「この契約婚の条件は、私のために死ぬことだ」
顔色ひとつ変えずにそう言った男を、鳴神六華は静かに見つめた。
誇張なく美しいひとだと思う。肩まで伸びた白に近い銀髪に、黄水晶のような瞳。もう少し愛想があれば冷たい印象も和らぐのに、と思いつつ。
六華は口元に浮かべたやわらなか笑みを崩さぬまま問う。
「詳しくお聞きしても?」
「私の家のことは知っているな?」
「もちろん存じておりますわ。古より続く誉れ高き陰陽五家の一角。皇家に次ぐ最高位華族。数多の鬼神を駆使し、世の安寧に多大なる貢献をなさっている『秋月家』を知らぬ者などおりませんもの」
東洋の島国、朱鷺和帝国。
遥か古より、この地では妖魔と呼ばれる存在と人間が、主導権をめぐり争いを続けてきた。
千年前に時の陰陽師たちとの死闘により、人類の勝利でいったんは決着がついたものの。この世から妖なる存在が消えることはなく、現代になっても人間社会にたびたび姿を現しては、脅威を及ぼし続けている。
妖が人の生活を脅かすこの国で、対妖魔機関である陰陽寮は国防の要。所属する国家陰陽師たちは幼いころから鍛え上げられたエリート集団であり、その頂点に立つのが陰陽術の祖と伝わる『陰陽五家』であることは、この国に住む人間なら誰でも知っている。
目の前に座っているのは、五家のひとつ『秋月家』の若き当主『秋月鈴』であることも。
彼が身に着けた紫紺の士官服は国家陰陽師の証であり、胸元に並ぶ徽章の数は階級の高さを示していることも。
華族の端くれである六華なら、知っていて当然の情報だ。
淀みなく答えた彼女に、鈴は小さくうなずいてみせた。謙遜してみせないところも最上位華族に相応しい振舞いだと、ひそかに感心する。
「君も知ってのとおり、我が秋月家は代々契約を交わした鬼神(式神)を与させることで、務めを果たしてきた一族だ」
「ええ」
「上級の鬼神であればあるほど契約条件は困難なものとなる」
「想像に難くありませんわ」
鬼神とて自身に利が無ければ人間の駒になどなるはずもない。力ある者であれば、その代償が高くつくのも当然のことだろう。
「歴代当主は鬼神との契約を滞りなく果たしてきた。当然私もそうあらねばならない」
「ご当主の鑑ですわね」
「『宿花』についての見識は?」
「勉強不足を恥じております」
鈴の説明によれば、宿花とは妖界植物の一種であり、人間の若い娘にのみ寄生し花を咲かせるという。
「秋月家に与する最上位の鬼神が、この花の提供を契約条件としている」
なるほど、おおよそ話が見えてきた。
「宿花の中で最も美しいとされる『深紫』色の花を咲かせることが、私の責務だ』
「状況は概ね理解いたしました。つまるところ、わたくしが深紫の宿花を咲かせればよいのですね?」
とはいえここまでならまだ、六華の死とは結び付かない。鈴はそうだとうなずいてから、ほんの少しだけ声のトーンを落とした。
「宿花の開花は生涯で一度きり。宿主の霊力をすべて使い果たして咲くといわれている」
白霧のような沈黙が降りた。
霊力は生命力に等しいもの。つまり六華がこの契約を受け入れた場合――宿花を咲かせたときに命が尽きるということだ。
六華は一瞬だけ視線を落としてから、改めて鈴と向き合う。
「いくつか質問をしても?」
ほとんど動じた様子の無い彼女に相手は面喰った様子だったが、すぐにその動揺は消え去る。
「答えられる範囲で応じよう」
「深紫の花が咲く条件はおわかりで?」
「これまでの経験則から推測はしている」
鈴が挙げた条件は以下の通りだ。
①宿主が高い霊力を持っていること
②宿主に何不自由ない生活をさせること
③宿主が花を咲かせることに同意していること
「物分かりの良い上質な娘に十分な栄養、娯楽、睡眠を与えるといったところかしら」
「……概ね相違ない」
「ですがそのお役目を『妻』に務めさせる必要はありますの? 言い方はよろしくないですが、『どうせ死ぬ女』にかような地位は不要に思えますわ」
身も蓋もない指摘に鈴はわかりやすく言葉に詰まった。その目には本気で言っているのかという色が、ありありと見える。
「……我々にも世間体というものがある」
「あら」
つまり秋月家のために死んでもらう以上、妻という名誉くらいは与えてやるということか。犬死にするのではない、妻としての役目をまっとうしたのだと残された者が納得するために。
「これまで、深紫の花が咲かなかったことは?」
「何度かあったと聞いている」
「その時はまた別の宿主をお探しに?」
「いや。秋月家の掟で、当代が宿花を咲かせるのは一度のみ。失敗すれば当主の座を降りなければならない」
なるほど。彼にとっても、初対面の女を宿主に選ぶのは一世一代の賭けということか。
六華は一度だけ深呼吸した。最初から結論など決まってはいるが、口に出すのはほんの少しだけ、勇気が要る。
「この婚姻における契約について、今一度確認いたします。秋月さまがわたくしに課す条件は『深紫の宿花を咲かせること』。わたくしが秋月さまに課す条件は『鳴神家が抱える負債をすべて肩代わりすること』」
「相違ない」
「万が一わたくしの過失無くして、違う色の花が咲いた場合は?」
「君に非がない以上、こちらの条件は履行される」
「履行時期はどうなりますでしょう? 大変お恥ずかしいのですが、わたくしの家族は明日食べる米ひと粒ありませんので……」
六華の生家である鳴神家は裕福から程遠い末端華族だが、家族仲は良く幸せな暮らしだった。人の好い父が騙され、多額の負債を抱えるまでは。
必死に返済金を工面していた父は事故で帰らぬ人となり、母は心労で病に伏せ、幼い弟妹たちはまだ働ける年齢じゃない。
生活費と返済金を稼ぐため六華に採れる選択などほとんどなかったが、若さと美貌を高く買ってもらえる場所があるだけ十分だと感じていた。
そこが一度身を落とせば、二度と出られない場所だとしても。
ほんの数時間前、この国で最も絢爛悪名高き遊郭の門をくぐろうとした六華に、身なりの良い老紳士が声をかけてきた。
「麗しきお嬢様、その門をくぐるお覚悟がおありなら、御身を私どもに買わせていただけませんか」
その人物が秋月家の使いだと知ったのは、六華の身元が判明した後の話だ。
要するに彼女は1日でも早く金を必要としているし、鈴もそのあたりは承知しているのだろう。特段渋る様子もなく、当たり前のように頷いてみせた。
「契約成立時に前金として1千万支払うつもりだ」
「承知しました。この結婚、謹んでお受けいたします」
躊躇ない即答に、秋月鈴はわずかに目を見開いた。
こちらを見つめる金色の瞳を、六華はまっすぐに見返し、それは愛らしく笑んでみせる。
「我が鳴神家は底の底まで落ちぶれたとはいえ、誇り高き祖神の末裔。ご期待に沿えますことを約束いたしますわ」
「……本気なのだな」
鈴の言葉に不思議そうに小首を傾げる。
「なぜそのようなことをお聞きになるのです?」
「いや。余計なことを言った。念のために言っておくが、この結婚はあくまで形だけた。私は君に特別な情を持たないし、君もそうあるよう」
「ご心配いりませんわ。わたくし包容力のある殿方が好みですので」
「……」
「どうかいたしまして?」
「……他に質問は?」
無いと答えると、そこで会話は終了した。後は家の者に任せるということらしい。
明快で無駄がないと六華は思った。契約内容について濁すことなく、こちらのやるべきことだけを提示する。人情と呼ぶべき体温を感じないといえばそうだが、下手に憐れまれるよりよほどマシだ。
契約書面に目を通し終えた六華に、堂本と名乗った家令――遊郭の前で声をかけてきた老紳士――が声をかけた。
「本日より六華様は秋月家でお過ごしいただきます。大変申し訳ございませんが、契約終了まで外に出ることはご遠慮いただいております」
逃亡や心変わりを恐れてのことだろう、六華は承知しましたと頷いてみせる。
「婚姻契約書への署名及び宿花の移植が済み次第、ご実家には使いをやりますので」
「お気遣い痛み入ります」
堂本は六華をほんの一瞬見つめたあと、深く一礼した。
「この度は、鈴様との婚姻を受けてくださりありがとうございます」
「わたくしこそお礼を申し上げねばなりませんわ」
息を呑む堂本と鈴に、莞爾と笑んでみせる。
「家族を助けてくださり、何不自由ない生活までいただけるなんて。これほどの好条件はありませんもの」
たとえその先に待つのが死であっても、六華は何ひとつ後悔などない。そのことを彼らに、そして残されることになる鳴神の家族にも伝えておきたかった。
私は決して、犠牲になるのではない。
自らの意志で、命より大切なものを護ったのだと。
手続きは滞りなく進み、婚姻契約書にそれぞれがサインし、残るは宿花の移植となった。
堂本が持ってきた陶器の鉢には、ゼラチン状の苗床に小さな植物が植わっていた。数枚出ている若葉は銀色をしており、葉先が小さな光の粒をまとっている。
堂本から鉢を受け取った鈴が六華を見やった。
「宿花は一度根づけば開花まで宿主から離れることはない。本当によいのだな?」
「もちろんですわ」
鈴は苗をすくいあげるように鉢から取り出すと、六華の頭上に掲げた。六華は少しかがみながら、異国の絵画で見た戴冠を思い浮かべる。
こそばゆい感覚のあと、鈴が六華から離れた。姿見の中に映る自分を眺めていると、頭上に乗せられた苗からしゅるしゅるという音とともにつるが伸び、柔らかな髪に絡んでいく。銀葉のひとつひとつが光の粒子をまとっているせいか、ほんとうにティアラを乗せているみたいだ。
「移植は無事完了いたしました」
堂本の声掛けに、ほうと息をつきつつ。
「もっと間の抜けた感じになるかと思っていましたけれど、とっても綺麗ですわ」
六華の透き通るような白い肌、ほんのり栗色をしたゆるく波打つ髪によく映えている。身に着けている着物がもう少し上等であればよかったが、こればかりは仕方ない。
「宿花は妖界植物のなかでも屈指の美しさと言われております。花が咲いた時は、宿主とともにこれ以上ない美しさを放つとも」
この世のものとは思えない、それはそれは美しく妖しい花冠。
きっとそれは儚く散る少女の命の輝きでもあるのだろう。
「それでは旦那さま」
すっくと背筋をのばした六華は、夫になったばかりの男に向き合った。相手の肩がほんの少し反応するのを、どこか楽しむようにみつめつつ。
「誓いの口づけというわけにもまいりませんので、これでお許しくださいませ」
こちらを見つめる黄水晶の瞳に、凛と指先まで完璧な礼をする。
家の格は釣り合わぬとも、秋月家の妻としてせめて見劣りすることのないように。
その愛らしい顔に、淑女の微笑みをたたえて。
「ふつつか者ではございますが、よろしくお願いいたします。死がふたりを分かつまで」
顔色ひとつ変えずにそう言った男を、鳴神六華は静かに見つめた。
誇張なく美しいひとだと思う。肩まで伸びた白に近い銀髪に、黄水晶のような瞳。もう少し愛想があれば冷たい印象も和らぐのに、と思いつつ。
六華は口元に浮かべたやわらなか笑みを崩さぬまま問う。
「詳しくお聞きしても?」
「私の家のことは知っているな?」
「もちろん存じておりますわ。古より続く誉れ高き陰陽五家の一角。皇家に次ぐ最高位華族。数多の鬼神を駆使し、世の安寧に多大なる貢献をなさっている『秋月家』を知らぬ者などおりませんもの」
東洋の島国、朱鷺和帝国。
遥か古より、この地では妖魔と呼ばれる存在と人間が、主導権をめぐり争いを続けてきた。
千年前に時の陰陽師たちとの死闘により、人類の勝利でいったんは決着がついたものの。この世から妖なる存在が消えることはなく、現代になっても人間社会にたびたび姿を現しては、脅威を及ぼし続けている。
妖が人の生活を脅かすこの国で、対妖魔機関である陰陽寮は国防の要。所属する国家陰陽師たちは幼いころから鍛え上げられたエリート集団であり、その頂点に立つのが陰陽術の祖と伝わる『陰陽五家』であることは、この国に住む人間なら誰でも知っている。
目の前に座っているのは、五家のひとつ『秋月家』の若き当主『秋月鈴』であることも。
彼が身に着けた紫紺の士官服は国家陰陽師の証であり、胸元に並ぶ徽章の数は階級の高さを示していることも。
華族の端くれである六華なら、知っていて当然の情報だ。
淀みなく答えた彼女に、鈴は小さくうなずいてみせた。謙遜してみせないところも最上位華族に相応しい振舞いだと、ひそかに感心する。
「君も知ってのとおり、我が秋月家は代々契約を交わした鬼神(式神)を与させることで、務めを果たしてきた一族だ」
「ええ」
「上級の鬼神であればあるほど契約条件は困難なものとなる」
「想像に難くありませんわ」
鬼神とて自身に利が無ければ人間の駒になどなるはずもない。力ある者であれば、その代償が高くつくのも当然のことだろう。
「歴代当主は鬼神との契約を滞りなく果たしてきた。当然私もそうあらねばならない」
「ご当主の鑑ですわね」
「『宿花』についての見識は?」
「勉強不足を恥じております」
鈴の説明によれば、宿花とは妖界植物の一種であり、人間の若い娘にのみ寄生し花を咲かせるという。
「秋月家に与する最上位の鬼神が、この花の提供を契約条件としている」
なるほど、おおよそ話が見えてきた。
「宿花の中で最も美しいとされる『深紫』色の花を咲かせることが、私の責務だ』
「状況は概ね理解いたしました。つまるところ、わたくしが深紫の宿花を咲かせればよいのですね?」
とはいえここまでならまだ、六華の死とは結び付かない。鈴はそうだとうなずいてから、ほんの少しだけ声のトーンを落とした。
「宿花の開花は生涯で一度きり。宿主の霊力をすべて使い果たして咲くといわれている」
白霧のような沈黙が降りた。
霊力は生命力に等しいもの。つまり六華がこの契約を受け入れた場合――宿花を咲かせたときに命が尽きるということだ。
六華は一瞬だけ視線を落としてから、改めて鈴と向き合う。
「いくつか質問をしても?」
ほとんど動じた様子の無い彼女に相手は面喰った様子だったが、すぐにその動揺は消え去る。
「答えられる範囲で応じよう」
「深紫の花が咲く条件はおわかりで?」
「これまでの経験則から推測はしている」
鈴が挙げた条件は以下の通りだ。
①宿主が高い霊力を持っていること
②宿主に何不自由ない生活をさせること
③宿主が花を咲かせることに同意していること
「物分かりの良い上質な娘に十分な栄養、娯楽、睡眠を与えるといったところかしら」
「……概ね相違ない」
「ですがそのお役目を『妻』に務めさせる必要はありますの? 言い方はよろしくないですが、『どうせ死ぬ女』にかような地位は不要に思えますわ」
身も蓋もない指摘に鈴はわかりやすく言葉に詰まった。その目には本気で言っているのかという色が、ありありと見える。
「……我々にも世間体というものがある」
「あら」
つまり秋月家のために死んでもらう以上、妻という名誉くらいは与えてやるということか。犬死にするのではない、妻としての役目をまっとうしたのだと残された者が納得するために。
「これまで、深紫の花が咲かなかったことは?」
「何度かあったと聞いている」
「その時はまた別の宿主をお探しに?」
「いや。秋月家の掟で、当代が宿花を咲かせるのは一度のみ。失敗すれば当主の座を降りなければならない」
なるほど。彼にとっても、初対面の女を宿主に選ぶのは一世一代の賭けということか。
六華は一度だけ深呼吸した。最初から結論など決まってはいるが、口に出すのはほんの少しだけ、勇気が要る。
「この婚姻における契約について、今一度確認いたします。秋月さまがわたくしに課す条件は『深紫の宿花を咲かせること』。わたくしが秋月さまに課す条件は『鳴神家が抱える負債をすべて肩代わりすること』」
「相違ない」
「万が一わたくしの過失無くして、違う色の花が咲いた場合は?」
「君に非がない以上、こちらの条件は履行される」
「履行時期はどうなりますでしょう? 大変お恥ずかしいのですが、わたくしの家族は明日食べる米ひと粒ありませんので……」
六華の生家である鳴神家は裕福から程遠い末端華族だが、家族仲は良く幸せな暮らしだった。人の好い父が騙され、多額の負債を抱えるまでは。
必死に返済金を工面していた父は事故で帰らぬ人となり、母は心労で病に伏せ、幼い弟妹たちはまだ働ける年齢じゃない。
生活費と返済金を稼ぐため六華に採れる選択などほとんどなかったが、若さと美貌を高く買ってもらえる場所があるだけ十分だと感じていた。
そこが一度身を落とせば、二度と出られない場所だとしても。
ほんの数時間前、この国で最も絢爛悪名高き遊郭の門をくぐろうとした六華に、身なりの良い老紳士が声をかけてきた。
「麗しきお嬢様、その門をくぐるお覚悟がおありなら、御身を私どもに買わせていただけませんか」
その人物が秋月家の使いだと知ったのは、六華の身元が判明した後の話だ。
要するに彼女は1日でも早く金を必要としているし、鈴もそのあたりは承知しているのだろう。特段渋る様子もなく、当たり前のように頷いてみせた。
「契約成立時に前金として1千万支払うつもりだ」
「承知しました。この結婚、謹んでお受けいたします」
躊躇ない即答に、秋月鈴はわずかに目を見開いた。
こちらを見つめる金色の瞳を、六華はまっすぐに見返し、それは愛らしく笑んでみせる。
「我が鳴神家は底の底まで落ちぶれたとはいえ、誇り高き祖神の末裔。ご期待に沿えますことを約束いたしますわ」
「……本気なのだな」
鈴の言葉に不思議そうに小首を傾げる。
「なぜそのようなことをお聞きになるのです?」
「いや。余計なことを言った。念のために言っておくが、この結婚はあくまで形だけた。私は君に特別な情を持たないし、君もそうあるよう」
「ご心配いりませんわ。わたくし包容力のある殿方が好みですので」
「……」
「どうかいたしまして?」
「……他に質問は?」
無いと答えると、そこで会話は終了した。後は家の者に任せるということらしい。
明快で無駄がないと六華は思った。契約内容について濁すことなく、こちらのやるべきことだけを提示する。人情と呼ぶべき体温を感じないといえばそうだが、下手に憐れまれるよりよほどマシだ。
契約書面に目を通し終えた六華に、堂本と名乗った家令――遊郭の前で声をかけてきた老紳士――が声をかけた。
「本日より六華様は秋月家でお過ごしいただきます。大変申し訳ございませんが、契約終了まで外に出ることはご遠慮いただいております」
逃亡や心変わりを恐れてのことだろう、六華は承知しましたと頷いてみせる。
「婚姻契約書への署名及び宿花の移植が済み次第、ご実家には使いをやりますので」
「お気遣い痛み入ります」
堂本は六華をほんの一瞬見つめたあと、深く一礼した。
「この度は、鈴様との婚姻を受けてくださりありがとうございます」
「わたくしこそお礼を申し上げねばなりませんわ」
息を呑む堂本と鈴に、莞爾と笑んでみせる。
「家族を助けてくださり、何不自由ない生活までいただけるなんて。これほどの好条件はありませんもの」
たとえその先に待つのが死であっても、六華は何ひとつ後悔などない。そのことを彼らに、そして残されることになる鳴神の家族にも伝えておきたかった。
私は決して、犠牲になるのではない。
自らの意志で、命より大切なものを護ったのだと。
手続きは滞りなく進み、婚姻契約書にそれぞれがサインし、残るは宿花の移植となった。
堂本が持ってきた陶器の鉢には、ゼラチン状の苗床に小さな植物が植わっていた。数枚出ている若葉は銀色をしており、葉先が小さな光の粒をまとっている。
堂本から鉢を受け取った鈴が六華を見やった。
「宿花は一度根づけば開花まで宿主から離れることはない。本当によいのだな?」
「もちろんですわ」
鈴は苗をすくいあげるように鉢から取り出すと、六華の頭上に掲げた。六華は少しかがみながら、異国の絵画で見た戴冠を思い浮かべる。
こそばゆい感覚のあと、鈴が六華から離れた。姿見の中に映る自分を眺めていると、頭上に乗せられた苗からしゅるしゅるという音とともにつるが伸び、柔らかな髪に絡んでいく。銀葉のひとつひとつが光の粒子をまとっているせいか、ほんとうにティアラを乗せているみたいだ。
「移植は無事完了いたしました」
堂本の声掛けに、ほうと息をつきつつ。
「もっと間の抜けた感じになるかと思っていましたけれど、とっても綺麗ですわ」
六華の透き通るような白い肌、ほんのり栗色をしたゆるく波打つ髪によく映えている。身に着けている着物がもう少し上等であればよかったが、こればかりは仕方ない。
「宿花は妖界植物のなかでも屈指の美しさと言われております。花が咲いた時は、宿主とともにこれ以上ない美しさを放つとも」
この世のものとは思えない、それはそれは美しく妖しい花冠。
きっとそれは儚く散る少女の命の輝きでもあるのだろう。
「それでは旦那さま」
すっくと背筋をのばした六華は、夫になったばかりの男に向き合った。相手の肩がほんの少し反応するのを、どこか楽しむようにみつめつつ。
「誓いの口づけというわけにもまいりませんので、これでお許しくださいませ」
こちらを見つめる黄水晶の瞳に、凛と指先まで完璧な礼をする。
家の格は釣り合わぬとも、秋月家の妻としてせめて見劣りすることのないように。
その愛らしい顔に、淑女の微笑みをたたえて。
「ふつつか者ではございますが、よろしくお願いいたします。死がふたりを分かつまで」
