この国の帝であり、唯一エルフの血を引く者。
長い髪は金糸のようであり瞳の色は深い碧色。まさにその名に相応しい。
「エメラルド様。」
十八歳になったマリンは、初めて後宮に入り、深々と頭を垂れた。
エメラルドの隣に立ち尽くしていた黒髪黒い瞳の男性が、紹介する。
「こちら、マリン様です。生まれつき金色の髪と碧色の瞳を持った、エメラルド様に相応
しい容姿の女性です。」
肩肘を突きながら、右手には赤ワインの入ったグラスをゆらし、エメラルドは淡々と言
う。
「単刀直入に言う。一ヵ月だけ、形式上の妃になってほしい。その際、恋愛感情を持ち込
むのは禁止だ。」
人間というものは、恋だの愛だのにやたらと重きを置く。
理屈より感情、役割より心。
"形式だけ"と言われて、割り切れるはずがない――とエメラルドは思い込んでいた。
しかし、マリンの返答は彼にとって想定外のものだった。
「良かった・・・恋愛禁止なら、安心しました。」
と。
エメラルドは大きく瞳を見開く。
「御用件がそれだけなら、私は自室に向かいたいと思います。」
「マリン様の部屋は、東の外れにご用意致しております。私の後にお続き下さい。」
とアーロンが丁寧に返すと、マリンは再びエメラルドに深く一礼した。
マリンは、自分の部屋に侍女達を集めた。
「あのぅ。私達、何か失礼なことをマリン様にしてしまったのでしょうか。」
と皆、侍女達は気まずそうにしている。
マリンはにっこりと微笑んだ。
「歌かいをしようと思いまして。では、私から。」
たんぽぽの
あたたかき色
胸に満ち
育ちし家を
そっと思い出す
思わずぼーっとしてしまう侍女達。
「ほら、次は右端の貴方から。」
と扇で指名された侍女は飛び上がる。
「申し訳ありません!私は恥ずかしながらマリン様のような教養は持ち合わせていないの
でございます。」
「あら。歌は自由に歌うものよ。」
そこに、黒猫が「にゃーん。」という鳴き声と共に、現れた。
黒い猫
愛らしい声
野山こえて
きっと届くよ
私のふるさと
「マリンは部屋で侍女達を集め何をやっているのだ?逃亡を企てているのか?」
「そのようなことは決してございません。歌かいを開いているだけかと思われます。」
「歌かい?」
不審に思ったエメラルドは、ある日マリンの部屋を訪れた。侍女と黒猫と一緒に笑い合
うマリンの姿がそこにあった。
「エメラルド様!お部屋に来て下さるなんて、珍しい。何か御用ですか?」
「歌かいならぬものを開いていると聞いた。」
「はい。・・・いけませんでしたか?」
「どのような歌を詠んでいた?」
うーんと考えて、マリンは口を開いた。
共にある
けれど求めず
愛のかたち
私は私
ただ道をゆく
「どうです?エメラルド様。私の心境を表してみました。」
「マリン様、」
侍女の一人がこそっとマリンの耳元で囁く。
「エメラルド様は和歌には興味をお持ちでありません。」
「あら。そうでしたか。」
耳に入っていたのか否か、コホンと咳払いするエメラルド。
「・・・歌を詠むのが楽しいか。」
「はい。それはとても。」
たったひと
月をともにす
る仲でも
心はいつも
故郷にありぬ
「アーロン!マリンの素性を今すぐ調べろ。既に恋仲を持っているのかもしれない。」
アーロンは、困ったように眉根を寄せる。
「エメラルド様の妃に選ばれるのは、純潔の少女ばかり。それはエメラルド様も重々ご承
知のはず。彼女も一ヵ月後には、修道院送りですよ。何故マリン様にばかり目くじらを
立てるのですか。良いではないですか。和歌を詠むくらい。妃として、契約に背く行い
は何もしていませんよ、マリン様は。」
マリンは無邪気に猫の姿と化したアーロンと戯れる。
「今までの妃は皆、私の美しさには魅了されたが、一ヵ月間の妃を喜ぶ者はいなかった。
あの娘は一体何を考えている・・・。」
エメラルドの睨みつけるような視線を感じ、アーロンは汗をかくのだった。
ある日、マリンと食卓を共にしていたエメラルドは、
「寂しくはないのか。」
とマリンに語り掛けた。
「両親と引き離され、寂しくはないのか。」
マリンはにっこりと微笑む。
「生まれた時から両親に、私は十八になったら後宮に嫁ぐ身であると言い聞かされて育ち
ました。その後は修道院に送られるだろう、と。良いんですよ。人は皆いつか死にます。
そしたら、天国で両親と再会できますから。」
私は幸せ
修道院送り
それでもなお
いずれ再会
両親とともに
「・・・嫌だ。」
「・・・はい?」
「嫌だ!嫌だ!マリンが死ぬなんて考えたくない!マリンは私とずっと一緒だ!離れたく
ない!」
うわーん!と声を上げて泣き叫ぶエメラルドに、マリンは唖然としてしまった。
「エメラルド様?」
アーロンが咳払いして、マリンに耳打ちする。
「実はエメラルド様はマリン様が思っているより、ずっと、ずうっと、お子様なんです。」
「まぁ。」
思わずマリンは口に手を当て、
「可愛らしい御方。」
と微笑む。
「アーロン。」
ひいっと飛び上がるアーロン。
「わ,わたくしは本当の事を言ったまででして・・・。」
「当分の間、食事にトッピングするカツオ節はナシだ!」
「えぇ・・・そんなヒドイ。」
マリンは首を傾げる。
「エメラルド様、意地悪はいけませんよ。」
取り乱してしまった所を見られて不覚だったのか、エメラルドは頬を赤く染めて、まじ
まじとマリンを見つめる。
「・・・食事の途中だ。せっかくのハンバーグが冷めてしまう。食べよう。」
「はいっ。いただきます。」
この娘だけは、今までの妃とは違う。
「エメラルド様、遠方の両親に金品を送りたいのですが・・・。」
と、ある者は物欲にすがりついた。
「私を愛しては頂けないのですか?」
と、ある者は執拗に好意を寄せてきた。
「修道院送りは嫌です・・・。」
などと言い出す者も中には大勢いた。
私が尽くそうと尽くすまいと、彼女らが求めるのは「帝」としての私だ。
私がエルフという長命の宿命を背負っている事など、誰も微塵も気にかけてはくれなか
った。
だから私は決めた。妃にする人間は、一ヵ月単位で切り替えた方が良いと。
しかし、マリンと出会いその信念が揺らぐ自分に気づいた。
このままでは、一ヵ月後にはマリンも修道院に送られてしまう。私から提示した条件だ
ったが、果たしてそれで本当に良いのか?
私は・・・恋をしてみたいのではないか。
万(まん)星(ほし)月(つき)の夜、マリンと一緒に夜空を見上げる機会があった。
「綺麗ですね、エメラルド様。流れ星がいっぱいです。」
「何か願い事でもしたのか?」
「まだしてません。」
「何かしみてたらどうだ。星々がお前の味方をしている。」
「そうですね・・・じゃあ、」
マリンは嬉しそうに言った。
エメラルド
笑顔でいてね
離れても
その願いだけ
どうか届いて
胸元で手を組んで、マリンははっきりとそう言って流れ星を見つめた。
「自分の願い事は良いのか?」
あなた幸せ
それが私の
幸せで
ほかには何も
望みはしない
きっぱりとそう言い切り、マリンは目を細めた。
ああ。
ここまで私に心を寄せてくれた妃はいなかった。
思わずマリンの背後に手を回し、抱き寄せる。
「エメラルド様・・・?」
「少しだけ。」
「は・・はい。」
エルフの寿命は数千年と聞く。
この国の帝であるエメラルド様も、国の誕生と同時に後宮で生き続けてきた存在だと両
親から聞いていた。
私が生まれた時、金色の髪と碧色の瞳を持っている事で、両親は喜んだ。
「後宮に嫁がせることができるに違いないわ。」
と母は涙を流して喜んだ。
「家族として長く共にいられないのは残念だが、帝に見初められた女性は後に修道女とし
て、生涯を終えると聞く。きっとマリンにとっていい未来が待っているに違いない。」
私は両親の並々ならぬ愛を注がれて育った。
「幸せになってね、マリン。」
愛し子よ
帝の妃に
なる日まで
幸の道ゆき
やわらかに生きよ
「わた・・し・・は幸せへふ。」
「そうか。幸せか。」
目覚めるとマリンの横にはエメラルドがいた。
思わず、飛び上がる。
「エメラルド様!?」
窓からは朝日が差し込んでいる。
「ワインを少し飲ませたら、そのまま酔っぱらってしまったようでな。抱きかかえて、私
の部屋のベットまで連れてきた。」
「何もしてないですよね!?」
思わず衣服を確認する。・・・何も着ていない。
「恥ずかしい。」
「失礼な妃だ。私の寵愛を望んだが、願い叶わず去って行った妃は数知れず。それなのに
お前は一体全体、何の為に・・・。まぁ、いい。アーロン!」
大きな声を出され、アーロンはベットの下で飛び上がった。
「そこにいるのは分かっている。出てこい。」
そろそろとベットの下から出てきた一匹の黒猫。
エメラルドが指を鳴らすと、人間の姿へと化した。
「ええっ。アーロンって猫だったの!?」
「やはり気づいていませんでしたか。」
アーロンは苦笑する。
「私はエメラルド様の使い魔で、本来の姿は猫なんです。でも、エメラルド様の魔法によ
って人間の姿になることも可能なんです。マリン様の様子を伺う為に、あえて黙って一
緒に遊んだりしていました。黙っていて、すいません。」
「アーロンから聞いた。マリンは愚痴一つこぼさず、楽しく後宮での生活を送っていると。
侍女達にも優しく、逃げ出そうともしなかったと。」
マリンは初めて腹を立てたように、エメラルドに詰め寄る。
「来週には、私、修道院送りなんですよ!?もっとアーロンと遊びたかったのに!」
アーロンとエメラルドは顔を見合わせる。
「心配してたのって・・・そこ?」
「大変です!エメラルド様!」
激しくドアをノックするアーロンに、エメラルドはうんざりとした様子で赤ワインの入
ったグラスを手に取り、口に含んだ。
「マリン様が身ごもられました!」
口にしていた赤ワインを、思わず吹き出すエメラルド。
「なっ・・・何だって!?」
「エメラルド様がついに一人の人間を、本当の妃として迎えられるなんて・・・。」
侍女達はうっとりとしていた。
僅かに膨らんだかとも思えるお腹を撫でながら、マリンは呆然としていた。
「私の中に、エメラルド様の赤ちゃんが・・・?」
「妃の本来の役目は、そこ(・・)なんですよ。」
と侍女頭が代表して、フルーツの盛り合わせを持ってきた。
「食事を取ることがお辛い時もあるかと思いますが、エメラルド様の子を育てるには、
まずはしっかりと栄養をとって頂かないといけませんからね。」
「私は・・・今日、修道院に送られる予定だったのですが。」
マリンの部屋の扉が勢いよく開かれる。
「エメラルド様!お腹のお子様がビックリしてしまわれます。静かにお入りください。」
と侍女頭はプリプリ怒っていた。
「私に子供が出来たのか?本当に?」
「医師に診てもらったので、間違いありません。」
と侍女頭がきっぱりと言う。
マリンは申し訳なさそうに、
「あのぅ・・・エメラルド様とは一ヵ月でお別れする前提で、妃となりました。恋愛感情
も持ち込まないとお約束しました。それなのに・・・。」と、もじもじしていた。
「何故、詫びるようなことを言う。」
そこでエメラルドは初めて、今までにない飛び切りの笑顔を見せた。
「今までの一ヵ月は婚姻期間だったことにしよう。今日から、マリンは私の本当の妃だ!」
エメラルドの足にすり寄っていたアーロンが、「にゃーん。」と声を上げる。
「私に子供ができるなんて!こんなに嬉しいことは今まで生きていて一度もなかったんだ
よ、マリン。良いお母さんになってね。私も良きお父さんであるから。」
「・・・本当に、良いんですか?」
「勿論だとも!」
エメラルドが指を鳴らすと、アーロンが人間の姿になった。
「アーロン、子供用の服や家具を用意するように。」
「・・・身ごもったからといって、すぐに生まれる訳ではないと思いますが。」
「お腹の子は男の子かな、女の子かな。」
「それも、すぐには分からないかと・・・。」
「きっと私とマリンに似た金髪で碧色の瞳の子だろうね!」
「いや・・・覚醒遺伝というものもありますし。」
「アーロン!」
名前を呼ばれ、アーロンはヒイッと背筋を伸ばす。
「色々言ってすいません!すぐにお子様の服や家具を新調しますので、どうかカツオ節の
トッピングだけは欠かさないで下さい!」
思わず笑みをこぼす、マリン。
「赤ちゃんが生まれたら、マリンのご両親も後宮に呼ぼう。」
「・・・良いんですか?」
「勿論だとも!君のご両親にとって、初めての孫だろう。」
冷めた態度だったエルフのエメラルド様とは、今日でお別れのようです。
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長い髪は金糸のようであり瞳の色は深い碧色。まさにその名に相応しい。
「エメラルド様。」
十八歳になったマリンは、初めて後宮に入り、深々と頭を垂れた。
エメラルドの隣に立ち尽くしていた黒髪黒い瞳の男性が、紹介する。
「こちら、マリン様です。生まれつき金色の髪と碧色の瞳を持った、エメラルド様に相応
しい容姿の女性です。」
肩肘を突きながら、右手には赤ワインの入ったグラスをゆらし、エメラルドは淡々と言
う。
「単刀直入に言う。一ヵ月だけ、形式上の妃になってほしい。その際、恋愛感情を持ち込
むのは禁止だ。」
人間というものは、恋だの愛だのにやたらと重きを置く。
理屈より感情、役割より心。
"形式だけ"と言われて、割り切れるはずがない――とエメラルドは思い込んでいた。
しかし、マリンの返答は彼にとって想定外のものだった。
「良かった・・・恋愛禁止なら、安心しました。」
と。
エメラルドは大きく瞳を見開く。
「御用件がそれだけなら、私は自室に向かいたいと思います。」
「マリン様の部屋は、東の外れにご用意致しております。私の後にお続き下さい。」
とアーロンが丁寧に返すと、マリンは再びエメラルドに深く一礼した。
マリンは、自分の部屋に侍女達を集めた。
「あのぅ。私達、何か失礼なことをマリン様にしてしまったのでしょうか。」
と皆、侍女達は気まずそうにしている。
マリンはにっこりと微笑んだ。
「歌かいをしようと思いまして。では、私から。」
たんぽぽの
あたたかき色
胸に満ち
育ちし家を
そっと思い出す
思わずぼーっとしてしまう侍女達。
「ほら、次は右端の貴方から。」
と扇で指名された侍女は飛び上がる。
「申し訳ありません!私は恥ずかしながらマリン様のような教養は持ち合わせていないの
でございます。」
「あら。歌は自由に歌うものよ。」
そこに、黒猫が「にゃーん。」という鳴き声と共に、現れた。
黒い猫
愛らしい声
野山こえて
きっと届くよ
私のふるさと
「マリンは部屋で侍女達を集め何をやっているのだ?逃亡を企てているのか?」
「そのようなことは決してございません。歌かいを開いているだけかと思われます。」
「歌かい?」
不審に思ったエメラルドは、ある日マリンの部屋を訪れた。侍女と黒猫と一緒に笑い合
うマリンの姿がそこにあった。
「エメラルド様!お部屋に来て下さるなんて、珍しい。何か御用ですか?」
「歌かいならぬものを開いていると聞いた。」
「はい。・・・いけませんでしたか?」
「どのような歌を詠んでいた?」
うーんと考えて、マリンは口を開いた。
共にある
けれど求めず
愛のかたち
私は私
ただ道をゆく
「どうです?エメラルド様。私の心境を表してみました。」
「マリン様、」
侍女の一人がこそっとマリンの耳元で囁く。
「エメラルド様は和歌には興味をお持ちでありません。」
「あら。そうでしたか。」
耳に入っていたのか否か、コホンと咳払いするエメラルド。
「・・・歌を詠むのが楽しいか。」
「はい。それはとても。」
たったひと
月をともにす
る仲でも
心はいつも
故郷にありぬ
「アーロン!マリンの素性を今すぐ調べろ。既に恋仲を持っているのかもしれない。」
アーロンは、困ったように眉根を寄せる。
「エメラルド様の妃に選ばれるのは、純潔の少女ばかり。それはエメラルド様も重々ご承
知のはず。彼女も一ヵ月後には、修道院送りですよ。何故マリン様にばかり目くじらを
立てるのですか。良いではないですか。和歌を詠むくらい。妃として、契約に背く行い
は何もしていませんよ、マリン様は。」
マリンは無邪気に猫の姿と化したアーロンと戯れる。
「今までの妃は皆、私の美しさには魅了されたが、一ヵ月間の妃を喜ぶ者はいなかった。
あの娘は一体何を考えている・・・。」
エメラルドの睨みつけるような視線を感じ、アーロンは汗をかくのだった。
ある日、マリンと食卓を共にしていたエメラルドは、
「寂しくはないのか。」
とマリンに語り掛けた。
「両親と引き離され、寂しくはないのか。」
マリンはにっこりと微笑む。
「生まれた時から両親に、私は十八になったら後宮に嫁ぐ身であると言い聞かされて育ち
ました。その後は修道院に送られるだろう、と。良いんですよ。人は皆いつか死にます。
そしたら、天国で両親と再会できますから。」
私は幸せ
修道院送り
それでもなお
いずれ再会
両親とともに
「・・・嫌だ。」
「・・・はい?」
「嫌だ!嫌だ!マリンが死ぬなんて考えたくない!マリンは私とずっと一緒だ!離れたく
ない!」
うわーん!と声を上げて泣き叫ぶエメラルドに、マリンは唖然としてしまった。
「エメラルド様?」
アーロンが咳払いして、マリンに耳打ちする。
「実はエメラルド様はマリン様が思っているより、ずっと、ずうっと、お子様なんです。」
「まぁ。」
思わずマリンは口に手を当て、
「可愛らしい御方。」
と微笑む。
「アーロン。」
ひいっと飛び上がるアーロン。
「わ,わたくしは本当の事を言ったまででして・・・。」
「当分の間、食事にトッピングするカツオ節はナシだ!」
「えぇ・・・そんなヒドイ。」
マリンは首を傾げる。
「エメラルド様、意地悪はいけませんよ。」
取り乱してしまった所を見られて不覚だったのか、エメラルドは頬を赤く染めて、まじ
まじとマリンを見つめる。
「・・・食事の途中だ。せっかくのハンバーグが冷めてしまう。食べよう。」
「はいっ。いただきます。」
この娘だけは、今までの妃とは違う。
「エメラルド様、遠方の両親に金品を送りたいのですが・・・。」
と、ある者は物欲にすがりついた。
「私を愛しては頂けないのですか?」
と、ある者は執拗に好意を寄せてきた。
「修道院送りは嫌です・・・。」
などと言い出す者も中には大勢いた。
私が尽くそうと尽くすまいと、彼女らが求めるのは「帝」としての私だ。
私がエルフという長命の宿命を背負っている事など、誰も微塵も気にかけてはくれなか
った。
だから私は決めた。妃にする人間は、一ヵ月単位で切り替えた方が良いと。
しかし、マリンと出会いその信念が揺らぐ自分に気づいた。
このままでは、一ヵ月後にはマリンも修道院に送られてしまう。私から提示した条件だ
ったが、果たしてそれで本当に良いのか?
私は・・・恋をしてみたいのではないか。
万(まん)星(ほし)月(つき)の夜、マリンと一緒に夜空を見上げる機会があった。
「綺麗ですね、エメラルド様。流れ星がいっぱいです。」
「何か願い事でもしたのか?」
「まだしてません。」
「何かしみてたらどうだ。星々がお前の味方をしている。」
「そうですね・・・じゃあ、」
マリンは嬉しそうに言った。
エメラルド
笑顔でいてね
離れても
その願いだけ
どうか届いて
胸元で手を組んで、マリンははっきりとそう言って流れ星を見つめた。
「自分の願い事は良いのか?」
あなた幸せ
それが私の
幸せで
ほかには何も
望みはしない
きっぱりとそう言い切り、マリンは目を細めた。
ああ。
ここまで私に心を寄せてくれた妃はいなかった。
思わずマリンの背後に手を回し、抱き寄せる。
「エメラルド様・・・?」
「少しだけ。」
「は・・はい。」
エルフの寿命は数千年と聞く。
この国の帝であるエメラルド様も、国の誕生と同時に後宮で生き続けてきた存在だと両
親から聞いていた。
私が生まれた時、金色の髪と碧色の瞳を持っている事で、両親は喜んだ。
「後宮に嫁がせることができるに違いないわ。」
と母は涙を流して喜んだ。
「家族として長く共にいられないのは残念だが、帝に見初められた女性は後に修道女とし
て、生涯を終えると聞く。きっとマリンにとっていい未来が待っているに違いない。」
私は両親の並々ならぬ愛を注がれて育った。
「幸せになってね、マリン。」
愛し子よ
帝の妃に
なる日まで
幸の道ゆき
やわらかに生きよ
「わた・・し・・は幸せへふ。」
「そうか。幸せか。」
目覚めるとマリンの横にはエメラルドがいた。
思わず、飛び上がる。
「エメラルド様!?」
窓からは朝日が差し込んでいる。
「ワインを少し飲ませたら、そのまま酔っぱらってしまったようでな。抱きかかえて、私
の部屋のベットまで連れてきた。」
「何もしてないですよね!?」
思わず衣服を確認する。・・・何も着ていない。
「恥ずかしい。」
「失礼な妃だ。私の寵愛を望んだが、願い叶わず去って行った妃は数知れず。それなのに
お前は一体全体、何の為に・・・。まぁ、いい。アーロン!」
大きな声を出され、アーロンはベットの下で飛び上がった。
「そこにいるのは分かっている。出てこい。」
そろそろとベットの下から出てきた一匹の黒猫。
エメラルドが指を鳴らすと、人間の姿へと化した。
「ええっ。アーロンって猫だったの!?」
「やはり気づいていませんでしたか。」
アーロンは苦笑する。
「私はエメラルド様の使い魔で、本来の姿は猫なんです。でも、エメラルド様の魔法によ
って人間の姿になることも可能なんです。マリン様の様子を伺う為に、あえて黙って一
緒に遊んだりしていました。黙っていて、すいません。」
「アーロンから聞いた。マリンは愚痴一つこぼさず、楽しく後宮での生活を送っていると。
侍女達にも優しく、逃げ出そうともしなかったと。」
マリンは初めて腹を立てたように、エメラルドに詰め寄る。
「来週には、私、修道院送りなんですよ!?もっとアーロンと遊びたかったのに!」
アーロンとエメラルドは顔を見合わせる。
「心配してたのって・・・そこ?」
「大変です!エメラルド様!」
激しくドアをノックするアーロンに、エメラルドはうんざりとした様子で赤ワインの入
ったグラスを手に取り、口に含んだ。
「マリン様が身ごもられました!」
口にしていた赤ワインを、思わず吹き出すエメラルド。
「なっ・・・何だって!?」
「エメラルド様がついに一人の人間を、本当の妃として迎えられるなんて・・・。」
侍女達はうっとりとしていた。
僅かに膨らんだかとも思えるお腹を撫でながら、マリンは呆然としていた。
「私の中に、エメラルド様の赤ちゃんが・・・?」
「妃の本来の役目は、そこ(・・)なんですよ。」
と侍女頭が代表して、フルーツの盛り合わせを持ってきた。
「食事を取ることがお辛い時もあるかと思いますが、エメラルド様の子を育てるには、
まずはしっかりと栄養をとって頂かないといけませんからね。」
「私は・・・今日、修道院に送られる予定だったのですが。」
マリンの部屋の扉が勢いよく開かれる。
「エメラルド様!お腹のお子様がビックリしてしまわれます。静かにお入りください。」
と侍女頭はプリプリ怒っていた。
「私に子供が出来たのか?本当に?」
「医師に診てもらったので、間違いありません。」
と侍女頭がきっぱりと言う。
マリンは申し訳なさそうに、
「あのぅ・・・エメラルド様とは一ヵ月でお別れする前提で、妃となりました。恋愛感情
も持ち込まないとお約束しました。それなのに・・・。」と、もじもじしていた。
「何故、詫びるようなことを言う。」
そこでエメラルドは初めて、今までにない飛び切りの笑顔を見せた。
「今までの一ヵ月は婚姻期間だったことにしよう。今日から、マリンは私の本当の妃だ!」
エメラルドの足にすり寄っていたアーロンが、「にゃーん。」と声を上げる。
「私に子供ができるなんて!こんなに嬉しいことは今まで生きていて一度もなかったんだ
よ、マリン。良いお母さんになってね。私も良きお父さんであるから。」
「・・・本当に、良いんですか?」
「勿論だとも!」
エメラルドが指を鳴らすと、アーロンが人間の姿になった。
「アーロン、子供用の服や家具を用意するように。」
「・・・身ごもったからといって、すぐに生まれる訳ではないと思いますが。」
「お腹の子は男の子かな、女の子かな。」
「それも、すぐには分からないかと・・・。」
「きっと私とマリンに似た金髪で碧色の瞳の子だろうね!」
「いや・・・覚醒遺伝というものもありますし。」
「アーロン!」
名前を呼ばれ、アーロンはヒイッと背筋を伸ばす。
「色々言ってすいません!すぐにお子様の服や家具を新調しますので、どうかカツオ節の
トッピングだけは欠かさないで下さい!」
思わず笑みをこぼす、マリン。
「赤ちゃんが生まれたら、マリンのご両親も後宮に呼ぼう。」
「・・・良いんですか?」
「勿論だとも!君のご両親にとって、初めての孫だろう。」
冷めた態度だったエルフのエメラルド様とは、今日でお別れのようです。
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