので、下を向く。対して怖いことでもないのだが、かなり、いや十分に恥ずかしい。好きな人に変な事を言ったのを聞かれ、かつ笑われた恥ずかしさは強かった。
先生は何かを感じたのか、

「ほら。シズクが固まっちゃてるよ?友達なんだから席まで行くの手伝いなぁー」

(先生。逆に迷惑です…)

けれど先生の発言を人任せだと思ったのか、クラスからブーイングの嵐が巻き起こる。

「人任せにするなぁー」

「先生が仲良く連れて行ったらいいじゃん!」

先生は苦笑いを浮かべながら「お前達の友情はそんなものなのかぁー」と真面目な返答をしている。

(別に先生には連れてってほしいとは思ってないけどぉー)

すると誰かが先生の横を素通りし、雫の目の前に立ち止まる。手が雫の目の前に降りてきた。

(涙で見えないけど、源くんよね!)

雫は信じて疑わず、その手を取り立ち上がる。涙をぬぐみ歩き出そうとすると思わず、肩にかけていたスクバを落としてしまう。
「ドサっ」ニブイ音の後に思わず、雫は悲鳴をあげる。

「だ、誰ですかぁー⁉︎って翠じゃん!何、何を企んでるのぉー?私のこと手伝ってくれるなんて、怪しい。」

1人で百面相をしながら言い放つ。翠はそんなことを言われるのは心外だったらしく、目をがんびらきさせていた。4秒後、ようやく意味がわかったらしく、眉毛が上に吊り上がる。

「お前なぁ、手伝ってやってる奴にそんなこと言う?普通。」

悪いのは雫だが思わず言い返してしまう。

「で、でもぉー。怪しいじゃん!」

そうして言い争いになって行った。
2人の間に火花が散り始めた頃、不意に先生が口を開く。

「ほらー、もうSHR終わっちゃうじゃん!2人ともー席付けー」

2人はここでいい争いをしてても意味がないと、おとなしく席に着く。

(完全に先生の事忘れてたから、びびったー)

キーンコーンカーンコーン

「SHR終わりー」

先生の言葉が脳に染み付く。