秋狝。
それは秋の豊穣を願い、神獣へ供物を捧げることを目的とした狩りである。
愛馬に跨がって背筋をのばしているのは莉々だけではない。
腕に自信のある武人や宦官たちが我こそはと名乗りを上げ、参加している。
莉々は鬱蒼と茂る森の中、愛馬と共に駆けていた。
目に見えて良い狩り場はすでに先客がいたため、人気のない森の奥へと向かうしかない。
しばらく走っていると背後から聞こえてきた蹄の音に、莉々は愛馬を止めた。
莉々の肩に乗っていた白がひくひくと鼻を震わせると、ひらりと朱雀が現れる。
それだけで後ろから追いかけてきた馬が誰の馬なのか理解できた。
ゆったりと駆けてきた馬が莉々の隣で止まる。
莉々はそちらへと目を向け、呆れた視線を投げかけた。
「自ら狩りに出るとは、貴殿には危機感というものがないのか?」
「この中で最も周りから警戒されている女の言葉とは思えぬな」
肩口に朱雀の意匠が入った戎服を着た琰は、楽しそうに赤い瞳を細める。
莉々はため息をつきながら、背中の矢筒を彼に見せた。
狩りに使う弓矢は誰が射ったものか明白にするため、一人一人固有の色や紋様をいれられている。
かくいう莉々も、双牙の一族が使う矢羽を手ずから用意した。
「こんな分かりやすい場で牙を剥くほど子どもではない」
「だろうな」
「それで? 貴殿は狩りができるのか?」
試すように口角をつり上げた莉々に、琰は愉快だと言わんばかりに笑った。
満足のいくまで笑い声を上げていた彼だったが、小さな木の葉が擦れる音に口を閉じた。
小さな獣が数匹跳ねていくような足音が森の草木を揺らす。
「まぁ見ていろ」
琰はそうにやりと笑ってみせると、馬を蹴った。
彼は止まっている莉々から距離を取るわけでもなく弓矢を手に取る。
その行動は、まるで莉々に見ろと言わんばかりだ。
琰の思惑通り、真剣な彼の姿に釘付けとなってしまう。
弦を引き絞る所作に、無駄が一つもなかった。
戎服の袖から覗く腕は、玉座で見る優雅な仕草からは想像もつかないほど筋の張った動きを見せる。
片膝をわずかに沈め、腰から肩、そして指先まで一直線に力が通っていくのが分かった。
その動きは、弓を引き慣れている者の動きだ。
弓弦が耳元まで引かれ、切れ長の赤い瞳が獲物だけを射抜く。
時が止まったかのような静寂が訪れ――放たれた矢は、迷いなく風を裂いた。
一拍遅れて獣の倒れた音が聞こえる。
しかし、琰は獲物を仕留めたと歓喜に染まることなくただ淡々と次の獲物へ視線を移していた。
赤色の瞳には僅かな憐憫が滲んでいたが、それもすぐに凪いだ。
風に揺れる黒紅梅色の髪が幻想的で、莉々は息をも忘れて見入ってしまう。
聞こえた足音と同じ数の矢を射るまで、莉々は彼の横顔から目が離せなかった。
勇ましく釣り上がっていた赤い目が莉々を視界に入れた途端、和らいだ。
「なんだ? 見惚れたか?」
「っ、いい腕前だな」
からかうような口調に、莉々は目を逸らす。
けらけらと皇帝らしくない笑い声が鼓膜を震わせるたび、何故か気恥ずかしくなってしまう。
視界の端で、琰が馬から降りた。
仕留めた獲物を回収するつもりらしい。
軽率に背中を見せる琰に信頼されているのだと感じる。
無防備すぎる彼に小さく息を吐いて、莉々も愛馬から降りようとした瞬間。
森の奥でギラリと何かが光った。
ぞくりと背筋を這い上がった悪寒に、莉々は勢いよく振り向いた。
「琰! 避けろっ!」
耳へと届いた声に振り返った琰は大きく目を見開き、その場から飛び退いた。
しかし、飛んできた矢が琰の肩口を裂く。
「ぐっ」
呻き声とともに木に突き刺さった鏃が血に濡れていた。
莉々は飛び降りた勢いのまま、琰の傍へと駆けていく。
肩から落とされた白とじゃれ合っていた朱雀が弓矢の飛んできた方へと向かった。
琰を庇うようにしゃがみ込んだ莉々は、改めて矢を視認し、顔を引き攣らせた。
莉々が使う矢羽とまったく同じのそれがそこにはあった。
「は……?」
目を見開いた莉々の肩に、琰の節くれ立った手が乗った。
「莉々でないことは、分かっている」
息も絶え絶えに呟いた言葉を最後に、ずるりと肩に乗った手が地に落ちた。
地面には、肩口の布に描かれた朱雀がばらばらと散らばっていた。
それは秋の豊穣を願い、神獣へ供物を捧げることを目的とした狩りである。
愛馬に跨がって背筋をのばしているのは莉々だけではない。
腕に自信のある武人や宦官たちが我こそはと名乗りを上げ、参加している。
莉々は鬱蒼と茂る森の中、愛馬と共に駆けていた。
目に見えて良い狩り場はすでに先客がいたため、人気のない森の奥へと向かうしかない。
しばらく走っていると背後から聞こえてきた蹄の音に、莉々は愛馬を止めた。
莉々の肩に乗っていた白がひくひくと鼻を震わせると、ひらりと朱雀が現れる。
それだけで後ろから追いかけてきた馬が誰の馬なのか理解できた。
ゆったりと駆けてきた馬が莉々の隣で止まる。
莉々はそちらへと目を向け、呆れた視線を投げかけた。
「自ら狩りに出るとは、貴殿には危機感というものがないのか?」
「この中で最も周りから警戒されている女の言葉とは思えぬな」
肩口に朱雀の意匠が入った戎服を着た琰は、楽しそうに赤い瞳を細める。
莉々はため息をつきながら、背中の矢筒を彼に見せた。
狩りに使う弓矢は誰が射ったものか明白にするため、一人一人固有の色や紋様をいれられている。
かくいう莉々も、双牙の一族が使う矢羽を手ずから用意した。
「こんな分かりやすい場で牙を剥くほど子どもではない」
「だろうな」
「それで? 貴殿は狩りができるのか?」
試すように口角をつり上げた莉々に、琰は愉快だと言わんばかりに笑った。
満足のいくまで笑い声を上げていた彼だったが、小さな木の葉が擦れる音に口を閉じた。
小さな獣が数匹跳ねていくような足音が森の草木を揺らす。
「まぁ見ていろ」
琰はそうにやりと笑ってみせると、馬を蹴った。
彼は止まっている莉々から距離を取るわけでもなく弓矢を手に取る。
その行動は、まるで莉々に見ろと言わんばかりだ。
琰の思惑通り、真剣な彼の姿に釘付けとなってしまう。
弦を引き絞る所作に、無駄が一つもなかった。
戎服の袖から覗く腕は、玉座で見る優雅な仕草からは想像もつかないほど筋の張った動きを見せる。
片膝をわずかに沈め、腰から肩、そして指先まで一直線に力が通っていくのが分かった。
その動きは、弓を引き慣れている者の動きだ。
弓弦が耳元まで引かれ、切れ長の赤い瞳が獲物だけを射抜く。
時が止まったかのような静寂が訪れ――放たれた矢は、迷いなく風を裂いた。
一拍遅れて獣の倒れた音が聞こえる。
しかし、琰は獲物を仕留めたと歓喜に染まることなくただ淡々と次の獲物へ視線を移していた。
赤色の瞳には僅かな憐憫が滲んでいたが、それもすぐに凪いだ。
風に揺れる黒紅梅色の髪が幻想的で、莉々は息をも忘れて見入ってしまう。
聞こえた足音と同じ数の矢を射るまで、莉々は彼の横顔から目が離せなかった。
勇ましく釣り上がっていた赤い目が莉々を視界に入れた途端、和らいだ。
「なんだ? 見惚れたか?」
「っ、いい腕前だな」
からかうような口調に、莉々は目を逸らす。
けらけらと皇帝らしくない笑い声が鼓膜を震わせるたび、何故か気恥ずかしくなってしまう。
視界の端で、琰が馬から降りた。
仕留めた獲物を回収するつもりらしい。
軽率に背中を見せる琰に信頼されているのだと感じる。
無防備すぎる彼に小さく息を吐いて、莉々も愛馬から降りようとした瞬間。
森の奥でギラリと何かが光った。
ぞくりと背筋を這い上がった悪寒に、莉々は勢いよく振り向いた。
「琰! 避けろっ!」
耳へと届いた声に振り返った琰は大きく目を見開き、その場から飛び退いた。
しかし、飛んできた矢が琰の肩口を裂く。
「ぐっ」
呻き声とともに木に突き刺さった鏃が血に濡れていた。
莉々は飛び降りた勢いのまま、琰の傍へと駆けていく。
肩から落とされた白とじゃれ合っていた朱雀が弓矢の飛んできた方へと向かった。
琰を庇うようにしゃがみ込んだ莉々は、改めて矢を視認し、顔を引き攣らせた。
莉々が使う矢羽とまったく同じのそれがそこにはあった。
「は……?」
目を見開いた莉々の肩に、琰の節くれ立った手が乗った。
「莉々でないことは、分かっている」
息も絶え絶えに呟いた言葉を最後に、ずるりと肩に乗った手が地に落ちた。
地面には、肩口の布に描かれた朱雀がばらばらと散らばっていた。


