私ばかりが本気だと思って別れを告げたら、完璧上司の余裕が崩れました


「君のことは、部下として配属されたときから気になっていた。最初にいいと思ったのは、君のまとう空気だ。君は控えめで、華やかなタイプではないけれど、姿勢がよくて、所作も美しい。そこだけ清涼な空気が流れているようで、純粋に好ましいと思った」

 佳穂がわずかに身じろぎする。ちらりと視線をやると、彼女の目元がほんのかすかに赤みを帯びていて、雅芳はほのかに口角を上げる。

「それから、ほかの人が嫌がるような雑用を率先してするところ。みんなが気づかないうちに共用部を掃除してくれていたりするだろう? そういうささやかな仕事は見過ごされがちだが、全体のパフォーマンスに影響する大事な仕事だ。それをなんでもないことのようにこなすのは誰にでもできることじゃない」

 称賛を込めてその瞳を見つめると、彼女は戸惑ったように顔を俯け、両手で口元を覆った。

「褒めすぎ、だと思います……私はそこまで聖人君子ではありません……」
「そうだな、そうかもしれない」

 雅芳は淡く微笑んで素直に肯定する。それは、彼女が負の感情もきちんと持ち合わせた普通の人間であることを知っているからだ。

「僕が本気で君が欲しいと思ったのは――これを言ったらいやな記憶を蒸し返してしまうと思うが、取引先との会食でセクハラまがいのことを言われたことがあっただろう、あのときだ。僕はそのとき上司の立場でしか庇うことができなくて、君は会食が終わってもどこかこらえるような顔をしていた」
「あ、あのときは……」

 なにかを言いかける彼女の目を見て雅芳は、分かっている、と言わんばかりに頷く。

「傷ついているように見えなくもなかったが、たぶん、あのときの君はとても腹を立てていた。そうだろう?」

 首を傾けて確認するように尋ねると、佳穂は苦みの混じった顔で微笑んだ。

「……よく、分かりましたね。うまく隠せていると思ってました」
「君が思っているより、ずっと僕は君のことをよく見ているつもりだよ」

 気を取り直すように雅芳はグラスからひと口呑む。

「大人しい君のそんな反応は、正直意外だった。そこで僕は、普段君が隠しているいろんな感情をもっと見たいと――いや、違うな。暴きたいと、そういう衝動に駆られたんだ」

 暴きたい。
 その言葉の強さに驚いたのだろう、佳穂が目を丸くする。
 そんな恋人に雅芳はここぞというときにしか出さない色気をにじませて顔を近づけた。

「誰にも見せない本当の君を、僕だけに見せてほしい。僕だけが知りたい。君の、全てを」